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20話

 手を伸ばしたメルフィは今にも泣きそうな目で、これ以上インバードが話さないようにその顔を自分の胸に押し付ける。


「これはブレスレットって言って腕に付ける装飾品なの。まぁお守りって言っても一時的な隠蔽の魔術を施した程度なんだけどね」


 簡単な説明をしながらメルフィはスカートを両手で膝の内側に折り込み、インバードと同じ目線ではにかんだ。


「私にとってインくんとカナちゃんは子供同然なの、だからこれは私の気持ち。 他が何かを求めても、私は求めないわ、だって家族だもの」


「家族? 家族は何も酷いことしないんですか?」


「カナちゃんが酷いこと一回でもインくんにした?」


「お姉ちゃんは絶対に僕を虐めません!!」


「なら、私も一緒、ね?」


「――まぁ、それでメルフィがいいなら……」


「うん! ただ、そのブレスレット。 私ってセンスがないからお揃いになっちゃったんだけど……二人とも仲良しだしいいよね?」


 恥ずかしそうにメルフィは頬を人差し指で掻きながら、隣で眠るカナリアの腕にも同じようにブレスレットを着用し、二人の頭を撫でて微笑んだ。


「あ、ありがとうございます……」


 それはインバードにとって初めて触れた他人の温かさで、その優しさに気持ち悪さを感じながらも、不思議と抵抗はしなかった。


「メルフィさん……天使アイツらに僕たち姉弟が一体何をしたって言うんですか?」


 インバードの震える声にメルフィは少し息を止める。


 誰にも頼ることができずに偽りを演じた十二年間で、ただ一つだけ拭えないインバードの疑問。


 メルフィは確信を持っている真実に言い淀む。


「そりゃ……君たちは……娯楽になってたんだよ」


 撫でていた両手を下げ、まともに顔を合わせられないメルフィは唇を噛んで小さく答えた。


「それはどういう事ですか?」


「どうって……それは……君たち姉弟がよく知ってるだろ?あれらは“今”楽しいと思ったから、“今”都合が良かったからそうしているだけなのさ」


 メルフィはインバードと決して目を合わせることなく立ち上がり、扉の方へと向かった。


 淡々と、さも当たり前のように天使の行動原理とその本質を口にしながら。


「嘘……ですよね?そんなの……そんな事って……」


――分かっているし納得もできる。


――でも。


――否定して欲しかった。


 インバードは自重で首の上がらない、前の見えない頭を横に振って無意味な否定を口にする。


「だってそんな、その時の気分で、単純明快なほどの薄っぺらな動機で、俺たち姉弟は……存在を……否定されて、酷遇をされてきたなんて――」


「嘘じゃないさ。私は何千年も天使を間近で見てきた。そしてだからこそ断言できる。あれらは罪を失った“過去の時代”の残り滓だ。後先なんて考えない、自分本位で無自覚の悪意を撒き散らす生き物。それが天使だ」


「それが――天使?」


 メルフィの顔を睨みつけるインバードは、胸に手を当てて縋るように、大きくか細い声で喉を震わせる。


「はは、ははは。だったらなんですか?僕たち姉弟はそんな愚蒙な理由だけで全てを否定され、生きなくっちゃならなかったんですか。姉が殴られてアザだらけになりながら食料を恵んでもらってたのも、髪を引っ張られて目の前で家の中を荒らされたのも、まともな教育すらさせてもらえなかったのも、全部……全部全部全部全部ぜんぶ!!」


 呼吸を忘れて、酸欠になりながら吐き出したインバードは涙声になりながらその理不尽に拳を握る。

 

 この場にいる誰も悪いわけではない。 だけど、この場所なければ吐き出せない感情だった。


 インバードの遣る瀬無い気持ちが、ブレスレットをつけ終えた手の甲に数滴の雫となって現れる。


「ごめんね……」


 メルフィが目を伏せて漏らしたその一言が、息を切らせたインバードの呼吸を止める。


 求めても仕方がない。


 罪のないメルフィを必死に責め立てて求めた納得は、漸く言わせた言葉は。


 一番求めていた(求めていない)言葉だった。


 瞬間、我に返る。


「あ……」


 扉の前、部屋から出ようとするメルフィの後ろ姿。言葉を紡ごうと試みるが、言葉が出てこない。


――ありがとう?

――ごめんなさい?


 真っ白な頭の中で、振り返ってこちらを見つめるメルフィと視線があった。


今にも罪悪感で押しつぶされそうな瞳だった。


 寸でで出かけた言葉が詰まる。 口元に手を添えると、自分の口角が上がっていたことに気がつく。


 静寂に響くドアの閉まる音。


メルフィが出ていってから数秒後に、零れた涙が時間を動かした。


「僕は……最低だ」


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