19話
「やっぱり入ってきちゃったか」
話の途中で突然小刻みに揺れ出した塔の内部。
無数の足音が頭上から響き、様々な呻き声が壁伝いに聞こえて徐々に慌ただしくなる。
「僕たちが塔から出てくるまでバカみたいに待つのかと思ってましたけど、どうやら堪えを切らしたみたいですね」
「本当に――欲望を切り離した結果がこれとは、タイターも浮かばれないな」
誰かに対して皮肉を言ってるのか、口元を歪めるメルフィ。 それが自分に対するものじゃなくっても自分が含まれている気がしてインバードは反射的に聞き返す。
「タイター? 誰ですか? その人」
「ん? 簡単に言うと君たちの祖先をこの空に打ち上げた人さ、同時に私の生みの親――と言っても会った時には骨になってたけどね」
軽く流すメルフィの顔が少し曇る。
「もし、気になるならまたここにおいで、今は君たちを神殿に送ることが先決だ」
「あの!! 天使って、一体?」
「また今度、ね? 大丈夫。ここは彼女の研究所でもあったから資料はちゃんと残ってるし、何より私が保管してるんだからとっても綺麗さ!」
「いや、うん。 綺麗とかは別に……」
鼻高々にグーサインをするメルフィに、インバードは怯えていたことが馬鹿らしくなって呆れたよう息をつく。
「もういいです、それで? これからどうするんですか?」
「もちろん、私はちょっくら上で騒ぐ天使共にお仕置きしに行ってくるよ」
「まさか僕たちをこんな危険なところに置いていくんじゃないですよね?」
睨むインバードに、メルフィは優しく微笑む。
「まさか?私が出て行ったらこの部屋を出て左側にある扉を開けなさい、そうすれば外に出られるから、あとは道を辿って東屋に入れ、きっと神殿に行けるはずだ」
「え? でもここから神殿は真逆なんじゃないんですか? それに神殿が僕たちを保護するとは――」
「保護するよ、だって君たち姉弟は神様と天使の間に産まれた存在だ、ヴェルゼナが気が付かないわけがない」
「え? お父さんが神殿の神様?」
「そうさ、じゃなきゃインくんの目の説明にならないでしょ? もし、疑われたならメルフィが怒るって言えば間違いないさ!」
メルフィの言ってることに、今までその可能性を思いつかなかったインバードの目に光が差し込む。
「お父さん――居るんだ」
「居るよ、この天界に居る。 ただ疑問なのがアンリユだ、あれだけ子供思いだったのに何やってるんだか。 親として本当に情けないよ」
「メルフィはお母さんの、お母さん?」
「血は繋がってないけどね。 ただ拾って育てただけの自称母親さ」
切なさを顔に滲ませたメルフィが、んっと背伸びをしてからポケットから何かを取り出してインバードに差し出す。
「これは私からのお守りだよ」
「これは?」
きらりと輝くそれは、内側に数字が複雑に刻まれた直径十センチ程度の鉄の輪だった。
「お守りにしては、大きくないですか?」
訝しむインバード、それは他人から善意で渡された初めての贈り物。
もちろん、鉄の輪が自分を害するものではないのは頭では分かっているが染み付いた猜疑心はなくならない。
インバードは親指と人差し指で摘んで、鉄の輪を自分から遠ざけて眺める。
「まぁ、装飾品だからね。ちょっと手を貸して」
“分からない”をひた隠そうとするインバードをメルフィは一切気にも留めず、ブレスレットを返してもらう。
「あ、」
メルフィの何気ない行為が、インバードの視界には贈り物への略奪として映った。
奪われたブレスレットを、持ったメルフィが自分の手に触れようとした瞬間。
インバードは反射的に手の甲でメルフィの手を弾いて拒絶する。
「触らないでください。教えてくれたら一人でできます。もしかして僕の無知を見下して心の中で笑ってるんですか?」
「まさか。いいから悪態つかずに私に面倒をみさせなさい」
「奪わないで、返して! 僕が貰った、僕が初めて貰ったものなんだ」
「――そっか、ごめんね」
朗らかな表情を崩さないメルフィは弾かれたインバードの手にブレスレットを返して手首に通すように優しく教える。
「! 出来た! メルフィ出来た!」
「うん、良かったね」
純粋に自分で着用できたことに喜ぶインバードは、一歩心の距離を置くメルフィに嬉しそうに聞く。
「それで……何が目的ですか?」
「目的って――?」
「どうします? 僕を殴ればメルフィは嬉しいですか?」
浮き足立ったインバードは笑顔のまま本気でメルフィに言っていた。
幼さが残る子供が抱くには重すぎる感情を目の当たりにしたメルフィは、悲しそうに眉を顰める。
「そんなに、怖がらなくってもいいのよ? 私は別に、あなた達が幸せになってくれれば――」
「みんなそう言って近づいてきた、そして僕を殴り続けた、あ!首を締めたりの方が良かったり? あれはお姉ちゃんが泣くから嫌なんですが」
グッと真っ直ぐに見つめるインバードの気遣いはここに来るまでの生活が、当たり前が滲んでいた。
「そっか、そうなんだね」
悔しくって拳を握るメルフィ。 信じて送り出した子供が成長して会いに来てくれたと、喜んだ自分に腹を立てる。
インくんには信用とか信頼とか、愛情とか。
きっとそう言った与えられてしかるべきものが与えられなかったのだろう。
インくんに限った話じゃない、カナちゃんもきっとそう。歪な自己防衛でしか自分を守れなくなってしまっている。
そんな子供たちに、お守りなんて無責任過ぎる。
だって、今のこの子達にはお守りなんかより、ずっと近くに居てくれる大人が一番に決まってるもの。




