16話
込み上げてきた感情を奥歯で噛み潰し、進み続けた迷路のような道の先。
帰り道もわからなくなり始めた時にようやくメルフィが立ち止まり「こんなもんか」と呟いた。
「ここまで来ればいったん大丈夫かな? カナちゃん、イン君。 このままついてきて」
一息を着いたメルフィがインバードと繋いでいた左手をゆっくりと離し、優しい目元で姉弟の方を振り返る。
「――。あ」
痛いくらいに握られていた手の圧力がふっと軽くなる。
メルフィの事は当然今も信じられない。
だけど指の隙間から彼女から貰った温度が風に奪われると、触れていた右手は脊椎反射でメルフィの左手を少しだけ追いかけていた。
「あの!!」
インバードはメルフィの気を引こうとするように裏返った声で喉元まで出かかっていた疑問が溢れる。
「助けてくれてありがとうございました。 それでメルフィは何者なんですか? なんで天使を殺せるんですか? お母さんとは、どういった関係なんですか?」
勇気を振り絞ったインバードの強い口調にメルフィは悲しそうに口元を歪ませる。
「質問に答えてください。 なんでそんな目を向けるんですか? 同情なんてあなたがしていいことじゃない」
あからさまな虚勢。 インバードは気が付いていない。 メルフィの瞳の奥で反射する自分の姿がずっと震えている事に。
「そう、だよね」
肩を落として俯くメルフィがどうにも弱々しく、インバードにはそれすら油断を誘う演技に見えた。
先程メルフィは天使を殺した。つまり今すぐにでも自分たちを殺すことができると言うこと。
今は好意的にみえるから大丈夫だろうと思い込んでいたが、目の前で見せている哀愁が対話をする事の諦めだったなら――あまりに危険だ。
警戒を解かないインバード。 その小動物のような威嚇にメルフィはふっと鼻で笑って一瞥する。
「不安なのはわかるが少し落ち着きなよ。 安心して。 私は君たちの味方だ」
「なぜですか? 味方をする理由が分かりません」
「気まぐれ、それだけじゃ不服?」
「不服です」
「あはは、言い切るねぇ」
口角を上げるメルフィは、それ以上は何も言わないまま近くにあった扉を開けてインバードを手招きする。
「さ、入って。 ごめんね建物が入り組んでて……インくん、カナちゃんは大丈夫?」
自分の質問に一切答えようとしないメルフィに、インバードも口を閉ざして嫌そうに目を逸らす。
「何とか――大丈夫そうだね。 うん。 それじゃこの部屋にあるベットにカナちゃんを横にしてあげて」
眠るカナリアを一瞥したメルフィは扉の先に配置されてある小さいなベッドを指差し、カナリアを寝かす様に指示を出す。
「――」
部屋の入り口から立ったまま動かないインバードに、メルフィは少しの沈黙の後ため息混じりに口を開く。
「カナちゃんが倒れたのは廃楽園のせいだよ。天使はここにいてはいけない……それが“罪の自覚”なんだ」
「罪の自覚……ですか?」
「そ、だから私はなんもしてないし、する気もないから人畜無害そのものだよ」
罪について説明をするつもりはないメルフィは、ただインバードに自分が無害であることだけを主張した。
意味深な言葉の羅列、姉がメルフィについてなんと言っていたのかしっかりとは聞き取れなかった。
ただ何となく。 インバードは経験則上メルフィが嘘は付いていないことだけは理解できた。
「……分かりました」
全ての行動は信用できないが、これ以上の警戒はメルフィの忌諱に触れるかもしれない。
インバードは部屋の中へと足を進めてメルフィの指示通り近くのベッドにカナリアを下ろして眠る姉の隣に座った。
「うんうん。 流石、目が見えないフリをするだけの事はあって明敏だね」
可愛らしく顎に手を当てて頷きながら凄みを利かせるメルフィ、その言葉にインバードは年相応の反応で狼狽つつ周囲に首を振りながら模範的な萎縮をする。
「目……目が見えてるってなんの事ですか?」
「出会って早々に殺気立てておいて、今更何言ってるだよ。演技が遅いよ?」
「殺気は殺気です、目が見えなくっても出ますよ?」
キョトンとしたインバードの反応。
それが相当意外だったのか、目を丸くしたメルフィは少し間を開けてから腹を抱えて高笑いをした。
「いやいや! 惚けなくってもいいよ!」
涙を拭って息を整えるメルフィ。 グッと見つめるその目は確信を宿している。
「この塔に入ってすぐ、カナちゃんを守ろうとした瞬間、目。 開いてたよね?」
「だから何を言って――」
「十字の瞳」
部屋の光源の影に入ってからサファイアのような瞳をギラつかせてインバードの顔を覗き込む。
「インくん、もう神として覚醒しかけているね?」
何も言わないインバード。
面倒くさそうに頭を掻きむしったあとに、インバードは湿度のある不敵な笑みを浮かべてその瞼から十字架が刻まれた瞳を覗かせる。
「本当に ――メルフィ、あんた、何者?」




