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14話



 睨むインバード、明らかに当惑したメルフィは姉弟の顔を交互に見る。


「まさか神殿に――帰ってない? じゃ、じゃあ今までどうやって!?」


「だからこれ以上姉さんを――!!」


「ケレナ大森林で二人で、ずっと暮らしてましたよ? ね、インバード?」


 ニコニコと幼い笑顔を向けるカナリアは、弟の様子の変化にすら気が付かずにメルフィの問いに平然と答えた。


「わたしたち、ずっとおかあさんをまってたよ?」


 カナリアの声にインバードは、薄らと目を開いてから苦しそうに口元を歪ませる。


 それこにいたのは普段の姉の姿ではなかった。


 まるで両親に今日の出来事を無邪気に話す子供のような、残酷なまでに純粋な報告だった。


「インくん、本当なの?」


 様子のおかしいカナリアの言葉に、メルフィは優しさに満ちていた瞳孔がぐっと開き、インバードの方を見つめる。


「――はい。 僕たちはずっと二人だけで生きてきた。 あなたが僕たちを見放し、天使に預けたあの日から」


 唇を噛みちぎるインバードの憎悪。


 ギリギリ意識を保てているカナリアのキラキラ輝く瞳と目が合い、メルフィはほんの少しの沈黙の後。


 カナリア達が転がり込んだ扉の先をじっと見つめて、姉弟から顔の見えない位置に体位を変える。


「そうか……そういうことか。 ねぇカナちゃん。 イデルバから今日について何か話とか聞いてない?」


「あの……えっと……イデルバから……ですか? 今日についてと言われましても……仕事が終わった後に偶然鉢合わせて、ケレナ大森林からでちゃいけないって言われたぐらい……ですかね?」


「ケレナ大森林から?」


「うん。 天洞で、堕天者になにかあったみたいで、天使がソワソワしてるから危ないって……マリアも今日は元気がなかったんです」


 ふらつく意識を何とか保たせて答えるカナリア。


 頭を抱えるカナリアの現状報告を聞いたメルフィは何を思ったのか突然カナリアを抱きしめた。


「もしかして何か気に触れるようなことでも言ってしまい、ましたか?」


「――うんん」


「あ、でもイデルバには、ここに″きちゃいけない″って言われてたので他言無用でお願いします」


「そう、なのね。 教えてくれてありがとう」


「いえ、そんな! それよりも初対面なのに突然来てすみません。 母の置き手紙で、ずっと昔、もうないんですけどそれを思い出して、何かあったらここにいるメルフィに頼れと書いてありまして……」


 初対面と語るカナリアの様子に、メルフィは何か思うところがあったのだろう。 カナリアを見つめるメルフィの瞳には罪悪感と哀感が満ちていた。


「そうなんだ。 カナちゃんはほんとうに――覚えてないんだね」


 なんでそんな目で私を見るんだろう?


 メルフィの様子に何故か胸が締め付けられたカナリアは、何か話さなければと適当に会話を取り繕う。


「でもですね、今日は家族のサムクルの背中に乗せてもらってきたので、安全でした」


「サムクル? もしかしてさっき見えたあの大きな鳥を飼ってる?」


「はい! 私たちの大切な家族です!」


 カナリアの話を聞いて口元に手を当てて嬉しそうにクスリと笑うメルフィ。


 それに釣られて、カナリアもへへっと柔らかく気の抜けた笑顔が溢れた。


――なんでだろう、今日会ったばかりなのにとても久しぶりな気がする。


「ねぇ。 イン君。 カナちゃんに、何かあった?」


「――わかりません。 ただ何故かおねーちゃんはメルフィと過ごした二年間の記憶がなく、ずっとイデルバ夫妻に面倒を見てもらっていたと思っているみたいです」


「そうか。 だとしたらストレージナイフを使って記憶改ざんされた可能性が高いか。 ごめんね、私がイデルバを信用したばっかりに――」


 殺伐とする雰囲気が漂う部屋の中、メルフィの発言を聞いたインバードは、殺気を収めて何かを悟る。


「僕たちを見捨てたんじゃ、ないんですか?」


「えぇ、ここから出れない私の代わりに、イデルバに神殿に送り届けるようお願いしたの」


「……すみません、僕はてっきり――」


「いいの、結果が全てだもの。 ずっと、こんなにボロボロになるまで、二人は頑張ってきたんだもの、責められて当然よ」


 二人が何を言っているのかついていけないカナリアは、あふれ出る鼻水をすすってただ静かにインバードとメルフィの話に耳を傾けた。


「ごめんね、話し込んで。 お姉ちゃん、立てる?」


 心配そうに手を差し出すインバードにカナリアは小さく頷いてその手を握る。


 瞬間、突如として激しい音が鳴り響き、カナリア達の落ちてきた扉が破壊される。


「おいおいおいおい!! 鬼ごっこは終わりか? さぁ、続きを始めようか!!」


 意気揚々と現れた天使たちに絶望する姉弟、様子のおかしいカナリアを背にインバードがここまでかと諦めかけたその時。


 隣にいたメルフィがこの場全てを包み込むような憤りで現れた天使を睨みつける。


「お前たち。 誰の許可を得てこの塔に足を踏み入れた? 覚悟はできているんだろうな」


 先程の柔和な表情は一変し、カナリアとインバードすら目が合わせられないほどの形相。


 廃楽園の主にして世界最古の現存する魔女、メルフィは静かに怒りを露わにした。


「ははは!! 廃楽園から出ることもできない引きこもりは声だけは大きくって怖いな!」


「あの鳥がいなけりゃこっちのもんだ!」


「俺たちが何もしないとでも思ったのか? イデルバ様はお前に近づくなと言っていたが、所詮は縛られた旧人類。 神に見限られた時代の残りカスが!終わってんだよ!!」


 煽る天使達はきっと過去を知らない。


 メルフィが何ゆえにこの廃楽園に留まっているのか。 何ゆえに天使族の族長を務めるイデルバすら近寄るなと言っていたのかを。


 天使の一人がメルフィに襲い掛かろうと足元の敷居を踏み越えた瞬間。 彼はこの世界から姿を消した。 


「ははは!!――は? なにがおこった?」


 いまだに敷居を跨いでいない天使が嫌に顔を引き攣らせる。


 彼のつま先にひんやりとした何かが当たる。 それが地面に広がっている事に気が付き視線を足元に向ける。


「なんだよ、なんなんだよ!! 今日はなにが、どうなってるんだよ!! 天使は不死なんだろ!?」


「カナリア! お前は玩具だろ? なに抵抗してんだよ、お前のせいで靴が汚れただろ! ふざけるな!!」

 

 動揺をする天使だがそれもそのはず。 彼の足元に広がっているのは形を失い、存在を奪われた天使だった何かなのだから。


「天使が不死? なに勘違いしてる? お前らの罪を背負ったのをどこの誰だと思っている。 いいか? ここは私の箱庭だ。その敷居を跨ぐということは、命を懸けろよ?」

 


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