13話
「いっ……! インバード、大丈夫!?」
扉が開くと同時に引っ張られ、視界が突如として暗転。周囲を理解する間もなく施錠音が鈍く室内に響き渡る。
「ここは、もしかして閉じ込められた?」
バランスを崩しながらも反射的に弟の腕を強く引っ張り、受け身を取ったカナリア。
奪われた視界で何とか地面に指を添わせ、近くの壁のようなものに背中を預ける。
「インバード、ねぇ、返事をして!」
返事のないインバード、カナリアは震える手で胸にいる弟を強く抱きしめる。
インバードはまだ天使の衣を支給されていない。
『だから外傷も負うし、地表の人と同様にそれが感染症を引き落として命に関わる可能性だってあるの』
夕焼け空の下、あの人と交わした会話。
『カナちゃん、こうするしか無かったの。 叶うなら、アンリユと同じように――』
『うん! わかった! メルフィ、私お姉ちゃんだから』
懐かしさが込み上げて汗が額から頬を伝う。
「誰? メルフィ?」
幼い自分がメルフィと会話をしていた過去。
――あれ?私、いつメルフィに教えてもらったんだっけ?
掻き乱される思考。 未だ何も見えない暗闇の中で白昼夢にしては鮮明な記憶がカナリアを襲う。
「どうしよう、どうすれば……」
あの時、扉を開けることを躊躇わなければ。
「――っう」
カナリアの腕から圧力が弱まると、胸に蹲っていたインバードが息を深く吸い込んで苦しそうに声を上げた。
「大丈夫だから……離して、苦しくって息できないよ」
「よかった! よかったぁぁ」
「く、苦しぃ」
「あ、ごめんね」
それでも力の弱まらないカナリアの腕をなんとか潜り抜け、インバードは姉の胸元から顔を出して気道を確保する。
「いいよ、それより、助けてくれてありがと」
「当たり前だよ。 おねーちゃんはインバードのおねーちゃんなんだから」
オロオロと狼狽えつつ、カナリアはそっと弟の頭を撫でてインバードの首元に頭を寄せる。
「それよりインバード、本当に大丈夫? 怪我とかしてない?」
不安そうな目で見つめるカナリアに、インバードは”特技”である純粋な笑顔を作って声を裏返す。
「ゲホッ。うん! お陰で大丈夫だったよ! それよりも何が起き――」
言葉を紡ごうとしたその時、インバードが部屋の揺れを感知する。
先程カナリアと共に引っ張られた位置からゆっくりと壁沿いに降りてくる人影。
インバードは他に大きく動いている物体がないことから、この塔の主と断定し、姉の腕を容易く振りほどいて立ち上がり、そっと前に出る。
「インバード!? どこに行ったの!?」
「ここにいるよ、お姉ちゃん」
「それで……そこにいるのはメルフィさんだよね? 助けてくれたのはありがとう。 でも、もしおねーちゃんを虐めるのなら……」
未だ暗闇で何も見えずに狼狽えるカナリアを他所に、インバードは凄味のある声で揺らぎによって探知した人影へと威嚇をする。
「え!?インバードの声? それにメルフィ? 何処?二人とも何処にいるの?」
訳が分からずその場でカナリアが怯えていると、突然指を鳴らす様な音が聞こえ、部屋が照らされる。
天井から吊るされた陽の光とも、炎とも違う白き光。
眩しさのあまりカナリアは瞬時に瞼を閉じ、ゆっくりと目を慣らす。
視界に広がるのは外観同様の鉄で造られた無機質な空間。
そしてそこで佇む一人の人影。
「うん、久しぶり! まさかまた会いに来てくれるなんて思ってもなかったよ……それで? お母さん達と喧嘩して神殿から家出でもしちゃったのかな? だめだよ! 昔行方不明になって辛い思いしたの忘れちゃったの?」
異様に距離感の近い。 親しみのある声のする方へと顔を向けると、そこには螺旋の塔から手を振っていた低身長で艶のある黒髪が印象的な少女メルフィが階段を降りて此方へと向かってきていた。
「メルフィ、僕の質問に答えてください。 内容によっては……」
殺気立つ弟に”だれ!?″と驚嘆を顔に浮かべるカナリアが弟の顔とメルフィの顔を交互に見ていると、瞬間。
駆け寄ってきたメルフィが飛び込む様にカナリアとインバードを両手で抱き寄せて声を上ずらせる。
「何はともあれ、カナリア! インバード! 会いたかった!! おっきくなったね!! 元気? 怪我は無い? ちゃんとご飯食べてる? 二人とも痩せすぎてるから心配だよ! さては好き嫌いしてるな?」
怒涛の質問攻めに目を丸くしながら、まるで知人のように接してくる少女にカナリアは唇を震わせる。
「えっと、、。 あの、貴方がメルフィ、なのですか?」
全くの他人行儀な反応をするカナリアに、知人のように接していたメルフィは物憂げな表情で距離を取り、改めて挨拶をする。
「……そうだよね、あれから随分時間が経っちゃったし忘れてても仕方ないか。 うん、そうだよ私がメルフィだよ」
「貴方が、お母さんの言ってたメルフィ……さん」
あふれだす涙。 ただメルフィが自己紹介をしてくれた。
ただそれだけなのになんでこの胸は報われたように満たされているのだろうか?
「え! ちょ、ちょっと。 どうしたの? イン君、どうすればいいのか」
突然膝から崩れ落ちてむせび泣くカナリアにしどろもどろになるメルフィ。
お母さんの影が見えた。 お母さんは確かにこの天界に居たんだ。
今まで他人に虐げられてきた生きてきた。 でも生きていられたのはうろ覚えの母の存在があったから。
目の前にいる自分よりも背の低い少女の存在が、母が唯一残した遺言が、忽然と姿を消した母親の存在を証明してくれているようで胸が張り裂けそうになる。
「ね! それよりもちゃんとあの後帰れた? アンリユは元気だった??」
「アンリユ? あの後?」
涙で目を腫らすカナリアは年相応の声音で首を傾げる。
「? えぇ、イデルバに引き取られたあとちゃんと神殿に保護されたんでしょ?」
「神殿は神様の住む場所で、私は、天使、ですよ」
「えぇ、だから――」
目を丸くするメルフィは全く想定外の反応をするカナリアを問い詰めようとしたその時、インバードがメルフィの前で両手を横に広げて立ち塞がる。
「姉さんは覚えてないんだ。 ずっと、苦労してきたから、今朝、お母さんの事すらやっと思い出したみたいで――」
「何を言ってるの、インくん?」
「――分からないんですか? 僕たちを捨てたメルフィには関係ないって言ってるんです」




