お披露目の朝
冬が終わり。
春が過ぎ。
気付けば夏になっていた。
アルヴェイン公爵家へ迎えられてから、半年。
セレスティアは、大きく変わっていた。
銀糸の髪は腰まで伸び、丁寧に手入れされている。
姿勢は真っ直ぐ。
歩き方も様になった。
言葉遣いもまだ完璧ではないが、少なくとも半年前のように「うん」「そうなの?」が飛び出すことはほとんどなくなった。
ダンスは相変わらずアシュレイから小言を言われることもある。
だが、貴族令嬢として必要な水準には届いていた。
刺繍に至っては、既に褒められる側だ。
そして何より。
アルヴェイン家の人々と共に過ごすことに、違和感がなくなっていた。
「セレス、緊張してる?」
鏡の前。
ドレスの最終確認を受けていたセレスティアへ、サイラスが声をかけた。
春にアカデミーへ戻っていた彼は、この日のために一時帰宅している。
「してません」
「してるな」
「してる」
ディモンまで頷いた。
「してません」
「嘘下手だよね」
サイラスが笑う。
セレスティアは鏡越しに睨んだ。
「今日は私のお披露目なんだから緊張くらいします」
「まあそれはそう」
サイラスも納得した。
今日。
アルヴェイン公爵家主催で開かれるセレスティア・フォン・アルヴェインのお披露目会。
国内の有力貴族が集まる、一大規模な催しだった。
本来であれば、もっと早い段階で行われてもよかった。
だがヴィオレッタが言った。
『せっかくなら、セレスが胸を張れる状態になってからにしましょう』
その結果が今日だった。
鏡の中の自分を見る。
淡い水色のドレス。
銀髪。
水色の瞳。
少しだけ大人びた顔。
半年前の自分とは別人のようだった。
「母上たちは?」
「最終確認」
サイラスが肩を竦める。
「王家の件で」
その言葉に、セレスティアは少し眉を寄せた。
王家。
今日の悩みの種だった。
アルヴェイン公爵家は、慣例通り王家へ招待状を送った。
だが、それはあくまで形式上のもの。
参加することなど誰も想定していなかった。
なぜなら、子どものお披露目会とは、本来、親しい者たちが集まる場だからだ。
両親や保護者と面識のある家々。
交流のある貴族。
それらが参加する。
エレノアの件以降、王家とアルヴェイン家に交流はない。
つまり、常識的に考えれば。
王家は参加しない、……はずだった。
「参加するそうです」
執事からそう報告された時のヴィオレッタの顔を、セレスティアは忘れられない。
とても綺麗な笑顔だった。
そして、とても怖かった。
この時ばかりは、アカデミーで王都に行っていたサイラスの軽口が恋しくなるほどには。
ふと、扉が開く。
「準備は終わったかしら?」
ヴィオレッタだった。
今日の彼女は深緑のドレスを纏っている。
相変わらず美しい。
そして、相変わらず笑顔だった。
「母上」
サイラスが近付く。
「アカデミーでも噂になってたけどさ、本当に来るの?」
「来るそうよ」
にっこりと。
「相変わらず、しきたりの分からない方々ね」
さらりと言った。
サイラスが苦笑する。
「今日は誰かに聞かれたら不敬になってしまいますよ、母上」
「聞かれなければ問題ないわ」
「そういう問題かなぁ」
セレスティアは思わず吹き出しそうになった。
半年前なら信じられなかっただろう。
王家の話をしているのに誰も畏れていない。
いや正しくは、畏れる必要がない立場なのだ。
アルヴェイン公爵家は。
王家へ媚びる家ではない。
国を支える柱の一つなのだから。
「まあ」
ヴィオレッタは肩を竦めた。
「いらっしゃるなら、歓迎はします」
その笑顔を見て。
サイラスが小さく呟く。
「歓迎の意味が怖いんだよなぁ」
「何か言ったかしら?」
「何も」
即答だった。
その様子に、セレスティアは少しだけ笑った。
すると、ヴィオレッタがセレスティアの前へ立ち、そっと頬へ触れた。
「綺麗よ」
優しい声だった。
「エレノアも、きっと喜んでいるわ」
セレスティアの胸が少し熱くなる。
母なら。
何と言っただろう。
きっと困ったように笑って。『綺麗ね』と言ってくれた気がする。
「……はい」
小さく頷く。
ヴィオレッタは満足そうに微笑んだ。
「それでは行きましょう」
そうして、ヴィオレッタに続いて3人が向かったのは会場となる大広間の隣。
待機室として準備をしたその部屋には、すでにディモンやサイラスと似たデザインの礼装をまとったセオドアがいた。
「セレス」
セオドアが娘を見る。
セレスティアは反射的に背筋を伸ばした。
「はい」
「緊張しているか」
「……少し」
「嘘だな」
即答だった。
サイラスが吹き出す。
ディモンも口元を僅かに緩めた。
「かなり緊張しています」
セレスティアは素直に訂正した。
「そうか」
セオドアはそれ以上笑わなかった。
代わりに。
「なら正常だ」
と言った。
その言葉に、セレスティアは瞬く。
「正常?」
「緊張しない者の方が危険だ」
静かな声。
「今日集まるのは、この国の有力貴族たちだ」
公爵家
侯爵家。
伯爵家。
辺境伯家。
王城の高官たち。
国の中枢にいる人々。
「緊張するのは、それだけ相手を軽視していないということでもある」
セオドアはセレスティアの肩へ手を置いた。
「だが、怯える必要はない」
深い青の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。
「お前はアルヴェインだ」
その言葉は、この半年で何度も聞いた。
けれど。
不思議と聞くたびに重みが増していく。
「……はい」
自然と背筋が伸びる。
「よろしい」
セオドアが頷く。
すると横からサイラスが茶々を入れた。
「父上、その台詞かっこいいですね」
「黙れ」
「はい」
即終了だった。
そんなやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
その時、ヴィオレッタがセレスティアの髪へ触れた。
「こちらを向いて」
「?」
言われるまま振り向く。
ヴィオレッタは髪飾りの位置を微調整した。
「完璧」
満足そうに頷く。
「母上、それさっきもやってた」
「何度確認しても足りないの」
「過保護」
「何かしら?」
「何も」
サイラスが即座に沈黙する。
学習能力があるらしい。
セレスティアは思わず笑うと、ヴィオレッタの表情がふっと柔らかくなる。
「良かった」
「え?」
「笑ったから」
その言葉に。
セレスティアは少しだけ照れた。
「笑っていた方がずっと可愛いわ」
「母上」
サイラスが言う。
「今のは完全に身内贔屓」
「当たり前でしょう」
即答だった。
「私の娘だもの」
セレスティアの胸が小さく跳ねる。
娘。
自然に言われるたび、まだ少しだけくすぐったい。
けれど、嫌ではなかった。
「セレスティア様」
再び扉が叩かれる。
そこに立っていたのはアシュレイ。
「お客様方の到着が進んでおります」
いよいよ開始が近い。
セレスティアは小さく息を吸う。
すると、アシュレイが静かに言った。
「最後に一つ」
全員の視線が集まる。
「今日の貴方は誰ですか」
突然の質問だった。
だが、セレスティアはすぐに理解した。
この半年で何度も問われたことだから。
姿勢を正す。
顎を上げる。
視線を逸らさない。
「セレスティア・フォン・アルヴェインです」
アシュレイは頷く。
「結構」
アシュレイからの返答はその一言だけだった。
けれどそれが何よりの合格点だった。
外から新たな馬車の音が聞こえる。
次々と集まる貴族たち。
これから会う者たちの中には、
母を知る人もいるだろう。
母を見捨てた人もいるだろう。
母を嘲った人も、母を慕った人も、いるかもしれない。
それでも、セレスティアは前を向く。
もう逃げない。
もう俯かない。
今日、自分は、アルヴェイン公爵家の令嬢として社交界へ立つのだから。




