仕立屋
少し重くなっていた空気を変えるように、執事が静かに告げた。
「仕立て屋がもう間もなく到着するとのことです。」
「あら、ちょうどいい時間ね」
ヴィオレッタが穏やかに微笑む。
セレスは少しだけ緊張した。
仕立て屋。
昨日言っていた人だ。
「そんな構えなくても大丈夫だよ」
サイラスが笑う。
「食われたりしないから」
「私をなんだと思ってるの」
「今にも逃げそうな仔猫?」
「サイラス」
ディモンの低い声。
「調子に乗るな」
「はい」
即座に鎮圧された。
しばらくして。
部屋へ入ってきたのは、四十代ほどの女性だった。
柔らかな茶髪をきっちりまとめ、見るからに仕事のできそうな雰囲気をしている。
「お久しぶりです、ヴィオレッタ様」
「久しぶりね、マルグリット」
二人は親しげに挨拶を交わした。
マルグリットと呼ばれた女性は、すぐにセレスへ視線を向ける。
そして。
「まあ……」
少し目を見開いた。
「エレノア様にそっくり」
また言われた。
でも、不思議と嫌じゃない。
「初めまして。セレスティア様」
丁寧な礼。
セレスは反射的に頭を下げかけ、アシュレイの視線を感じて止まる。
代わりに、姿勢を正して礼を返した。
「初めまして」
「……ええ、上出来です」
アシュレイが小さく頷く。
ちょっと嬉しい。
「まずは現在必要なお洋服を用意いたしますね」
マルグリットが仕事用の帳面を開く。
「とはいえ、本格的なものは後日になります」
「後日?」
「セレスティア様のお召し物は、既製品では済みませんから」
セレスは瞬きをした。
「えっと……今着てるのは?」
「エレノア様の幼少期のお洋服を、サイズ調整しております」
なるほど。
だからぴったりだったんだ。
「ひとまずは体に合った既製服を中心に揃えます」
マルグリットはセレスを見ながら言う。
「ですが、社交界へ出る頃には完全なオーダーメイドになりますね」
「おーだー……」
「一からセレス様専用に仕立てる、という意味です」
難しい言葉が多い。
「貴族の服は“家の格”でもありますから」
アシュレイが補足する。
「特にアルヴェインほどの家格になると、既製服ばかりというわけにはいきません」
セレスは何だか気が遠くなる。
服ってそんなに大事なんだ。
「まあ、慣れるよ」
サイラスが気軽に言う。
「兄上たちは興味なさそう」
「実際そこまでない」
「でも母上が許さない」
「当然でしょう?」
ヴィオレッタがにっこり笑った。
兄弟が揃って目を逸らすあたり、どうやら心当たりがあるらしい。
「では採寸を」
マルグリットが柔らかく言った。
セレスはいつの間にか立てられていたパーテーションの中へ案内される。
中は、四方が鏡ので囲まれた部屋だった。
「緊張しなくて大丈夫ですよ」
マルグリットが優しく笑う。
「痛いことはしませんから」
「……はい」
首へ柔らかな布製のメジャーが当てられる。
肩幅。
腕。
腰。
次々測られていく。
「細いですねぇ」
マルグリットが少し眉を下げた。
「もっと栄養を取らないと」
「そう……、」
「はい。少し余裕をもって作成させていただきますね」
即答だった。
少しだけ困る。
「でも姿勢は綺麗ですね」
マルグリットが感心したように呟く。
「姿勢が良いことは、社交界において立派な武器になります」
その言葉に、セレスは少しだけ照れくさくなる。
「髪色もアルヴェイン公爵家の色味ですから」
帳面へ次々何かを書き込んでいく。
プロだ。
「……そんなに変わるもの?」
「変わりますとも」
マルグリットがにこりと笑った。
「服は、鎧ですから」
セレスは瞬きをする。
「鎧?」
「ええ、特に貴族女性にとっては」
「服が、鎧……」
柔らかな声。
採寸を受けながら、セレスはその言葉を繰り返した。
マルグリットは頷く。
「ええ。社交界は戦場ですから」
さらりと言われた。
怖い。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ」
マルグリットがくすりと笑う。
「アルヴェインの方々はお嬢様をきちんと守ってくださるでしょう」
それは、少し分かる。
昨日今日だけでも、何度も助けられている。
「ですが」
マルグリットはメジャーを動かしながら続けた。
「どれほど強い後ろ盾があっても、見た目で侮られることはあります」
「見た目で……」
「貴族社会では、“どう見えるか”も力です」
アシュレイの言葉と似ていた。
家格。
立場。
振る舞い。
全部が“アルヴェイン”として見られる。
「例えば」
マルグリットが説明する。
「サイズの合っていないドレスを着ているだけで、“家に金がないのか”“教育が足りないのか”と噂されることもあります」
「そんなことで?」
「そんなことで、です」
即答だった。
「ですが、貴族社会というのはそういう世界です」
セレスは少し黙る。
村では、服は暖かければよかった。
多少継ぎ接ぎがあっても普通だった。
でもここでは違う。
「……大変」
「大変ですよ」
マルグリットは苦笑した。
その声には、少しだけ実感が滲んでいた。
「ですが、“きちんと装う”ことは、相手へ隙を見せないことでもあります」
隙を見せない。
鎧。
少しだけ意味が分かってきた。
「セレス様は、お顔立ちが整っていらっしゃいますし」
「えっ」
「素材が良いので、きちんと整えればかなり映えます」
また素材って言われた。
セレスが複雑な顔をすると、マルグリットが笑う。
「アシュレイ様と同じことを言ってしまいましたか?」
その時。
コンコン、とパーテーションが叩かれる。
「入っていい?」
サイラスの声だった。
「駄目です」
マルグリットが即答する。
「えぇー」
「採寸中です」
「見ないって」
「問題はそこではありません」
完全にあしらわれていた。
セレスは少し笑ってしまう。
「兄さま、なにかあった?」
「ああ、母上が布見本選ぶならセレスもって」
そう言って扉越しに声が続く。
「せっかくなら自分で選んだ方が楽しいよ」
布見本。
何だろう。
「終わったら向かいます」
「はーい」
マルグリットが答え、足音が遠ざかっていく。
「サイラス様は本当に自由ですねぇ」
マルグリットが苦笑した。
「昔からああなんですか?」
「小さい頃からですね」
セレスは少し想像する。
小さい頃のサイラス。
たぶん今とそんなに変わらない。
容易に想像できた。
「はい、採寸はこれで終了です」
マルグリットがメジャーを片付ける。
「では次は布選びですね」
「布も選ぶの?」
「もちろんです」
セレスは目を瞬く。
「好きな色、似合う色、季節、用途もですね」
「用途」
「お茶会用、普段着、外出着、夜会用……色々ありますから」
多い。
服ってそんなに分類されるんだ。
セレスの困惑顔が面白かったのか、マルグリットが優しく笑う。
「大丈夫ですよ。いざ自分で選ぶとなると最初は皆様そうです」
「皆?」
「ええ。エレノア様も、最初は布見本を前に困っておられました」
セレスは少し目を見開く。
「お母さまも?」
「ですが最後には、ご自身に似合うものをよく理解しておられました」
懐かしそうな声。
「セレスティア様もきっとそうなります」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなる。
母と同じ。
そう言われるのは、やっぱり嬉しかった。




