家族で囲む食卓
翌朝。
目を覚ました瞬間、セレスは一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなかった。
白い天蓋。
広い部屋。
暖炉の残り火。
「……あ」
アルヴェイン公爵家。
昨日のことを思い出し、ゆっくり身体を起こす。
窓の外は、まだ白銀の世界だった。
雪は夜の間も降り続いていたらしい。
「……綺麗」
思わず呟く。
村の雪景色とは少し違う。
もっと広くて、静かで、どこか澄んでいた。
その時。
コンコン、と扉が叩かれる。
「セレス様、失礼いたします」
侍女の声。
「お着替えのお手伝いに参りました」
「……はい」
まだ少し慣れない返事をする。
扉が開き、侍女たちが入ってきた。
「昨晩はよく眠れましたか?」
「う、うん」
一瞬、図書室のことが頭をよぎる。
……夜中に一度起きたとは言わない方がいい気がした。
「本日は仕立て屋が参りますので、採寸を行います」
「採寸……」
また未知の単語が増えた。
侍女たちは慣れた手つきで支度を進める。
今日のドレスは、昨日より動きやすそうな淡い灰青色だった。
髪も軽く編み込まれる。
「本当にエレノア様そっくり……」
ぽつりと零れた声に、セレスは鏡越しに目を伏せた。
母に似ている。
それを言われる度、嬉しいような、苦しいような気持ちになる。
支度を終え、部屋を出る。
廊下には朝の光が差し込んでいた。
すると。
「おはよ」
軽い声。
サイラスだった。
壁へ寄りかかりながら、にこにこしている。
「……おはよう」
「ちゃんと起きれたね」
「子ども扱いしないで」
「夜更かししてた子が何か言ってる」
「っ!?」
セレスが固まる。
そんなセレスを見て、サイラスは吹き出した。
「顔に出すぎ」
「だ、誰にも言ってないよね!?」
「言わないよ」
面白そうに笑う。
「可愛い反応するなぁ」
「……っ」
悔しい。
絶対からかわれてる。
「安心して。俺もよく夜中に図書室行くから」
「兄さまも?」
「現実逃避に便利なんだよね、あそこ」
そんな理由で使う場所なんだ。
セレスは少し呆れた。
でも。
「……ありがとう」
小さく言う。
昨夜、付き合ってくれたこと。
話を聞いてくれたこと。
全部ひっくるめて。
サイラスは一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。
「どういたしまして」
そして何事もない調子で歩き出す。
「朝食行こう。母上たち待ってる」
セレスも後を追う。
窓の外では雪が光を反射していた。
食堂へ入ると、既に朝食の準備は整っていた。
長いテーブル。
焼きたてのパンの香り。
温かなスープ。
窓から差し込む冬の朝日が、白いクロスへ柔らかく落ちている。
「おはようございます」
セレスが少し緊張しながら頭を下げる。
「おはよう、セレス」
ヴィオレッタが優しく微笑んだ。
セオドアは新聞のような書類へ目を通していたが、セレスを見ると小さく頷く。
ディモンは既に席についている。
「おはよーございます」
サイラスが軽い調子で続いた。
「随分仲良くなったのね」
ヴィオレッタがくすりと笑う。
その瞬間。
セレスの動きがぴたりと止まった。
「え」
「えー、そう見える?」
サイラスは面白そうに椅子へ座る。
「見えるわよ」
「光栄だなぁ」
「ち、違っ……」
思わず声が出る。
ヴィオレッタが不思議そうに瞬く。
「違うの?」
「だって、からかわれてばっかりだし……」
「あれはサイラスなりに気を遣ってるのよ」
さらっと言われた。
セレスはサイラスを見る。
サイラスはにこにこしていた。
否定の言葉ではない。
「……本当に?」
「本当本当」
「胡散臭い」
「ひどいなぁ」
サイラスが肩を落とすふりをすると、
「まあ、お前にしては珍しい」
ディモンがぽつりと言った。
「え、何が?」
「初日からここまで距離を詰めるのが」
サイラスが少し目を丸くする。
「そう?」
「いつもはもっと線を引く」
静かな指摘だった。
セレスはきょとんとする。
サイラスは誰にでも愛想がいい。
だから、人懐っこい性格なんだと思っていた。
でも。
「……意外」
思わず漏れる。
「セレスまでそういうこと言う?」
「だって、すごい喋るし」
「喋るのと距離近いのは別だよ」
さらりと言う。
その瞬間。
ヴィオレッタとディモンが妙に納得した顔をした。
どうやら本当らしい。
セレスは少しだけサイラスを見る目を変える。
この人、思ってたより難しい人かもしれない。
「まあでも」
サイラスが頬杖をつく。
「セレスは放っとくと一人で抱え込みそうだから」
灰青色の瞳が細められる。
「見張っとかないと」
「見張るって何」
「夜中に危ない本読んで落ち込まれても困るし」
「っ!!」
セレスの顔が一気に熱くなる。
ヴィオレッタが目を瞬いた。
「夜中?」
「あ」
サイラスが固まる。
数秒の沈黙。
「……サイラス?」
ヴィオレッタがにこやかに笑う。
怖い笑顔だった。
「セレスを夜更かしに付き合わせたの?」
「いやこれは不可抗力というか」
「兄さまもいたもん」
「裏切った!?」
「自業自得だ」
ディモンが即答する。
セオドアは無言で珈琲を飲んでいたが、僅かに呆れたような空気を出していた。
「二人とも」
ヴィオレッタは柔らかく言う。
「するな、とは言わないけれど、夜更かしはほどほどにね?」
「はーい」
「……はい」
返事をしながら、セレスは少しだけ笑ってしまう。
怒られているはずなのに、不思議と嫌じゃなかった。
そんなセレスを見て、ヴィオレッタが優しく目を細める。
「やっぱり仲良くなったわね」
「……」
今度は否定できなかった。
サイラスが得意げに笑う。
「妹に懐かれる兄って最高だよね」
「懐いてない」
「反抗期早くない?」
また笑いが起きる。
その空気が、温かい。
セレスはパンを小さくちぎりながら思う。
昨日まで、こんなふうに笑える日が来るなんて、想像もしていなかったから。




