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栄華を極めた筈の愛の王国の没落記  作者: ふーわ
第2章 公爵令嬢の誕生
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公爵家としての矜持


窓の外では、雪が静かに降り続いていた。


暖炉の火が揺れる。

穏やかな時間だった。

けれどセレスは、先程燃やされた手紙のことが頭から離れなかった。


王妃。

“真実の愛”。

母を傷つけた人。

それを、この家の人たちは決して許していない。




「……あの」




小さく口を開く。

自然と全員の視線が集まった。


少し緊張する。

けれど、聞いておきたかった。




「どうして……そんなに、王家を嫌ってるの?」




空気が静まり、セレスは慌てた。




「ご、ごめんなさい、変なこと」


「変ではないわ」




ヴィオレッタが静かに言った。

その声は穏やかだった。


でも、どこか深い痛みを含んでいるのも、分かった。




「あなたには、知る権利があるもの」




セレスは唇をきゅっと結ぶ。

ヴィオレッタは少しだけ紅茶へ視線を落とした。




「……エレノアは、とても優秀だったの」




静かな語り口。




「優しくて、美しくて、賢くて。誰からも愛されていたわ」




セレスは黙って聞く。




「だからこそ、王太子妃候補になった」




その言葉に、胸が僅かにざわつく。


母が。

未来の王妃だったかもしれない。




「でも」




ヴィオレッタの指先が、カップの縁をなぞる。




「王太子殿下は、“真実の愛”を選んだ」




穏やかな声。

なのに、ひどく冷たい。




「恋をすること自体は悪くないわ。けれど、そのために踏みにじられた人間がいた」




セレスの手が、膝の上でぎゅっと握られる。




「冤罪まで着せられた」




ディモンが低く続けた。




「社交界から追放され、王都を追われた」


「……っ」




知っていた。

でも、改めて聞くと苦しい。




「それでも叔母上は、誰も恨まなかった」




サイラスがぽつりと言う。

灰青色の瞳が細められる。




「だから余計に、見てる側は辛かったんだよ」




セレスは俯く。

母らしいと思った。

最後まで、“憎まないで”と言っていた人だから。




「アルヴェイン家は、本来なら王家へもっと強く抗議できた」




セオドアが静かに言う。




「だが、エレノア自身が望まなかった」


「……どうして」




思わず漏れる。

どうして戦わなかったの。

どうして全部受け入れたの。


セオドアは少し目を伏せた。




「エレノアは、王国を愛していたからだ」




その答えは、セレスにとって、少し苦しかった。

こんな仕打ちを受けても。

母はまだ、この国を愛していたのか。




「だから私たちは、余計に許せなかった」




ヴィオレッタの声は静かだった。




「王家は、“優しい人間なら傷つけても反撃しない”と思っていたのよ」




ぱちり、と暖炉の火が鳴る。

セレスは息を呑む。




「……最低」




気づけば、そう呟いていた。


部屋が静まる。

しまった、とセレスは遅れて気づいた。

王家に対しての言葉としては、きっとよくない。


けれど。




「ええ」




ヴィオレッタは静かに頷いた。




「本当に」




否定しなかった。

サイラスがレモネードを揺らしながら、小さく笑う。




「だからさ」




その灰青色の瞳が、まっすぐセレスを見る。




「セレスが遠慮する必要なんてないんだよ」


「……え?」


「君は被害者側なんだから」




軽い口調。

でもその言葉は、ひどく真剣だった。


セレスは目を瞬く。

今まで、自分は“迷惑をかける側”だと思っていた。

引き取られる立場で。

助けてもらう側で。


でも。




「君はアルヴェインの娘だ」




ディモンが静かに言う。




「誰にも負い目を感じる必要はない」




その言葉に、胸が熱くなる。

アルヴェインの娘。


まだ実感は薄いけれど、この人たちは本気でそう思ってくれている。




「……はい」




小さく頷く。

ヴィオレッタが優しく微笑んだ。




「ゆっくりでいいのよ」




その声は、春みたいに温かかった。




「あなたはまだ十四歳だもの」




失ったものは大きい。


傷も深い。

それでも。


ここでなら。

少しずつ、前を向けるのかもしれない。


セレスは冷めかけたココアを飲みながら、静かにそう思った。




気付けば、外はすっかり暗くなっていた。


雪はまだ降っている。

静かな夜だった。




「今日はもう休みなさい」




ヴィオレッタが柔らかく言う。




「疲れているでしょう?」


「……はい」




正直に頷く。

身体も、頭も、色んなことでいっぱいだった。


セオドアは仕事があるらしく、そこで席を立った。

ディモンも騎士団へ顔を出すらしい。




「無理するな」




短くそう言い残して去っていく。

ぶっきらぼうだけれど、不思議と冷たくはない。




「おやすみ、セレス」




サイラスがひらひら手を振る。




「困ったことあったら侍女呼ぶんだよ」


「子どもじゃないもん」


「うんうん」




絶対信じてない返事だった。

むっとするセレスを見て笑いながら、サイラスも去っていく。


最後にヴィオレッタがそっとセレスの髪へ触れた。




「よく頑張っていたわ」




その一言が、妙に胸へ沁みた。


一人になった部屋は静かで、暖炉の火がぱちぱち鳴っているのも聞こえる。

セレスは寝台へ腰掛け、ぼんやり窓の外を見た。


夜の雪景色。

青白い月明かり。

村とは違う景色なのに、不思議と少し落ち着く。




「……お母さま」




小さく呟く。

今日一日だけで、たくさん母の話を聞いた。


王妃候補だったこと。

皆に愛されていたこと。

努力家だったこと。


セレスが知らないことばかりだった。




「……全然、知らなかったな」




母は何も語らなかった。

きっと、自分へ背負わせたくなかったのだろう。


セレスは膝を抱える。

胸の奥が少し苦しい。

誇らしい。

でも同時に、悔しい。

そんな人が、どうして傷つけられなきゃいけなかったの。




「……憎まないで、か」




母の最後の言葉を思い出す。


優しかった声。

でも無理だと思った。


まだ。

どうしても。

王家の話を聞くだけで、胸の奥が黒く濁る。


その時だった。

コンコン、と控えめなノック音が響く。




「……はい」




扉が少し開く。

顔を覗かせたのはヴィオレッタだった。




「起きていた?」


「うん」


「少しだけいいかしら」




セレスが頷くと、ヴィオレッタは部屋へ入ってくる。

手には小さな箱を抱えていた。




「これを渡そうと思って」




ベッドへ腰掛け、そっと箱を差し出す。




「……?」




セレスは恐る恐る蓋を開けた。




「……っ」




中に入っていたのは、一冊の古い本だった。


淡い青色の装丁。

少し擦り切れている。




「お母さまの……?」




「ええ」




ヴィオレッタが優しく微笑む。




「エレノアが一番大事にしていた本よ」




セレスはそっと本へ触れる。

母の匂いがする気がした。




「あなたが来るって決まってから、来たら渡そうって決めていたの」




胸が熱くなる。




「……ありがとう」




自然と零れた言葉だった。

ヴィオレッタは静かに目を細める。




「セレス」


「なに?」


「あなたは、あの子が命より大切にしていた娘なの」




優しい声。

でも少し震えていた。




「だから遠慮しないで。甘えていいのよ」




その瞬間、セレスの目に涙が滲む。


困る。

今日だけで何回泣きそうになるんだろう。




「……迷惑じゃない?」




ぽつりと漏れる。

ヴィオレッタは驚いたように目を見開き、それから困ったように笑った。




「そんなわけないでしょう」




そっと、セレスの頬へ手を添える。




「あなたが来てくれて、嬉しいの」




その言葉は、嘘じゃなかった。




「私は、エレノアにはなれないけれど、セオドア様が父上なら、私は母上よ。」




だから余計に。

セレスの涙腺を壊した。




「……っ」




ぽろ、と涙が零れる。

ヴィオレッタは何も言わず、そっとセレスを抱き寄せた。


母とは違う。

でも、温かい腕だった。




「ゆっくりでいいのよ」




髪を撫でる手が優しい。




「ここは、あなたの家だから」




セレスは涙を堪えきれず、小さく嗚咽を漏らした。


母を失ってからずっと張っていた心が。

少しずつ、ほどけていくみたいだった。


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