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終章 少女の願い

「違う、違う……わたしは、本当に、嘘でも、一瞬でも、ハヤがわたしを、わたしは、一瞬でいいから、その後は、ハヤとライと二人で、わたしは、一瞬だけで、そうしたら、みんな、幸せに、なれる……」


 掲げていた羽飾りを胸に抱き込むようにして、沙羅は涙の混じった声で囁き出す。

「え? 沙羅ちゃん……? いや、エンちゃん、なのか?」

 木下たちも立ち上がって、恐る恐る沙羅の周りを取り囲む。

 沙羅――いや、エンは俯いたまま、同じようなことをずっと囁き続けている。

「本当の願いを言え、と沙羅は言っていたな」

「うん……。でも、確かに、エンの言っていること、違和感ある。ハヤのことが本当に好きなら、嘘でもいいとか、一瞬でもいいとか、そんなことあるわけない。それが、死の間際の願いなら、尚更」

「嘘でも、ってことは、エンちゃんはハヤの気持ちには気づいてなかったってことか? もしくは、ハヤがエンちゃんを好きだったってことが信じられなかったか」

「つまり、ここから先は俺たちの出番ってわけだな」

「うん。ハヤとライの気持ちを伝えて、本当の願いを言わせないと。それに、エンは間違っているって、ちゃんと分からせないと」

「頼んだ」

 目配せをし合う双樹と花恋にエンのことを任せ、木下と美智子は一歩後ろに下がった。

 エンが何を間違っているのか。

 何を分からせるのか。

 それを問う声はない。

 問う必要はなかった。

 エン以外の誰もが、その答えを知っていた。


「エン。最後の夜、満月の下で、ハヤは君に告げた。君のことが好きだと。妹ではなく一人の女として好きだと。もしかしたら、君には聞こえていなかったのかもしれないが、だが、確かにハヤは君にそう告げた。ハヤは、君のことを愛していた」

 エンの正面に回り込み、優しく肩に手を乗せて、双樹は夢で知ったハヤの気持ちをエンに伝えた。

 涙に濡れた瞳で双樹を見上げたエンは、直ぐに俯いて頭を振る。

「違……う。違う……。そんなはず、ない。ハヤは、ライを……。ハヤは優しいから、私の気持ちに気が付いていて、死んでいく妹を憐れんで、最期の手向けと思って……、それだけ、きっと、それだけ……」

「じゃあ、どうして! ハヤは君の跡を追って死んだんだ? ライのことが好きなら、君を看取った後は、ライの元へ戻ったはずだろう? だが、ハヤはそうしなかった。それは、ライではなくて、君のことを愛していたからだろう?」

 双樹はエンの肩に置いた手に力を込めるが、エンは頑なに顔を上げようとはしない。

「でも、だって、そんな、わたしたちは、兄妹なのに」

「エンだって、兄なのにハヤのことが好きだったんだろう? ハヤも、同じだったんだよ。あの日、茂みであった時から、ハヤはエンのことが好きだった」

「ハヤ…………」

 エンは顔を上げて、双樹を切ない瞳で見上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔が、ゆがめられていく。

「ハヤ……それでも、わたしは……。わたしは、帰ってくるべきじゃなかった。ライだって、ハヤのことを想っていたのに。わたしたちは、許されない、のに……。ハヤは、ライと、幸せになるべきだった。……だから、だから、わたしが、わたしさえ、いなくなれば、二人は、幸せに……う、ううっ」

 涙が、次から次へと溢れてきて止まらない。

 エンは両手で顔を覆ってすすり泣いた。

 その後ろから、花恋はライの体を抱きしめる。

「そうだね。ライはハヤが好きだった。二人の気持ちに気付いていながら、見て見ぬふりをするくらい、ハヤが好きだった。生まれ変わったら、今度こそハヤと結ばれたいって願うくらい、ハヤが好きだった。でも、でもね。ライはエンのことも好きだったよ。じゃなきゃ、あんなボロボロの羽飾り、いつまでも大事にしていないよ」

「ライ……わた、わたしは」

「エン。エンが死んでも、誰も幸せになんかなれないよ。誰も、幸せになんかなれなかった。エンが死ぬたびに、ハヤは何度もその跡を追った。あなたの死が、何度もハヤの命を奪ってきた。その度に、ライは一人で取り残されて、何度も何度も悲しくて寂しい思いをしてきた。ハヤがエンの跡を追わなかった時もあるけれど、エンを犠牲にしておきながら、幸せになんかなれないんだよ。エンは、もしもライが、私が代わりに死ぬからエンはハヤと幸せになってって言われて、それで本当に幸せになれるの?」

「………………っ、うっ、ううぅ……」

 ゆっくりと頭を振りながら、エンが崩れ落ちる。それを追って、双樹と花恋も腰を落とす。

「わた、わたし、わたしが、ハヤを、わたしが、ライを……。わたしの、したことは、わたしは、どうすれば……わたしは、わたしは……」

「まずは、あなたが幸せになりなさい」

 黙って三人を見守っていた美智子が、優しく、厳かにエンに語り掛けた。

 わたしがわたしがと、壊れた様に繰り返していたエンは、ビクリと身を竦ませて、双樹にしがみつく。

 美智子は一瞬傷ついた表情を浮かべたけれど、直ぐにそれを振り払う。瞳に、口元に、聖母のような優しい笑みを浮かべる。

「もう、いいのよ。私たちを縛るものは何もない。死んだ後くらい、自分の心に素直になりなさい。自分にくらい素直になりなさい。ハヤもライも、あなたのことが好きなんだから、あなた自身が幸せになれば、後のことは二人で何とかします」

 かなり乱暴なことを言っているが、恐れているネツの言葉だからか、エンは反論もせず大人しく聞いている。

「半端な呪い師が、今際のきわに自分を偽った願いをかけたりするから、こんな面倒なことになるのよ。まあ、私が言えた義理じゃないんだけれど。エン、ごめんね。ネツを、許してあげて」

 美智子に頭を下げられて、エンが息を呑む。

「さあ、エン。あなたの本当の願いは何? ちゃんと、あなたの口から言いなさい。そうすれば、みんな幸せになれるから」

「わた……しの……願い……」

 エンの唇が震える。

 願いのその先が、どうしても、言葉にならない。

「エン。あなたの本当の願いを教えて」

「エン。おまえの願いを聞かせて欲しい」

 両脇から、双樹と花恋に囁かれ、エンは震えながら羽飾りを掴んだ手を頭上に掲げ、月明かりに翳す。

「許されなくてもいいから、ハヤに、想いを伝えたかった。わたしの一番、大切な人。ハヤと一緒になりたかった。ハヤと一緒に、ずっと生きていきたかった。来世なんか、いらないから、今、この時、わたしが、ハヤ、あなたと結ばれたい……」

「ああ。知っていたよ。エン、おまえを幸せにしてやりたいと、おまえと一緒になりたいと、ずっと思っていたよ」

「あぁ……ハヤ…………」

 双樹ではなく、翳した羽飾りに向かって、エンは微笑んだ。

 あの日。

 あの時。

 満月の下で、ハヤから聞いた言葉。

 あの時は、信じることが出来なかった。

 でも、今は、信じられる。

「ハヤ……一緒に、いこう……」

「……ああ」

 羽飾りはエンの手の中で一瞬光を帯び、光が掻き消えると同時に、エンの手から滑り落ちていった。


「はー、やれやれ。なんて、人騒がせな……。うう、目が、目が痛いよ」

 のそのそと沙羅が身を起こし、さっきまでの儚げな雰囲気は霧散した。

「沙羅!」

「エ、エンは? 成仏したのか?」

「うん……そうみた……って、成仏って、止めてよ! それじゃ、まるで、わたしが霊に憑りつかれてたみたいじゃない!?」

「いや、さっきの感じだと、前世っていうよりも、沙羅に憑りついていたエンの霊が、満足して成仏したように思えるんだが……」

「ち、違う! エンがちゃんと本当の自分の願いを言ったから、前世の呪いが解けたんだよ! それが、呪いを解く条件だったんだよ! 王子様のキスみたいに!」

「な!? キスなんて、まだ早い。俺は許さないぞ、沙羅!」

「煩い! そいう話じゃない!」

 早速、始まった双子の兄妹喧嘩と脱線に、置いてけぼりを喰らったメンバーは脱力した笑みを浮かべる。

「いずれにせよ、これはちゃんと供養しないといけないわね」

 床に落ちた羽の首飾りを、美智子が拾い上げる。

「そうだな」

「そうだね」

 騒いでいた双子が、大人しくなった。


(エン。わたしは、わたしたちは、ちゃんと幸せになるから。だから、エンはハヤと、あの世で好きなだけイチャついてたらいいよ)


 美智子の手の中の羽飾りに向かって、沙羅は心の中だけでエンに語り掛ける。

 語り掛けて、ふと気が付いた。

 そう言えば、自分はまだ、木下に気持ちを伝えてはいないということを。

 先ほどのキス発言が尾を引いて、木下は双樹と何やら言い争っている。というか、ほぼ一方的に双樹に絡まれている。

 包帯が巻かれた手を見ると、胸が痛んだ。けれど、同時に、甘酸っぱい気持ちも込み上げてくる。


(あのうじうじしていたエンだって、ちゃんと伝えたんだから、わたしも、ちゃんと伝えなきゃ。でも、こんなギャラリーがいるところじゃなくて、やっぱり二人きりのときで……)


 密かに決意を固める沙羅を、満月はそっと見降ろしていた。


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