↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳筋うさぎの幸福論 -Project HAPPYEND-  作者: 六木 すずり
第2章 ティーカーネ巡礼
22/22

12.マチルダ、選択する

閲覧、ブクマありがとうございます。

「リーヴス……『あれ』というのは、今そこにいるあれのことかな?」


 クレイトンが、潜めた声で尋ねる。……鬼火でしっかりと照らされた部屋にいるこちらの存在には確実に気付かれているだろうが、気持ちは分かる。


「ええ、いかにも……ワガハイ、あれが来てからというもの、五十年の間本当に全く生きた心地がせず……」

「ごじゅ…!? それはさすがに同情するっすね」


 同じく声を潜めた会話が続く。


「そんなに長い間、よくこんな場所で生きていられたねえ……まあリーヴスじゃせいぜい、おやつくらいにしかならないか」

「ひぃ!?」

「おやめなさいってかわいそうに。何にせよ……あれをどうにかしないことには、にっちもさっちもいかないっすね」

「………………」

「マチルダ様? 大丈夫ですか」


 クレイトンに呼ばれ、我に返る。いけない、ぼんやり観察している場合ではない。


「ええ、大丈夫です。……リーヴス様、ここから外に行くには、やはりあちらの部屋からということになりますか? 実はこの部屋にも、隠し扉や隠し通路があるとか……」

「へ? ……ございません、この部屋の出入り口はその一つだけでございます」


 だよね、知ってた。溜め息を堪えながら、暗がりを見据える。


(もう既に、『あいつ』はここに棲み着いてたってことね……)


 『あいつ』――すなわち、隠しダンジョンのボス。一ターンに二回攻撃してくる上に全体攻撃やら毒やら使ってきておまけに本体はやたらと硬い、非常に厄介な相手だった。一周目で数度の全滅を経て何とか倒した後は、二度とこの隠しダンジョンには来なかったくらいだ。おかげですっかりボスの存在自体忘れて、あんな大騒ぎを演じることになったわけだが……しかし、今目の前にいるのがダンジョンのボスならば、一つおかしな点がある。私はちらりと横目でコーネルと、コーネルが未だ入っている棺を見た。


(『ミストルテイン』は、ここにあった)


 コーネルと共に棺に納められていた、『ミストルテイン』。ゲームでこれをアイテムとして入手出来るイベントは、ダンジョンのボスを倒した後。指環は、灰になったボスの体内から見つかるのだ。

 ならば――今だったのか、本来もう少し先だったのかは分からないが。どこかの段階で、ミストルテインはあのボスの腹に納まったと言うことになる。


(ゲームでこの部屋が荒れてたのは……棺が無かったのは)


 今はその姿は見えないが、ゲームのイラスト通りならばあのボスはかなりの大きさという事になる。狭い出入り口を通る際に壁を崩すこともあっただろうし、――コーネルサイズの小さな棺を呑み込むことも、十分可能だったかもしれない。

 あのボスはゲームの過去で、棺、そしてその中で眠るコーネルごと、指環を呑み込んだのだ。だからこそ、棺はゲームでは見つかることが無かった。ゲームにリーヴスがいなかったのも、恐らくコーネルを守ろうとして一緒に食われたから、なのだろう。


「それで実際、どうするっすか?」


 ケニーの声で、現実に引き戻される。ああ――そうだ。とにかく現状を何とかしなくては。


「とりあえず、あちらの状況が全く分からないのも困りますね……鬼火を幾つか、あちらに飛ばしても?」

「そうっすね……まあ、どっちみちもう、俺らには気付いてるでしょうし。さっきの音からすると、またアダーワームっすかね?」


 クレイトンとケニーが言葉を交わし、鬼火が二つ飛んでいった。薄暗いながらも隣室と、そこにいるものが照らし出される。


「何だ、あれ…………?」


 疎ましげに鬼火を見上げるそれの姿に、ケニーが呻く。


 森や穴の中で遭遇したものとは異なり、その身を覆う鱗は漆黒だった。シュウと一つ音を鳴らして擡げられる鎌首は巨大で、なるほどコーネルの棺を飲み込むことも可能だっただろうと思わせる。大きな一対の赤い目がこちらを見ている。そして、


「あれってまさか…………さっきの幽霊?」


 その大きな蛇の背後から、こちらを覗くもの。ざらりと長い黒髪と、病的な程白い肌。赤い両目でこちらを見るそれは、蛇の尾から生えた女の上半身だった。


 大蛇と、女。一つの体に異なる両頭を備えたそれこそが、隠しダンジョン『森の古塔』のボス、


「アダマーテル・ラミア……!」


 ゲームでもこの隠しダンジョンのみでエンカウントしたエネミーの名を呟くと、クレイトンに呼ばれた。


「マチルダ様……」

「え? ……はい、何でしょう」


 何だ、何か対応策があるのか。正直結構備えていないとアダマーテルとの対戦は厳しいのだが――期待を込めて目を向けた先で、クレイトンはいつになく真剣な顔で言う。


「座学の成績で苦労されているのに、魔物にはお詳しいですね」

「前半を言わないわけにはいかなかったんですか?」


 しばくぞ。仲間割れをしている場合ではないので握った拳は振り上げず、代わりに絶対零度の視線だけを送った。……何で楽しそうなんだよ変態か。

 溜息を一つ、それで話を戻すことにする。


「それで……どうしましょうか。クレイトン様の魔法ではどうにかなりませんか?」


 ゲームでは確か、炎魔法で削った気がする。私の問いに、今度はクレイトンが溜息を吐いた。


「そもそも、残りの魔力が心許ないのですが……まあ、無理でしょう。何しろ地下の密室です。丸焼きか氷漬けか、何かしら皆さんを巻き込んでしまいますよ」

「うええ、……あ。じゃあ、剣はどうっすかね?」

「ケニー、あれが森で戦ったアダーワームよりやわだと思います?」


 ざっと見た感じでも、アダマーテルの全長は十メートルを超えそうである。おそらく長さに比例して、鱗も相応に堅いだろう。剣が折れる。


「じゃあそれこそ、森でお嬢様がやったようなのは……ほら、目をザクッと」

「何と惨いことを……森の外の人間は変わらず野蛮でございますな」


 リーヴスが心外なことを言っているが、一先ずそれは放っておいて私は首を振る。


「或いは……ですが万が一また剣を取られたら、帰りが不安ですね」


 クレイトンの魔力が既に心許ないのであれば尚の事、もし帰りにも魔物に遭遇した場合、剣が無いのは拙い。そして、あまり考えたくないことだが……アイネ突撃隊が無傷で合流出来るとも限らない。こちらの戦う手段を容易に手放さない方がいいだろう。


「それと、戦うにしてもあまり時間は掛けたくないですね。……おそらく〈ヴェノムミスト〉もありますから」

「……ええ、確かに」


 この場では、それこそが最大の脅威だろう。森の中での戦闘と違い、ここは窓すら無い塔の地下である。毒の霧を散らす先が無いここで〈ヴェノムミスト〉を使われたら、接近戦云々の前に毒が充満しておしまいである。


「割と詰んでないっすか」

「そうなんですよねえ」


 そうなんですよねえじゃない……が。詰んでいるというのは、その通りだ。

 〈ヴェノムミスト〉で身を守られる前に、確実にアダマーテルだけにダメージを与えられて、剣も失わない。求められるのは、そういう一撃。――そんな一撃を放つ手段は、この場に無い。


(…………いや、ある。あるけど……)


 その一撃を得るためには、対価が必要となる。ある意味で、未来を差し出すのにも近しい対価が。この先私がこの世界を生きる上で、最悪私の立場すら危うくする、そういう対価が。


(でも、他に手なんて……)


 ――ズズッ……ゾリッ……ゾリッ……。


「……っ!」


 迷う思考を磨り潰すように、先程天井から聴こえた音が、今は隣の部屋から聴こえてくる。蛇の巨大な頭をこちらに向け、人間の方は後ろを向いて引き摺られるように追従している――うわ、手持ち無沙汰そうに真っ白な両手がだらんってなってるの凄く嫌。


「あ〜……来ちゃいましたね」

「ど、どどどどうするのです!? コーネル様、コーネル様をお守りせねば!」

「リーヴス、静かにしよう?」

「ぶぎゅっ」


 何をされたのかリーヴスが急に大人しくなったその沈黙に、ゾリゾリとアダマーテルが這う重い音が響く。あまりの巨体故だろう、大して速度は無いが……広い場所でもない。幾らもせず、この部屋への入り口に到達するだろう。


「く、…………っ」


 ゾリゾリ、ゾリゾリ。ゆっくりと石の床を擦る音に、焦燥が募る。父には止むを得なかったと言えばどうにかなるだろうか、そもそも貴族の立場でこれは許されるのだろうか、ああ、でも、とにかくやるしか……しかし一つ息を吸った私がものを言う前に、コツリと石の床に靴音が鳴った。


「――少し、賭けにはなるのですが」

「賭け? ですか?」


 靴音の主――クレイトンは、アダマーテルを見据えながら頷く。


「昔、マチルダ様がワイバーンにやったことの応用です。口からあの蛇の内部――内臓に向けて魔法を撃てば、外部への波及は鱗が防いでくれるかもしれません」


 発想がエグい。しかし……それをやるには、ある根本的な問題がある。


「そうかもしれませんね。ところで、どうやって口を開けてもらうんです?」


 私の問いに、隣に立つクレイトンはこちらへ顔を向けて、へらりと笑った。


「それこそ、マチルダ様がやったのと同じですよ。……獲物を食べる瞬間なら、口を開けざるを得ないでしょう?」

「それはそうでした、けど……ねえ、」


 ――ゾリ、ゾリ。


 言わんとしていることを察した私の耳に、アダマーテルの這う音がやけに大きく響く。「獲物を食べる瞬間」って言った?

 

 『獲物』って何?


「ですのでお傍を離れますね、マチルダ様。……二次被害が少なくて済むのはやっぱり氷魔法かな」

「いやいやいや、何言ってんすかクレイトン様。お嬢様の真似って言うなら、それこそ俺が剣を投げればいいっすよね? ほら、今日も短剣持ってるっすよ」


 焦ったような早口に、しかしクレイトンはゆるゆると首を振る。


「あれは、ワイバーンが相当な速度で直線的に飛んでいたことも成功の理由でした。状況が違います」

「いやだからって………あ、じゃあ俺が魔法を撃つのは!? クレイトン様程じゃないにしても、そこそこ……」

「そこそこ、じゃ駄目なんですよケニー先生。確実に、間違っても最後の足掻きに〈ヴェノムミスト〉なんて使わせないように、完膚なきまでに殺す必要がある」


 一々述べられる正論に、ケニーはとうとう珍妙な呻き声を上げながら黙り込んだ。


「それに、コーネルがここを出るまで、きちんと歩けるかも分からないですから。万が一の時に背負って歩けるのはケニー先生だけでしょう」


 なおも一人で喋り続けるクレイトンが、もう一歩進み出る。アダマーテルの方を向いた彼の顔は、もう見えない。


「まあ、そもそもあの大きな頭なり何なりで払われでもしたら終わりなんですけどねえ。だからほら、そこは賭けになりますけど」


 ――ゾリ、ゾリ、ゾリ。


「今まで何を食べていたかは分かりませんが、こんな島ですからね。食べられる時に食べておきたいでしょう、多分」


 こいつは、何を言っているのか。食べられる時に? 何を食べるって?


「ああ、鬼火の方はさすがに消えちゃうかな。そしたら真っ暗になりますから、ここを出る時は足元にはお気を付けてくださいね」

「クレイトン様、」

「上の階に行けば正しい塔の出入り口も見つかるでしょうし、アイネ突撃隊の皆さんともすぐに合流出来ますから。だから少しの間だけ、コーネルと一緒に目を瞑って耳を塞いで、待っていてくださいね。本当にすぐですか、ら――」


 更に一歩進もうとするクレイトンの腕を、咄嗟に掴んで止めた。


 何だこいつ、信じられない。何でアダマーテルと心中することなんて一人で決めてるんだ。ラミアと心中したらさすがに親が泣くぞ、あまりに勝手すぎないか。もうちょっとこう、相談とか作戦会議とかしろよ。そうやって話し合う姿勢を見せないからゲームでも『人の話を聞かない』とか言われてたんだぞ。チュートリアル中のこいつからの受注クエストも学校に許可取ってなかったな、報連相しろよ。そりゃあ分かるよ、子供なりに主家の令嬢をどうにか生かして帰そうとしてくれてるんだってことくらいは。こっちは一応仮にも幼い女の子だし、何かこう、矜恃とかそういうのもあるよね分かるよ。それでも――


「クレイトン様」

「……マチルダ様、すみませんが腕を離していただいても? あれがまだ、ここから離れているうちに始めたいので……」


「クレイトン様。……約束を破るのは、よくないです」


 ――こんな風に、裏切るな。


「約束? 何の……うわっ!?」


 振り返らないまま心底訝しげに聞き返され、――プツン、と何かが切れる。掴んだ腕を引いて無理矢理こちらへ向き直らせて、青褪めた白皙を正面から睨み上げた。


「あなたが守ってくださるのは、私の背中でしょう? ――なのに断りもなく、私の前に出るな」

「今は、そんな場合では……」

「ミストルテイン!!」


 いつものように薄ら笑おうとして、それも上手くいかなかったのだろう、半端に口の端を歪めたクレイトンの言葉に重ねて叫ぶ。


「先程、棺から拾われた指輪。まだ持っておいででしょう? ……寄越しなさい」


 グイグイと腕を引くと、観念したような気の抜けたような溜め息の後、クレイトンは手を開いて見せた。黒い手袋の上には、先程見た銀の指環。


「こんなもの、どうするんです?」

「決まっているでしょう、戦うんですよ。――それは、『魔法を対価に力を与える』ものです」


 ――ゾリ、ゾリ、ゾリ、ゾリ。


 アダマーテルが這う音の中で、深緑色の目が僅かに開かれる。


「どうして、そんなことを……」

「レディを質問攻めにするのはよくないですよ、クレイトン様。……ほら」


 ずい、と突き付けるように手を差し出す。


「ここから生きて帰れるのであれば、魔法くらい喜んで対価に差し出しましょう。何かあればまた、その時に考えればいい」


 ミストルテインは正直そこまで素晴らしいアイテムではなかったが、少なくともこの状況を打開できる手段ではある……後の状況は悪くなるかもしれないが、そんなものは二の次だ。

 どこまで察しているのかは分からないが、クレイトンは珍しく、迷うように目を彷徨わせた。


「けど、それは……それが本当だとして、長く放置されていたアイテムです。マチルダ様がそれをどこで知ったかは存じませんが、そこから呪(まじな)いが変質しているかも……下手をすれば、あなたの未来を奪うことになるでしょう。だから大丈夫ですよマチルダ様、お申し出はとてもありがたかったですが、っ」


 ぴ、と目の前に指を突き付けてやると、漸くクレイトンが口を閉ざす。


 本当に、こいつは何を言っているのか。そんな青い顔をして、手が震えるのを必死で隠して。


 大丈夫なわけがないだろう、死にたいわけがないだろう。

 私だって、死にたくなかった、死にたくない、


 死なせたくない。


(だったら、……私の未来くらい、差し出してやる)


 ――ダンッ!!


 ブーツで石の床を踏み鳴らす。撃ち抜いたような音は石壁を反響して、ほんの僅か、大蛇の這う音が止んだ。


「うるっさいな、四の五の言うな! 上等だそんなもん、あんなのと心中するくらいなら私から奪った未来を一生背負ってろ!」


 正直これから何をしたら運命を変えられるのかなんて分からなくて、相変わらず今後の計画は真っ白だけど。私はまだ、諦めてはいない。


 私の『ハッピーエンド計画』に、こんなところで水を差されてなるものか。


「クレイトン・メルキュリー!  ――これは命令だ、私を呪(のろ)え!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。