11.マチルダ、発見する②
閲覧、ブクマありがとうございます。
それは紛れも無く、鼠だった。先程森で遭遇したアーマーラットや、地下水道のような場所に住み着くジャイアントラットではない。掌サイズの、所謂鼠である。そこいらにいるような、子供の私でも両手であれば掌に乗せられるような小さな鼠。まあ……魔物かどうか以前に、本当にこの鼠が人語を発したなら、その時点で普通の鼠ではないが。
「今、俺達に話し掛けたのって……お前で合ってる?」
ケニーが剣に手を掛けたまま、やや自信無さげに問う。分かるよ、私も自信無い。そう言えばゲームにも、『人語を話す動物さん』なんていうものはいなかったか。
鼠はと言えば、ふこふこと髭を上下させながら私達を見て――丸い目を閉じ、あからさまに呆れた様子で首を振ってみせた。
「ふむ。他人の住まいに勝手に押し掛けておきながら無礼極まるが、まあよろしいでしょう。森の外の連中は、いつだってものを知りませんからな」
そう言って鼠は、まるで高慢な人間がツンと上向くように鼻を上げる。
「ワガハイ、この塔の主様の使い魔にして、塔の管理を務めるリーヴスと申します。それで、アナタ方。一体何用でこの塔においでです」
鼠――リーヴスの言葉に、私は首を傾げた。彼(?)のいう『塔の主』とは、塔の魔女のことだろうか。何より、使い魔? 塔の管理? ゲームの『森の古塔』には、そんなものはいなかったはずだ。
「使い魔……随分とまた、古い言葉が出てきたな」
「クレイトン様、その使い魔というのは?」
いかにもなファンタジー用語ではあるが、この世界では聞かない言葉である。
「魔術師によって魔法で創り出されて、使役されるもののことです。とは言え……建国時代の文献に出てくる程度の、魔法が一般化される前のものですね」
「使役……要するに、お手伝いさんですか?」
「ングッ……ええ、まあ、そう、かな……」
肩を震わせるクレイトンは放置して、一歩前に出る。ケニーが「あっちょっとお嬢様!」と言っているが目で制して、リーヴスの方に向き直った。
「ごきげんよう、リーヴス様。私はウエストベイル辺境伯の娘、マチルダ・バーレイストローと申します。こちらには辺境伯の名代として、年に一度のご挨拶に伺いました」
リーヴスは私を見上げてまた髭をふこふことやり、……おそらくは鼠なりに、首を傾げた。
「へんきょうはく……、とは?」
そこかい。まあ、人間の社会構造なんてこの塔にいたら関係無いものか。
「辺境伯は……そうですね、この辺りを領地とする、何か偉い人ってことです」
「あっはっはっは! 雑な説明!」
クレイトンが笑い声を上げる。いいじゃないか、リーヴスはどうやら納得したようなんだから。さっさと笑いを引っ込めたクレイトンは、「さて、」とこちらもリーヴスに目を向けた。
「ところでリーヴス。君はこの塔を管理していると言っていたけれど……それも君が守っているのかな。中身は?」
それ、とクレイトンが指したのは、例の棺である。随分とまあ、ストレートに訊いたものだ。
「それは……」
「そもそもそれ、開くんですか? 実は大っきい木の実だったりします?」
「それはそれで怖いっすけど」
クレイトンに続けて私がした問いに、リーヴスは肩でも落としていそうな佇まいで――何しろ鼠の肩というものは見当たらない――ふるふると首を振った。
「これは、ワガハイには開けられないのです。勿論、何度も試しはしましたが……」
「じゃあ、開けてあげましょうか?」
「ぬ!? ……いやいや、ご冗談を。申し上げておきますが、この『クラカタック』はそう簡単に開けられるものではございませんよ。そもそも我が主様が許さねば開けられないものですし、壊すにしてもちょっとやそっとの力では――」
話が長い。
「なるほど。クレイトン様〜」
「はいマチルダ様、〈ヒート〉」
ごう、と本日三度目の熱が体を巡る。とんとんと軽く跳ねてみる――うん、いけそうだ。
「何するつもりっすかお嬢様……あ、やっぱ聞きたくねえ」
部屋の中へ進む私を追いながら、ケニーが呻く。本当に申し訳ない……が、私としてはゲームに無かったはずのオブジェクトが気になって仕方が無いのだ。
「それではリーヴス様、下がっててくださいね〜……とりゃ!!」
バガンッ!!
棺の側面に向かって、蹴りを放つ。念のため、格闘術も習っておいて本当によかった。景気のいい音と共に、蓋と思しき上半分が宙を舞って落ちた。
「……せめてスキル使いましょうよ、お嬢様……」
「なんと! 主様の作られたものが、子供の蹴りで……!」
「んふふ、どうです開きましたようわぁぁぉおっ!?」
驚くリーヴスに答えつつ棺に目を遣った私は、途中から叫び声を上げてその場を飛び退る。……何しろ、棺の中は縁のギリギリまで、真っ赤な液体に満たされていたので。
「な、何何何、何これ、血!? 誰の!?」
もうホラーは勘弁してくれ……半泣きの私が下がるのと入れ違いに、棺の前に進み出たのはクレイトンだった。
「失礼します、マチルダ様。――〈フロー〉」
魔法陣が薄青く光り、赤い水面がゆらりと揺れる。かと思えば僅かな水音を立てながら、滝の映像を逆再生でもしたかのように棺から水が昇っていく。
「〈アイス〉、……これでよし、と」
先程アダーワームの侵入を防ぐためにも使用した氷魔法が、赤い液体を一瞬で凍らせる。結果として、前世たまに見掛けたような気味の悪いフォルムのモニュメントの完成である。
「さすがと言うか……便利っすね」
「生活魔法って感じがしますよね。……これ、何なんでしょうか?」
「さあ、血のような臭いはありませんが……」
クレイトンはそう言いながら、鞄から試験管のようなものを取り出した。赤い氷を一欠片そこに収め、栓をするとまた鞄に戻す。……何それ、私もそういうのやりたい。森で採取した謎の種とか石とか詰めたい。
「戻ったら調べましょう。それで、…………っ」
食い入るように試験管を見ていた私に苦笑したクレイトンが、棺に戻した目を僅かに丸くした。その視線を追い、すぐにその理由を理解する。
「――子供……?」
同じものを見たらしいケニーが呻く。
身長程もある長い髪は、水銀のように暗く流れる銀色。不思議なことにあの赤い液体の汚れが一切見られない古風な印象の服を纏って棺に横たわっていたのは、私と歳の変わらなさそうな子供だった。
(この棺って、多分結構前からここにあったんだよね……? あの赤い水もこの子の血とかじゃなさそうだし……骨になってないどころか、これじゃまるで……)
リーヴスの言葉を総合するならば。この棺に蓋をしたのは塔の魔女だということになる。魔女は五百年前に討たれたのだから、この棺もまた五百年前、この地下にあったということだろう。だと言うのにこの子供は、まるで納められて一日も経っていないような――そもそも、棺に納められているべき存在にすら見えない。
呆然と見守る先で、子供の瞼がぴくりと動き、――すうと、唐突にその目が開く。鬼火の明かりが眩しいのか僅かに顰められた白い顔の中で、辰砂のような鮮やかな赤い瞳は異様に目を引いた。
「コーネル様!! ああお懐かしい……ワガハイが分かりますかコーネル様!!」
むくりと起き上がった子供――『コーネル』は、ぽやっとした目で数度瞬き、それから棺の隣で騒ぐリーヴスを見下ろす。
「リーヴス。おはよう」
細い声での挨拶はまるで昨夜眠りについて今起きたかのような、とても自然なものだった。……少まずもって、棺からするような類のものではないが。
「左様です、リーヴスでございますとも。……おはようございます、コーネル様。どこも具合はお悪くございませんか」
「ん? ……うん、元気だよ」
感極まったようなリーヴスに、少し不思議そうにしながらもコーネルは素直に答える。……彼らが何者なのかはこの際置いておいて、ひとまずいいことをしたのではないだろうか。そのようなことを考えていると、整った――クレイトンとは別方向の、やや人形じみた造作の顔がゆるりとこちらを向いた。赤い目が一つ二つ瞬き、
「…………だれ?」
特に警戒する様子も無く、それだけ問う。寝惚けているだけなのか、肝が据わっているのか……とにかく私は先程赤い水に驚いて以来隠れていたケニーの背後から出て、片手を胸に当てた。
「ええと……ごきげんよう、コーネル様。ウエストベイル辺境伯の娘、マチルダ・バーレイストローと申します。それからこちらはメルキュリー子爵令息クレイトン・メルキュリー様と、私の護衛のケニー・カレット」
「……マチルダと、クレイ……ええと……」
「マチルダとクレイトンとケニーですよ。ゆっくり覚えてくださいね」
「ん。よろしくね、マチルダ」
私の言葉に頷いたコーネルが、手を差し出してくる。その手を何とはなしに軽く握って、
「ええ、よろし――冷たっ⁉」
思わず飛び上がった。コーネルの手は、まるで氷か何かのように冷え切っている。隣にやってきたクレイトンが、「それは大変ですね」と言いながらコーネルの手を私から剥がし、棺の傍らに跪いた。
「さっきの水に浸かっていたからかな。ええと、ここに……あった」
鞄をゴソゴソ探ったクレイトンが、小さな瓶を取り出す。白目錫のそれには、見覚えがあった。
「出掛けに叔父様から受け取っていた瓶ですよね、それ。中身は何です?」
「お気付きでしたか。薬酒ですよ、あまり量はありませんけど。もしもマチルダ様の手足が冷えたりしてお辛いようなら、とのことでした」
「過保護っすねぇ、城代閣下。実際は棺を蹴り開けるくらい元気なのに」
「あはは、お土産話には少し過激ですね……と、ほら。僕の水筒で申し訳ないけど、これ」
話しながらクレイトンは、水筒の大麦水に赤い薬酒を数滴落としたものをコーネルに手渡す。受け取ったコーネルは未だ茫洋とした顔のまま、素直に飲み始めた。
「おいしい」
「そうかい、ゆっくり飲むといい…………ん?」
ふと何かに気付いたクレイトンが、棺の中――コーネルが枕にしていたクッションの側から何かを拾い上げる。
「これは……?」
気になって、クレイトンの手元を横から覗き込む。細い指に摘み上げられたのは、古びた指輪だ。鈍い銀色の指輪には、翡翠だろうか? つるりと小さな、深い緑の丸い石が一つ嵌っている。
(これって……)
それは、ゲームのアイテム欄で見た記憶のあるものだった。確か名前は――
「……『ミストルテイン』」
「え?」
そう、『ミストルテイン』。この『森の古塔』で入手出来るアイテムである。
(何で、こんなところに?)
だって、『ミストルテイン』は――そこまで考えて、ぞわりと不吉なものが背を駆ける。ここは、隠しダンジョン。ダンジョンであるからには、――ボスがいる。
(待って、……『あいつ』は今、どこに――)
――ズズッ……ゾリ、ズズッ……。
「うひっ!?」
突如、天井の方から音が降ってきた。何かを――とてつもなく重いものを引き摺って行くような音は、明らかに上階から聴こえている。
「なっ……何の音だ、これ……!?」
「あわわわわわわ……ぶぎゅっ」
軽く恐慌をきたしたのか、リーヴスがおろおろと棺の隣で回り始める。水筒から顔を離したコーネルはその動きを少しの間眺め――上からがしっと捕まえた。夏休みの昆虫採集で英雄になれそうな手腕である。
「リーヴス。落ち着いて。どうしたの?」
そのまま首根っこを摘ままれぶらんと吊されたリーヴスは、動揺が続いているのかこれまでより速いペースで髭をふこふこ上下させ、両耳をピンと立てる。
「ああ、コーネル様……『あれ』が……もしや、我々に気付いたのかも……」
「は? 『あれ』って何っすか――」
ズドォォンッ!!
「ひぇぇぇえっ!?」
響き渡る音と、部屋全体を揺るがす振動。パラパラと、天井から砂だか塵だかが降ってくる。
「何だ!? さっきのアダーワームか!?」
「いえ……先程のアダーワームにはおそらく、こんな音を立てる程の体重はありませんよね? 確かに、あちらの部屋の方から聞こえましたが」
焦りを含んだケニーの言葉に、クレイトンが首を振って答えた。何でお前はそんなに冷静なんだ。
「え、じゃあ何、が……」
言いかけて、再びぞわりと悪寒。『あいつ』はとても、大きかった――ちょうど、上階から落下すれば、こんな音がしそうな程。
(まさか、リーヴスの言う『あれ』って……)
――シュゥゥゥウ。
思考を遮るような、独特の音。聴こえた先――初めに通ってきた、そしてつい今し方轟音が発せられた部屋の方を、恐る恐る振り返る。鬼火が全てこちらの部屋にあるので、今はひたすら暗闇である、そこ。
見えたのはギラギラと光る、二対の大きな赤い目だった。




