10.マチルダ、発見する①
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扉の向こうは、上へ向かう階段だった。鬼火に白く照らされた狭い石の階段を、ケニー、私、クレイトンの順に進んでいく。階段の入り口にはクレイトンが氷魔法で簡単な障壁を作ってくれたので、あのアダーワームは暫くは追ってこないだろう。
大して登らないうちに、ケニーから「止まってくださいっす」との声。見上げると、先程見たのとよく似た分厚そうな木の板。
「また扉っすね……あ、お嬢様、拳は引っ込めてくださいっす」
出番だと思っていたら、ケニーがそんなことを言う。
「バコンってやったら早いですよ?」
「手袋を外してしまったでしょう、マチルダ様。お怪我をするかもしれませんから、やめましょう」
「むぅ」
二度にわたる力業の結果、私の手袋は擦り切れたり細かい木片が刺さったりと、大変痛ましい姿になってしまっていた。……一応鞄には入れたが、さすがにもう使えないだろう。物を粗末にするのは不本意なので、次からは鉄製の籠手でも着けようか。駄目かな。
「……そもそも、中がどうなってるか分かんないんで駄目っすよ。ええと……やっぱり鍵とか閂とか掛かってるみたいっすね」
何度か扉を押したり引いたりしていたケニーは、そう言うと今度は扉に耳を押し当てた。
「ん〜……向こうに誰かいる気配は無えな……よし」
扉から離れたケニーの、『下がれ』のジェスチャー。私達が二、三段程階段を降りると、頷いた彼は扉に向き直る。
「んじゃいくっすよ、せぇのぉ……ふんっ!!」
ギィ……ドタン!
ケニーが背面から思い切り体をぶつけると、脆くなっていたらしい扉は壁から外れてあちら側に倒れた。もうもうと派手に埃が舞う。
「けほっ……、ケニーもバコンってやってる」
「やってますねえ」
「俺はちゃんと諸々確認してからやったでしょうが。『お前もか』みたいな目で見るなお子様ども」
「心外です、私が何も考えずに腕力に訴えてるみたいに。私だってこう、後のことをちゃんと……あれ?」
半目になって言うケニーに反論しながら首を捻る私の後ろで、くつくつと笑いを噛み殺す気配。クレイトンは一つ咳払いをすると、「さて、」と声を上げた。
「とりあえず、明かりを増やしましょうか。〈ウィスプ〉」
薄金色の魔法陣から、新たな鬼火が現れる。合計で六つとなった鬼火達は一斉に飛んでいくと、まるで壁掛燭台のように壁際に等間隔に静止した。角灯も無しに、何とも便利なものである。煌々と――とまではいかずとも全体が視認出来る程度に照らされたこの場所は、ゲームでも見た通りに何も無い部屋のようだ。
(けど、…………おかしいな?)
「そもそも、ここってあの塔の中ってことでいいんすかね?」
「塔の下以外にこんな空間はそうそう作れないでしょう、小さい島ですし。階段で登ってきたことを考えると地下の……二階といったところでしょうか?」
クレイトンとケニーが小声で話すのを聞きながら、私は部屋の中をキョロキョロと見回す。――やはり、おかしい。
「どのくらい放置されていたのかは分かりませんけど……結構、綺麗ですね?」
そう、あまりにも綺麗なのだ。クレイトンの言った通りここは塔の地下二階にあたるが、ゲームで主人公達が侵入した時、この部屋は瓦礫が散らばる荒れ果てた場所だったのに。
(これから七年の間に、誰かが来たってこと?)
それにしたって、塔を荒らす意味が分からないが。隠し財産の噂でもあったのだろうか? 確かに、隠しダンジョンだけあって珍しいアイテムは入手出来るが。
左手には、上へと向かう階段の入り口。そして奥には、もう一つの部屋への入り口があった。記憶では確か、壁が崩れ酷く荒れ果てていたが、何も無い部屋だったはずだ。
「あっちは、何の部屋なんでしょうか」
「地下ですからねえ。食糧の貯蔵庫とかかもしれません」
「なるほど……さすがに、何かあってももう食べられないですよね?」
「でしょうねえ、残念なことに」
私とクレイトンが小声で話す間に、壁際まで移動したケニーが向こうを窺う。
「…………、何も無さそうっすね」
「では、明かりを移動させます」
クレイトンが言うなり、壁から鬼火が三つ離れてまた空中で一列に並んだ。ふよふよふよと、一つずつ隣の部屋へ移っていく。……どうしよう、そろそろ鬼火に愛着が湧き始めてきたんだけど。「地上に出たから消しましょう」って言われたら泣くかもしれない。
「どうですか、何か見え……ケニー先生?」
ケニーが壁際から中々動かないので、顔を見合わせた私とクレイトンも部屋の奥へ進む。見上げたケニーは隣の部屋を覗きながら、難しい顔をしていた。
「あれは……何だ? 棺、か?」
呻くケニーの背後から同じく部屋を覗いたクレイトンが、こちらは首を傾げる。
「棺……なんでしょうか、あれは」
「少なくとも、宝箱には見えないっすよ」
「それはまあ、確かに」
二人に倣ってそっと覗いてみると確かに、部屋の真ん中には奇妙なものが一つだけ横たえられていた。
(ん~…………何だろあれ)
やや台形に近い独特の形状をしているので、なるほど人によっては棺を連想するのかもしれない。しかしその赤茶けた表面はでこぼことしていて角も丸く、どこか植物的な――例えば歪に大きく育った胡桃の殻のような印象を受ける。何より、棺にしては小さいように思う。
あんなものは、ゲームのこの塔にはどこにも無かったと思う。これから七年の間に、ここを荒らした人物が持ち去った、のだろうか?
何にせよ、ここでこうしていても仕方が無いだろう。怪しさ満点の箱だが、もしかしたら何か貴重なアイテムが入っているかもしれないし。私はケニーの背を両手で押す。
「ねえ、ここで会議してないで、とりあえず近くまで行ってみません?」
「ちょ、押すなって、何でそんなにぐいぐいいけるんすか。いやっすよあんなヤバそうなもんの側に行くの――」
「アナタ方! それ以上『クラカタック』に近付くならワガハイが許しませんよ!!」
「わぁっ!?」
突如響いた、甲高い声。ケニーが剣に手を遣り警戒態勢をとる……が、見回しても私達以外の誰かの姿は無い。
「誰だ!?」
「マチルダ様、こちらへ」
ぐい、とクレイトンに腕を引かれながら、
(あわわわ……)
私は都合よく今の今まで忘れていた、この場所に来るきっかけとなった女の姿を思い出していた。何か第一印象と声の感じが大分違うし一人称が『吾輩』なのは若干面白いが、とにかくこれは――
「魔女の幽霊!?」
「幽霊にしちゃ、随分元気じゃないっすかね……どこだ! 出てこい!」
「どこをご覧になっているのです! ここです、ここ!」
甲高い声が、ケニーに答えて如何にも立腹であるというように叫んだ――が、相変わらず私達三人の他には誰もいない。
「ここってどこ…………あ」
あちこち見回すうちに、『それ』を見つけた。棺の傍らに、仁王立ちする『それ』。黒い毛並み、くるりと丸い目、小さな手足と長い尾の――
「ね、……ねずみ…………?」




