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脳筋うさぎの幸福論 -Project HAPPYEND-  作者: 六木 すずり
第2章 ティーカーネ巡礼
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6.マチルダ、観戦する

※残酷な描写有り


閲覧ありがとうございます。

「マチルダ様。時間は少しばかり早いですが、ここで休んで昼食にいたしましょう」


 進み始めて、二時間と少々。森に残った霧も晴れた頃、急に視界が明るくなって目を瞬かせているとレム隊長の声がした。


「はい…………ここは?」

「この辺りまでは、巡礼以外にも近在の村の者が茸や薬草を採りに入るのですよ。そういった連中が休むのに使う場所ですね」


 きょろきょろと辺りを見回す私に、サイモンが答える。その頃にはどうにか、私の目も明るさに慣れてきていた。


 広い――四十畳にもなろうかという場所である。相変わらずぐるりの崖は木の根に覆われているが、高くなった太陽の光は生い茂る梢にも遮られることなく広場を照らしていた。近くに小さな滝でもあるのか、ざあざあごぼごぼとここまで届く派手な水音が響く。右側、崖を削って作られた階段は、森の奥まで茸を取りに来る村人が森へ入るためのものだそうだ。左の崖近くには太い杭が幾つか打ち込まれ、横木が渡されている。角馬達はそこに繋がれると、崖からの湧き水を受ける石槽から勢いよく水を飲み出した。


 アイネ突撃隊はそれぞれ周囲を警戒しながらの休憩のようで、馬達の側に立つキーシャ以外は全員武器を手に崖や前後の道を向いている。ポケットに入れていたらしいパイを取り出し蝋引き紙を食い千切って豪快に食べ始めた……と思ったら、サイモンがたったの三口で食べ終わるものだから驚いた。手品?


「ほら、お嬢様とクレイトン様はこっちにどうぞ」


 ケニーの言葉に振り返ると、彼は平らな岩に馬用の毛布を掛けているところだった。普段であれば、ここで休む人がベンチ代わりに使っているものだろうか。


「ありがとうございます、ケニー。クレイトン様、お言葉に甘えましょう」

「はい、マチルダ様」


 並んで腰を下ろし、鞄から白い包みを取り出す。膝の上で広げると、蝋引き紙に包まれたパイが二つ出てきた。早速一つを手に取り、蝋引き紙をぺりぺりと剥がす。


「おお……」


 見た目は、少し大きめの月餅といった感じか。パイとは呼ばれているが前世でよく知る薄い層の重なった生地ではなく、小麦粉を熱湯で練ったホットウォータークラストというものだそうだ。ザクザクホロホロのクッキー、が近いだろうか。多めに効かせてあるらしいバターが香る生地のこんがりとした色の中に、ぽつぽつと緑色が垣間見える。立麝香草は保存性を高めるから、ここにも使われているようだ。

 パイの上には何とも器用なことに、ナイフか何かで私の記念章が描かれていた。凄いな、砦の料理人。昨日のご飯も美味しかった。


「あ〜……んぐ」


 思い切ってパイに齧り付くと、ざくりと小気味いい歯応え。バターと立麝香草のいい香りがする。しかし一口目は惜しくも雉に届かず、立麝香草と胡椒の効いた豚肉のミンチを噛み締める。プチ、と弾けたのは黒酸塊か。熱が通って程よく甘さを増した果肉は肉の臭みを完全に消して、ただ旨味だけが濃厚に広がる。


(美味しい…………!)


 養豚は主に王国の南の方で行われているが、辺境伯領でも林檎と同じ土地で養豚をしているそうだ。……前世では豚肉と林檎のソテーも好きだった。今世でもいずれは食べたいものである。


 ――ガサガサッ……


「ん?」


 まだ見ぬ懐かしのグルメに思いを馳せていると、階段から程近い崖上に茂る羊歯の葉が揺れた。


「ヂュッ!!」


「――ふんぬぅっ!!」


 ドゴンッ!!


 甲高い一声が聴こえて影が飛び出すのとほぼ同時、目にも留まらぬ速さでタルトンが戦鎚を振り上げる。重い打撃音と共に、何かが宙を舞った……いや、凄いな?


「あれは……アーマーラットですね」

「ああ、あの……」


 アルマジロみたいなやつ、と胸中で付け足す。見れば確かにタルトンの戦鎚に打ち上げられた魔物は、大きな――大きいと言っても限度がある、あれではほぼ短足の大型犬だ――鼠によく似た茶色の毛並みの眉間から背中全体を、灰茶色の甲殻が覆っていた。ゲームで『アーマーラット』は、ウエストベイルを初めとした森ステージでエンカウントするエネミーだった。素早くて、集団で襲ってくる――


(……集団?)


 ガサ、ガサガサッ!


「――展開っ!!」


 レム隊長が鋭く号令するのに従って、アイネ突撃隊が瞬く間に臨戦態勢をとる。同時に崖上の繁みから、複数の影が飛び出してきた。 


「キーシャ!」

「〈ヒート〉、〈テイルウィンド〉、〈フリーズ〉!」


 赤、黄色、白と、目まぐるしく魔法陣が現れては魔法が行使されていく。〈ヒート〉は攻撃力上昇、〈テイルウィンド〉は速力上昇、〈フリーズ〉は敵の速力を低下させる補助魔法である。キーシャの役割はただ魔法攻撃を行うだけでなく、味方のサポートも含まれるのか。


「総員、戦闘開始!! ……おいケニー、お前は下がってマチルダ様をお守りしていろ!」

「へいへ〜い」

「貴様返事はちゃんとせんかっ!!」

「あ〜レム隊長、そこ邪魔ですっ! いきますよ〜〈ヘイルショット〉!!」

「避けてから撃てキーシャ!!」


「……マチルダ様。問題は無さそうですから、お食事の続きをどうぞ」

「本当に問題無いですかね? まあいいか」


 クレイトンに促され、返事をしてまたパイに齧り付く――今度は無事、雉肉に到達出来た。ゴロリとした肉はミンチとはまた違いしっかりとした噛み応えがあって、噛む毎にじゅわりと旨味が滲み出してくる。合間には豚肉のジューシーな脂の甘さや、黒酸塊の甘酸っぱい風味。立麝香草や、パイ皮のバターの香りとの相性も最高である。


「〈砕波〉っ!」

「よしいいぞタルトン、〈雷霆万鈞〉!」

「〈雨打風吹〉!」


 アーマーラットの群れに、次々とスキルが叩き込まれていく。戦鎚の衝撃波で空中に跳ね上げられたうち二匹を大盾によるシールドバッシュが轢き飛ばし、三匹は矢の連撃で吹き飛ばされていった。


 凄まじいのがレム隊長で、先の攻撃のラッシュを抜けてきたアーマーラットの脚を払うように姿勢を低くして湾刀を繰り出したかと思えば、その剣を躱すために飛び上がった相手の無防備な腹部を一閃する。


「――ふんっっ!!」


 返り血で髪を斑に染めながら、レム隊長は走り込んできた最後の一匹にそのまま剣の柄を叩き込んだ。彼女の剣の柄頭は円錐形になっていて、アーマーラットの眉間の甲殻をものの見事に打ち砕く。前世で同じようなものがついたナイフは確か、『スカルクラッシャー』と呼ばれていたか。その名に恥じない見事な砕きっぷりである。立ち上がり剣を払うレム隊長の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。


(うわあ、バーサーカーっぽい。……にしてもやっぱり、さすが城代直々に指名された精鋭部隊だよね。魔物の相手をするのにも手練感が、…………?)


 もぎゅもぎゅとパイを堪能しつつアーマーラット達が片付いていくのを眺めていると、気配を感じて僅かに首筋が粟立つ。何だろうかと頭を巡らせ、ふと階段近くの崖上に目が留まった。しかし目を凝らしても黒い崖の上には、灰色の樗の根と黒緑色の羊歯の葉があるばかりである。


「どうかされましたか、マチルダ様」

「エグいもん見てご気分悪くなったっすか、お嬢様。姉がすいませんね」

「え? ああ、いえ…………何でも」


 クレイトンとケニーから問われて、首を振りパイの最後の一口を口に放り込む。……気の所為だろうか。

 白目錫の水筒から檸檬入りの大麦水を飲んで広場に視線を戻すと、アイネ突撃隊はアーマーラットを階段下に集め始めていた。このまま放置しておけばまた別の魔物を呼ぶことになるから、森でしかるべき処分を行うのだろう。こちらの身を守るために仕方無いことではあったが、食べるためではない殺生というのはやはり些か気が咎める。


 ――ばさり。


 血や屍肉の匂いを嗅ぎつけたのか、早くも大きな鳥型の魔物が飛んできた。大きな黒い翼、軋るような二重の鳴き声、二つの頭それぞれの赤い単眼。


「『オブリーコービー』、でしたっけ」

「ええ。森の中で屍肉を漁る魔物ですね。……結構しつこいんですよ、あいつら」

「何でご存知なんっすか」


 ケニーの問いに、クレイトンはへらりと笑って目を逸らす。そう言えば叔父も、クレイトンが森へ行ったとか言っていたか。普段何してんだこいつ。


「ガラガラガラ、ガラ……」

「キィキィキィキィ」


 オブリーコービーの二つの頭が、それぞれに独特な鳴き声を発しながらアーマーラットの山の上を飛び回る。どこかへ持ち去る気なのか、アーマーラットを足で掴んではバサバサ、隣に移ってまたバサバサ。タルトンやショールが追い払おうとしているが、その度巧みに飛び上がってはまた戻ってくる。


「確かに相当しつこいと言うか、鬱陶し――」

「おんどりゃあぶちまわすぞっ!」


 ドグシャッ!!


 突如響く怒号と、鈍い音。オブリーコービーを吹き飛ばしたのは、タルトンの戦鎚だった。……タルトン?


(キャラが違くない?)


 思わずクレイトンと顔を見合わせてから視線を戻すが、やはり戦鎚を振り抜いた姿勢のまま肩で息をしているのはタルトンである。バサリと崖の上に落ちたオブリーコービーは、潰れた頭をだらりと垂らした歪な姿勢で「ギイ、ギ」と呻きながら翼を上下させていた。


「タルトン、お前は本当に……」

「気ぃが短いのぉ」


 サイモンとショールが、呆れたようにぼやく。よかった、あれがルーチャ砦のスタンダードではないようだ。タルトンは私の方をちらりと見ると、多少気まずそうに顔を逸らした。


「ふん。遅かれ早かれ、こうしていたでしょうに」

「それにしたってな、おめえ。『ぶちまわすぞ』っつってとっくにぶちまわしとったろうが。見てみぃほれ、かわいそう、に……」


 オブリーコービーを指したショールが、不自然に言葉を切る。その指が指す先を目で追って、私達も同じく言葉を失った。


 崖の上、オブリーコービーの後ろ。樗の薄暗がりが、バクリと赤く裂けた。


 ――バキリ。


「ギョ……ッ」


 再び閉じたその裂け目が、オブリーコービーを噛み砕く。


「なっ…………!?」


 痙攣するオブリーコービーを咥えたまま、ゆらり、擡げられた鎌首。縦長の瞳孔が刻まれた赤い目が、ぎょろりと崖下を睥睨する。


 それは、ぶん、と一つ頭を振り下ろす動きでオブリーコービーを投げ捨て――シュゥゥゥ、と独特の威嚇音を発した。


「…………アダーワーム!?」

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