第75話 魔力の底にあるもの
カイルの言葉は、応接室の空気をさらに重く沈ませていった。
魔力が滞留しやすい場所、魔力が乱れやすい場所、そして、私が魔法を消した場所がすべてその区画に該当していたという事実。
偶然ではない。
私の力は、魔力の性質と何かしらの関係を持っている。
その事実を受け止めるだけでも胸が苦しいのに、カイルはまだ続ける気配を見せていた。
公爵が低く言った。
「カイル。まだ何かあるのだろう……。」
「はい。ここからが本題です。」
カイルは私の方へ向き直った。
その瞳は、いつもの穏やかさとは違う、深い決意を宿していた。
「リリア様。あなたの力は、魔力の流れの“表面”だけではなく……“根本”に触れている可能性があります。」
胸が強く脈打つ。
「根本……?」
「ええ。魔力は王都の地下深くにある“魔力核”から流れ出し、街全体へ循環しています。」
騎士団長が息を呑んだ。
「魔力核……王都の魔力の源か。」
「その通りです。」
公爵が眉をひそめた。
「魔力核の話なんて、王宮の魔術師くらいしか知らない……。」
「黒衣の一団は、魔力核の状態を独自に観察していました。」
私は息を呑んだ。
「魔力核を……観察?」
「ええ。魔力核の反応は、王都の魔力の流れと連動しています。魔法灯が弱まれば魔力核の出力が落ち、魔法道具が不安定になれば魔力核の循環が乱れます。」
騎士団長が低く言った。
「つまり……魔力核の状態が王都の魔力の弱まりに関係してるってことか。」
「はい。そして」
カイルは一度言葉を切り、私を見た。
「リリア様が魔法を消した時、魔力核の反応がわずかに変化していました。」
応接室の空気が一瞬で凍りついた。
公爵が椅子から身を乗り出す。
「おい……それ、本当か。」
「本当です。黒衣の一団はその変化を確認していました。」
騎士団長が鋭く言った。
「リリア殿が魔法を消した時に、魔力核が反応した……?」
「ええ。ごくわずかですが、確かに変化しました。」
私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
「そんな……私が魔力核に影響を与えるなんて……。」
「あなた自身は魔力を使えません。しかし、魔力を“断つ”力は、魔力の流れの根本に触れる可能性があります。」
公爵が低く言った。
「魔力を断つ力が、魔力核にまで届く……?」
「届くというより、“響く”と言った方が正しいかもしれません。」
カイルは静かに続けた。
「魔力核は、王都の魔力の中心です。そこにわずかな乱れが生じれば、魔力の流れ全体が変わります。」
騎士団長が息を整えながら言った。
「だから黒衣の一団はリリア殿を“鍵”と呼んでるのか。」
「はい。あなたの力があれば、魔力核の状態を変えることができる可能性があります。」
私は手を握りしめた。
指先が冷たくなるほど強く握っているのに、それでも震えは止まらなかった。
「私の力が……魔力核にまで影響しているなんて……。」
「あなたは魔法を使えない。だからこそ、魔力の流れに対して“外側から作用する力”を持っているのです。」
公爵が低く言った。
「魔法を使えないからこそ、魔力核に響く……皮肉だな。」
「ええ。しかし、それが事実です。」
カイルは私を見つめたまま、静かに言った。
「リリア様。あなたの力が魔力核にどう影響するのか、黒衣の一団が何を完成させようとしているのか、それは次でお話しします。」
応接室の空気は、まるで次の言葉を受け止める準備をしているかのように沈んだ。
私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。
胸の奥のざわつきが、もう“ざわつき”では済まないほど大きくなっていた。
自分の鼓動が、魔力核の脈動と重なって響いているような錯覚さえあった。
カイルは私の表情を確認し、静かに言葉を続けた。
「リリア様。魔力核があなたを認識したという事実は、黒衣の一団にとって“合図”でした。彼らは、魔力核があなたを中心に再構築できると確信したのです。」
公爵が低く唸る。
「……つまり、奴らはもう動く準備を終えてるってことか。」
「はい。民の不安が高まれば、魔力核はさらに揺れます。その揺れを利用して、魔力の流れを“書き換える”つもりでしょう。」
騎士団長が鋭く言った。
「魔力の流れを書き換えるって……具体的にどうなるんだ。」
「王都の魔力が、リリア様を中心に回り始めます。」
公爵が息を呑む。
「それは……王都の魔力の主導権がリリア殿に移るってことか。」
「可能性があります。」
私は震える声で言った。
「そんな……私、魔力を持っていないのに……。」
「だからこそ、魔力核はあなたを“例外”として扱うのです。」
カイルの声は静かだったが、その静けさは恐ろしいほど確信に満ちていた。
その瞬間、邸の外から、民の叫び声が一段と大きくなった。
「リリア様はどこだ!」
「話を聞かせてくれ!」
「魔法が弱まってるのは本当なのか!」
「黒衣の人たちが言ってることは本当なのか!」
騎士団長が窓の外を見て、息を呑んだ。
「……民が、黒衣の一団の方へ押し寄せてる。いや……違う。黒衣の一団が“民を誘導してる”。」
公爵が舌打ちした。
「やっぱり動きやがったか……!」
カイルは窓から目を離し、私を見た。
「リリア様。魔力核があなたを認識したことで、黒衣の一団は“次の段階”へ進みました。」
「次の段階……?」
「ええ。民の魔力を利用して、魔力核を揺らすつもりです。」
騎士団長が鋭く言った。
「民を使って魔力を乱すってことか。」
「はい。魔力核は、民の魔力の総量にも反応します。大量の民が一斉に不安定な魔力を放てば、魔力核は揺れます。」
公爵が息を呑む。
「魔力核を揺らして……何をする気だ。」
「魔力の流れを“書き換える”気です。」
その言葉が落ちた瞬間、邸の外から、黒衣の一団の声が響いた。
「リリア様、民の前へ出てきてください。」
騎士団長が即座に剣に手をかける。
「……来たぞ。」
公爵が私の肩を掴んだ。
「リリア殿。絶対に外には出ないでくれ。今出たら、魔力核が本当にあなたを中心にしてしまう。」
カイルは首を振った。
「いいえ……出ない方が危険です。」
「は?」
「民の魔力が不安定になっています。このままでは、魔力核が“暴発”する可能性があります。」
騎士団長が息を呑む。
「暴発……?」
「ええ。魔力核が耐えられなくなれば、王都全体の魔力が一時的に崩壊します。」
公爵が叫ぶ。
「……それは冗談じゃ済まないぞ!」
「冗談ではありません。」
カイルは私を見た。
「リリア様。あなたが外へ出れば、民の魔力は一時的に安定します。あなたは魔力を持たない。だからこそ、民の魔力の“揺らぎ”を抑えることができる。」
私は震える声で言った。
「私が……民の魔力を抑える……?」
「ええ。あなたは魔力の外側にいる。その存在が、民の魔力の乱れを“中和”するのです。」
騎士団長が叫ぶ。
「そんな危険なこと、させられるか!」
「しかし、出なければ、魔力核が崩れます。」
公爵が歯を食いしばる。
「……リリア殿。選ばなきゃならないぞ。」
邸の外から、民の叫び声がさらに大きくなる。
黒衣の一団の声が重なる。
「リリア様、出てきてください。」
その声は、命令でも脅しでもなく、“魔力核に響くための呼び声”のように聞こえた。
私は息を吸い、震える手を握りしめた。
「……私、行きます。」
公爵が叫ぶ。
「リリア殿!」
騎士団長が手を伸ばす。
「待て!」
カイルは静かに言った。
「リリア様、覚悟を。」
私は扉へ向かって歩き出した。
その瞬間、邸の外のざわめきが、まるで私の足音に呼応するように波打った。
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