第74話 揺らぐ真実
カイルの告白が落ち着くまで、応接室の空気は誰も動かないほど重かった。
黒衣の一団の内部にいた。
その事実は、私たちが想像していた以上に深い意味を持っていた。
公爵は椅子に腰を下ろし、腕を組んだままカイルを見据えている。
騎士団長は扉の前に立ち、いつでも動けるように姿勢を整えていた。
そして私は、カイルの次の言葉を待っていた。
黒衣の一団が私を必要とする理由、それを知るために。
カイルは静かに口を開いた。
「リリア様。まず、黒衣の一団が何を“見ている”のかを説明します。」
「見ている……?」
「ええ。彼らは王都の魔力循環を把握しています。」
騎士団長が眉をひそめた。
「魔力循環……?」
「王都全体に流れる魔力の流れです。どこで魔力が強く、どこで弱まり、どこで滞っているか。それを独自に解析しています。」
公爵が低く言った。
「王宮でも魔力の流れを完全には把握できてないぞ。」
「黒衣の一団は、王宮よりも早く、民よりも正確に魔力の変化を察知します。」
私は息を呑んだ。
「そんなこと……どうやって。」
「方法は複数あります。」
カイルはゆっくりと続けた。
「魔力の流れを測定する道具、魔力の揺らぎを感知する技術、そして……人の動きを観察する仕組み。」
「人の動き……?」
「ええ。魔力が弱まると、人の行動が変わります。魔法灯の明かりが弱くなれば、民は早く帰宅する。魔法道具が使えなくなれば、騎士の巡回が増える。そういった変化を記録しているのです。」
騎士団長が低く言った。
「つまり……魔力の弱まりを“人の動き”で読み取ってるってことか。」
「その通りです。」
公爵は深く息を吐いた。
「黒衣の一団は……王都の魔力を監視してるってことか。」
「監視というより、“観察”です。」
カイルは静かに言った。
「魔力の流れを知ることで、王都がどう変わるかを予測しているのです。」
私は胸の奥がざわつくのを感じた。
「魔力の流れを……予測?」
「ええ。魔力が弱まる区画が増えれば、民は不安になる。魔法道具が使えなくなれば、騎士の負担が増える。そういった変化を先読みして動いています。」
騎士団長が腕を組んだ。
「だから、黒衣の一団は民の動きを見ていたのか。」
「はい。民がどこへ集まり、何を求め、どんな不安を抱えているか。それを観察しているのです。」
公爵が私を見た。
「リリア殿。あなたが魔法を消したあの日から、王都の魔力の流れは変わったんだ。」
「……私が?」
「そうだ。民の考え方も変わった。魔法に頼らない生き方を探す連中が増えた。」
私は胸の奥が痛むのを感じた。
私が魔法を消したあの日、あの瞬間から、王都は静かに揺れ始めていたのだ。
カイルは続けた。
「黒衣の一団は、魔力の流れを観察するための“拠点”を王都のどこかに持っています。」
騎士団長が目を見開いた。
「拠点……?」
「ええ。魔力の循環を測定し、民の動きを記録し、騎士団の行動を監視するための場所です。」
公爵が低く言った。
「そんな場所が……王都のどこかにあるのか。」
「あります。正確な位置は分かりませんが、複数ある可能性もあります。」
私は息を呑んだ。
「どうして……そんな拠点が必要なの。」
「魔力の流れは、王都全体で変化します。ひとつの場所だけでは把握できません。」
カイルは静かに続けた。
「黒衣の一団は、王都の変化を“管理”しようとしているのです。」
管理。
その言葉は、どんな脅しよりも重かった。
騎士団長が低く言った。
「管理……つまり、王都の魔力を掌握する気か。」
「掌握というより……“形を変える”と言っていました。」
公爵が眉をひそめる。
「形を変える……?」
「ええ。魔力の流れを新しい形に作り替える。そのために、魔力の弱まりを観察し、民の動きを記録し、騎士団の行動を把握しているのです。」
私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
「そんなこと……できるの?」
「可能です。」
カイルは迷いなく言った。
「黒衣の一団は、魔力の流れを理解し、それを利用する技術を持っています。」
公爵が低く言った。
「魔力を理解してるだけじゃない……王都の変化まで読んでるってことか。」
「その通りです。」
私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。
黒衣の一団は、ただの影ではない。
ただの不気味な集団でもない。
王都の魔力の流れを読み取り、民の動きを観察し、騎士団の行動を把握し、王都の変化そのものを“管理”している存在だった。
カイルの説明は、黒衣の一団が王都の魔力を“観察し、管理しようとしている存在”であることを示していた。
その事実だけでも十分に重いのに、カイルはまだ続ける気配を見せていた。
公爵が低く言った。
「カイル。黒衣の一団が魔力を観察してるのは分かった。だが……なんでリリア殿なんだ。」
「それを、今からお話しします。」
カイルは私の方へ向き直った。
その瞳は、いつもの穏やかさとは違う、深い決意を宿していた。
「リリア様。あなたの力は、魔法を消すだけではありません。」
胸が強く脈打つ。
「……どういう意味ですか。」
「あなたの力は、魔力の流れそのものに影響を与える可能性があります。」
騎士団長が息を呑んだ。
「魔力の流れに……影響?」
「ええ。」
カイルはゆっくりと説明を続けた。
「魔法を消すという現象は、魔力を“断つ”だけではありません。魔力の循環を一時的に“乱す”ことにも繋がります。」
公爵が眉をひそめる。
「乱す……?」
「はい。魔力は川のように流れています。あなたが魔法を消した時、その流れが一瞬だけ変わるのです。」
私は息を呑んだ。
「そんなこと……考えたこともありませんでした。」
「当然です。あなたは魔法を使えない。魔力の流れを感じることもできない。」
カイルは静かに続けた。
「しかし、黒衣の一団はその“乱れ”を観察していました。」
騎士団長が低く言った。
「つまり……リリア殿が魔法を消した時、魔力の流れが変わったってことか。」
「その通りです。」
公爵が腕を組んだ。
「魔力の流れが変わる……それが何になる。」
「それが、黒衣の一団にとって重要なのです。」
カイルは一歩近づき、私の目を見た。
「リリア様。あなたの力は、魔力の流れを“新しい形”に作り替える可能性があります。」
胸の奥が冷たくなる。
「新しい……形?」
「ええ。魔力の循環は、王都の生活の基盤です。魔法灯、魔法道具、騎士団の装備、王宮の防御。すべて魔力の流れに依存しています。」
騎士団長が低く言った。
「その流れを変えられるってことか。」
「可能性があります。」
公爵が息を吐いた。
「だから黒衣の一団はリリア殿を狙ってるのか。」
「はい。彼らはあなたの力を使い、王都の魔力循環を“新しい形”に作り替えようとしているのです。」
私は胸の奥が痛むのを感じた。
「そんなこと……できるの?」
「できます。」
カイルは迷いなく言った。
「黒衣の一団は、魔力の流れを理解し、それを利用する技術を持っています。あなたの力が加われば、計画は完成します。」
騎士団長が鋭く言った。
「リリア殿を利用する気か。」
「ええ。あなたの力は、彼らにとって“最後の鍵”になります。」
公爵が低く言った。
「鍵ね……昨日から聞いてるが、ますます嫌な響きだな。」
「私も同じ気持ちです。」
カイルは静かに言った。
「しかし、事実です。」
私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。
「私の力が……そんなに。」
「ええ。あなたの力は、魔力の弱まりと深く関係しています。」
騎士団長が低く言った。
「リリア殿の力が魔力の弱まりと関係してる……?」
「はい。」
公爵が息を呑む。
「それは……どういう意味だ。」
「それは……次の話になります。」
カイルは静かに言った。
「今は、あなたの力が黒衣の一団にとって特別である理由の“入口”だけをお話しします。」
その言葉は、応接室の空気をさらに重くした。
黒衣の一団が民を観察し、魔力の流れを読み取り、王都の変化を管理しようとしている理由、その中心に、私の力がある。
私は手を握りしめた。
指先が冷たくなるほど強く握っているのに、それでも震えは止まらなかった。
カイルは静かに続けた。
「リリア様。あなたの力がどのように魔力循環に関わるのか、それは次でお話しします。」
応接室の空気は、まるで次の言葉を受け止める準備をしているかのように沈んだ。
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