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第73話 カイルの告白

 外から聞こえる民のざわめきは、もう遠い音ではなかった。

公爵邸の厚い壁を越えて、はっきりと耳に届くほどに増えている。


「リリア様は無事なのか」


「話を聞かせてほしい」


「魔法が弱まっているのは本当なのか」


 声の種類はさまざまだが、どれも切実で、どれも私に向けられていた。


 応接室の空気は、黒衣の一団が散開した時とは違う種類の緊張に包まれていた。

民の存在が、邸内の空気を揺らしている。


 騎士団長が扉の前に立ち、短く言った。


「リリア殿。外はもう静かじゃない。民が増えてる。」


「……どれくらい?」


「ざっと見ただけでも、百は超えてる。」


 百。

その数字が胸の奥に重く落ちた。


 公爵が腕を組み、低く言った。


「リリア殿。あなたの名前が、王都中に広まってるぞ。」


「そんな……。」


「黒衣の一団が現れたって噂が一気に広まったんだろうな。民は不安で、あなたに答えを求めてる。」


 私は言葉を失った。

民が私を求めている。

その事実は、黒衣の一団の沈黙よりも重かった。


 その時、カイルが静かに口を開いた。


「リリア様。」


「……はい。」


「少し、お話ししたいことがあります。」


 その声は、いつもの落ち着きとは違う重さを帯びていた。

公爵も騎士団長も、その声に反応して視線を向ける。


 騎士団長が眉をひそめた。


「カイル殿。何か心当たりが?」


「ええ。ずっと言うべきか迷っていました。」


 カイルはゆっくりと立ち上がり、私の正面に立った。

その動きは静かで、しかし迷いがなかった。


「リリア様。あなたに隠していたことがあります。」


 胸の奥が強く脈打つ。

カイルが隠し事をしていた。

その事実だけで、空気が変わった。


 公爵が短く言った。


「カイル。言え。」


「……はい。」


 カイルは深く息を吸い、静かに告げた。


「私は、かつて黒衣の一団の内部にいました。」


 その言葉は、応接室の空気を一瞬で凍らせた。


 騎士団長が剣に手をかける。


「黒衣の一団……内部だと?」


「落ち着いてください。」


 カイルは手を上げて示した。


「私はもう彼らの一員ではありません。むしろ、追われる立場です。」


 公爵が目を細めた。


「どういうことだ。詳しく話せ。」


「はい。」


 カイルはゆっくりと続けた。


「黒衣の一団は、王都の魔法体系が弱まり始めた頃から、独自に動いていました。魔法の弱まりを“偶然の現象”ではなく、“操作できる力”だと考えていたのです。」


 私は息を呑んだ。


「操作……?」


「ええ。魔法が弱まる仕組みを理解し、それを利用して新しい支配構造を作ろうとしていました。」


 騎士団長が低く言った。


「支配構造……つまり、王都を乗っ取る気だったのか。」


「乗っ取るというより……“再編する”と言っていました。」


 公爵が眉をひそめる。


「再編ね……聞こえはいいが、やってることは乗っ取りだろ。」


「その通りです。」


 カイルは静かに頷いた。


「私はその計画に反対しました。魔法が弱まる現象を利用して、民を不安定にするやり方に納得できなかった。」


「それで……追われたの?」


「はい。彼らは反対者を許しません。私は逃げるしかありませんでした。」


 私は胸の奥が痛むのを感じた。


「どうして……今まで言わなかったの。」


「あなたが黒衣の一団に狙われている理由を、軽々しく話すべきではないと思ったからです。」


 カイルは静かに続けた。


「しかし、民が動き始めた今、もう隠しておくべきではないと判断しました。」


 公爵が短く言った。


「で、カイル。奴らは何を狙ってる。」


 カイルは迷いなく答えた。


「リリア様の力です。」


 胸の奥が強く脈打つ。


「私の……力?」


「ええ。あなたの力は、彼らの計画の中心になり得る。」


 騎士団長が鋭く言った。


「どういう意味だ。」


「それは……後半でお話しします。」


 カイルは静かに言った。


「今はまず、私が黒衣の一団の内部にいたという事実だけを伝えます。」


 その言葉は、応接室の空気をさらに重くした。


 カイルの告白は、応接室の空気を一瞬で変えた。

黒衣の一団の内部にいたという言葉は、私の胸の奥に冷たい重さを落とした。


 騎士団長は剣に手をかけたまま、カイルを鋭く見つめている。


「カイル殿。あなたが黒衣の一団の内部にいたというのは……事実なのですね。」


「はい。嘘ではありません。」


 公爵が低く言った。


「お前、いつから俺たちに黙ってた。」


「最初にお会いした時からです。」


「長いな。」


「申し訳ありません。」


 カイルは頭を下げた。

その姿は、罪を隠していた者のものではなく、覚悟を決めた者のものだった。


 私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。


「カイルさん……どうして、そんな大事なことを隠していたの。」


「あなたに余計な恐怖を与えたくなかったからです。」


「恐怖……?」


「ええ。黒衣の一団があなたを探している理由を、軽々しく口にすべきではないと思いました。」


 騎士団長が低く言った。


「だが、今は話す気になった……そういうことか。」


「はい。」


 カイルはゆっくりと私を見た。


「民が動き始めました。黒衣の一団も動いています。もう隠しておく段階ではありません。」


 公爵が椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。


「で、カイル。お前は黒衣の一団で何をしてた。」


「彼らの“計画”の一部を担当していました。」


 騎士団長が眉をひそめる。


「計画……?」


「ええ。ただ、その内容の核心はまだ話せません。」


「なぜだ。」


「今話せば、リリア様に余計な負担を与えます。」


 公爵が短く言った。


「負担なんて、もう十分背負ってるぞ。」


「それでも、まだ早いのです。」


 カイルの声は静かだったが、その静けさは強い意志を含んでいた。


 私は思わず問いかけた。


「カイルさん……黒衣の一団は、何をしようとしているの。」


「それは……次の話になります。」


 その言葉は、応接室の空気をさらに重くした。


 カイルはゆっくりと歩き、窓の前で立ち止まった。

外は見えない。

けれど、黒衣の一団と民のざわめきが、窓の向こうに確かに存在している。


「黒衣の一団は、魔法の弱まりを“現象”ではなく“道具”として扱おうとしていました。」


 騎士団長が低く言った。


「道具……?」


「ええ。魔法が弱まる仕組みを理解し、それを利用して王都の構造を変えようとしていたのです。」


 公爵が眉をひそめる。


「構造って……何を変える気だ。」


「それは……まだ言えません。」


 カイルは首を振った。


「ただ、彼らは魔法の弱まりを偶然とは考えていませんでした。必然であり、利用できるものだと。」


 私は息を呑んだ。


「魔法が弱まるのは……誰かが操作しているの?」


「操作というより……“誘導”です。」


「誘導……?」


「ええ。魔法の流れを変えることで、王都全体の魔力の循環を弱めることができます。」


 騎士団長が目を見開いた。


「そんなことが……可能なのか。」


「可能です。黒衣の一団は、その技術を持っています。」


 公爵が低く言った。


「魔法を弱める技術……それを使って王都を再編するってわけか。」


「そうです。」


 私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。


「どうして……そんなことを。」


「理由は複数あります。」


 カイルは静かに続けた。


「ただ、彼らの目的は“破壊”ではありません。“支配”でもありません。」


「じゃあ……何なの。」


「それは……まだ言えません。」


 カイルは再び首を振った。


「今は、あなたが狙われている理由だけを話します。」


 騎士団長が鋭く言った。


「リリア殿が狙われている理由……それを聞かせろ。」


「はい。」


 カイルはゆっくりと私を見た。


「リリア様の力は、黒衣の一団の計画にとって“最後の鍵”になります。」


 胸の奥が強く脈打つ。


「鍵……?」


「ええ。あなたの力があれば、彼らは計画を完成させることができます。」


 公爵が低く言った。


「リリア殿の力を使って、魔法の弱まりを操作する気か。」


「それは……まだ言えません。」


 カイルは静かに続けた。


「ただ、あなたの力は、彼らにとって“必要不可欠”です。」


 私は息を整えようとしたが、胸の奥のざわつきは強くなるばかりだった。


「私の力が……そんなに。」


「ええ。あなたの力は、魔法の弱まりと深く関係しています。」


 騎士団長が低く言った。


「リリア殿の力が魔法の弱まりと関係してる……?」


「はい。」


 公爵が息を呑む。


「それは……どういう意味だ。」


「それは……次の話になります。」


 カイルは静かに言った。


「今は、私が黒衣の一団の内部にいたという事実。そして、リリア様の力が彼らの計画に必要だという事実だけを伝えます。」


 その言葉は、応接室の空気をさらに重くした。


 黒衣の一団が何を見て、何を判断し、どこへ向かおうとしているのか、その全てが、カイルの語る過去と静かに結びついていくのが分かった。


 応接室の空気は、もはや緊張という言葉では足りないほど張り詰めていた。

誰も動かない。

誰も息を荒げない。

ただ、次にカイルが口にする言葉を待っている。


 私は手を握りしめた。

指先が冷たくなるほど強く握っているのに、それでも震えは止まらなかった。


「……続けてください、カイルさん。」


 自分の声が思ったよりも小さくて、驚いた。

けれど、その小さな声に、カイルは静かに頷いた。


 その瞬間、応接室の空気がさらに深く沈んだ。

まるで、部屋そのものが次の言葉を受け止める準備をしているかのように。

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