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第6話 街へ戻ると、混乱が始まっていた

 森を抜け、街道へ戻ると、空気の質がまた変わった。

さっきまで森の中で感じていた重さとは違う。

もっとざらついていて、もっと不安定で、もっと落ち着きがない。


 風が一定の方向へ流れず、街の方へ向かっては戻り、また押し返されるように揺れている。

魔力の乱れが、風の流れを奪っているのだ。


 街の入口が近づくにつれ、ざわめきが耳に届いた。


「また消えたぞ!」


「誰か、技師を呼んでくれ!」


「昼間なのに暗いなんて……!」


 門の前には人だかりができていた。

魔法灯が何本も並んでいるはずなのに、光が安定せず、明滅を繰り返している。

昼間なのに、街の入口が薄暗く見えるほどだった。


 魔法技師たちが脚立に登り、必死に灯りを調整している。

だが、触れた瞬間に魔力が逆流し、火花が散った。


「うわっ……!」


 技師の一人が手を押さえてうずくまった。

火傷したらしい。

周囲の人が慌てて駆け寄る。


「大丈夫か!」


「水、水を持ってきて!」


 魔法灯は、まるで呼吸を乱した生き物のように、明るくなったり暗くなったりを繰り返していた。


 私は人だかりの後ろから静かに近づいた。


「……魔力の流れが完全に崩れてるわね」


 誰に聞かせるでもなく呟いた声が、ざらついた空気に吸い込まれていった。


 技師たちは必死に魔力を流し直そうとしているが、灯りは言うことを聞かない。

魔力の乱れが強すぎるのだ。


「もう無理だ……!魔力が逆流してる!」


「王城は何をしてるんだよ……!」


「聖女様の加護があるって言ってたのに……!」


 人々の不安が、風のように広がっていく。


 私は壊れかけた魔法灯の前に立った。

技師が驚いたように顔を上げる。


「えっ……リリア様?」


 街の人々がざわめいた。

森で魔力の暴走を止めたことが、すでに噂になっているのだろう。


「少し、触れますね」


 私は灯りの根元にそっと手を添えた。


 触れた瞬間。


 灯りの揺らぎが止まった。


 乱れていた魔力の流れが静まり、光がゆっくりと安定していく。

まるで、荒れた水面が風を止めた途端に静かになるように。


「……嘘だろ」


「安定した……?」


「触れただけで……?」


 技師たちが驚きの声を上げた。

火傷した技師も、痛む手を押さえながら私を見つめている。


「助かりました……本当に……」


 技師が深く頭を下げた。

その姿は、王城で見た傲慢な魔法使いたちとは違い、必死で街を守ろうとする者のものだった。


「いえ。私が触れれば魔力は静まりますから」


 私は淡々と答えた。

それは事実であり、特別なことでもない。


 だが、周囲の人々はその事実に驚き、そして不安を募らせていた。


「王城は何をしてるんだ……」


「聖女様の加護があるって言ってたのに……」


「リリア様がいなかったら、街はどうなってたんだ……?」


 人々の声は、怒りと恐怖と、わずかな希望が混ざっていた。


 私は街の中心へ向かって歩き出した。

魔力の乱れが、街の奥へ進むほど強くなっているのを感じる。


 風が、街の中で迷っている。

方向を失い、建物の間で渦を巻き、また戻ってくる。


 魔力の乱れが、街全体を覆っているのだ。


「……本格的に始まったわね」


 呟いた声は、揺れる魔力の中に消えていった。


 街の中心へ向かうほどに、空気のざらつきは増していった。

建物の壁に取り付けられた魔法灯は、どれも弱々しく震え、光が途切れ途切れになっている。

昼間なのに、影が濃く伸びて見えるほどだった。


 人々の足取りは早く、表情には焦りが滲んでいた。

誰もが、街の空気が“普通ではない”ことを理解している。


「また止まった!」


「魔法炉が動かないんだ!」


「聖女様の祈りで何とかなるって言ってたのに……!」


 広場に近づくと、さらに騒ぎが大きくなった。

魔法炉の店の前で、店主が必死に炉の蓋を押さえている。

炉は本来、温度を一定に保つはずだが、今は内部の魔力が暴れ、蓋が跳ね上がりそうになっていた。


「誰か手伝ってくれ!このままだと爆発する!」


 店主の声は必死だった。

周囲の人々も手を貸そうとするが、炉に触れた瞬間に魔力が逆流し、火花が散る。


「熱っ……!」


「触れられないぞ!」


 私は店主の横に立った。


「少し、見せてもらえますか?」


「リリア様……!?お、お願いします!」


 店主は蓋から手を離し、後ろへ下がった。

私は炉の側面にそっと手を添えた。


 瞬間。


 暴れていた魔力が静まり、炉の蓋がゆっくりと落ち着いた。

内部の光が弱まり、まるで深呼吸をしたかのように安定していく。


「……止まった」


「本当に……?」


「触れただけで……?」


 周囲の人々が驚きの声を上げた。

店主は震える声で礼を言った。


「助かりました……。このままだと店が吹き飛ぶところでした」


「魔力が乱れているだけです。私が触れれば収まります」


 私は淡々と答えた。

それは事実であり、特別なことではない。


 だが、人々の視線は私に釘付けだった。

その視線には、驚きと、戸惑いと、そして王城への不信が混ざっていた。


「王城は何をしてるんだ……」


「聖女様の加護があるって言ってたのに……」


「リリア様がいなかったら、街はどうなってたんだ……?」


 その声は、広場全体に広がっていく。


 私は広場を離れ、さらに街の奥へ向かった。

魔力の乱れが、街の中心に近づくほど強くなっているのを感じる。


 風が建物の間で渦を巻き、紙片が舞い上がった。

魔法灯はどれも弱々しく、光が途切れ途切れになっている。


 ふと、路地の奥から悲鳴が聞こえた。


「やめて!止まって!」


 私は反射的にそちらへ向かった。


 路地では、魔法鍋が暴走していた。

自動で調理するはずの鍋が、勝手に跳ね回り、熱を撒き散らしている。

鍋の周りには焦げた匂いが漂い、壁に黒い跡がついていた。


 近くには、若い女性が怯えたように身を縮めていた。


「こわい……どうすれば……」


 鍋が女性に向かって跳ねた。


 私は迷わず駆け寄った。


「大丈夫です」


 鍋の縁に手を伸ばし、触れた。


 瞬間、鍋は動きを止めた。

魔力が消え、ただの鉄の塊になった。


 女性は涙を浮かべながら私を見上げた。


「ありがとうございます……」


「もう大丈夫ですよ。家に戻りましょう」


 私は女性の肩にそっと触れた。

その様子を見ていた周囲の人々が、驚きと安堵の表情を浮かべる。


「リリア様がいなかったら……」


「王城は何を考えているんだ……」


「聖女様は何をしているんだ……」


 その声は、怒りと不安が混ざり合っていた。


 私は路地を離れ、街の中心へ向かって歩き出した。


 魔力の乱れは、街の奥へ進むほど強くなっている。

空気が重く、風が迷い、魔法灯が弱々しく瞬いている。


 街の中心に近づくと、広場の空気がさらにざわついていた。


 魔法道具の店だけではない。

飲食店の魔法暖炉が暴走し、店主が慌てて水をかけている。

魔法薬店では、薬瓶が勝手に震え、棚から落ちそうになっている。


「誰か!助けてくれ!」


「魔法が……全部おかしくなってる!」


「王城は何をしてるんだよ!」


 人々の叫びが、広場全体に響いていた。


 私はゆっくりと歩きながら、魔力の乱れを感じ取った。


「……街全体が限界に近いわね」


 魔力の流れは、もはや正常ではない。

街の中心に近づくほど、空気が重く、風が乱れ、魔法灯が弱々しく瞬いている。


 私は広場の中央に立ち、空を見上げた。


 空は晴れているはずなのに、どこか濁った色をしていた。

魔力の乱れが、空気そのものを歪ませている。


「……王国は、本当に崩れ始めてる」


 呟いた声は、ざらついた風に溶けていった。


 街の混乱は、まだ序章にすぎない。

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