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第4話 魔物の異常発生 その1

 街道を進むほどに、風のざらつきは強くなった。

魔力の乱れが空気に混ざり、肌に触れるたびに細かな痛みを残していく。

その不快な重さは、魔物がまだ近くにいることを告げていた。


 けれど、ただ近くにいるだけではない。

風の流れが、まるで何か大きなものが空気を押し広げているように歪んでいた。


「……嫌な予感がする」


 呟いた声は風に吸い込まれるように消えた。

魔物の気配は、さっきよりも濃く、重く、広がっている。


 まるで、数が増えているようだった。


 街道の先に、旅人の姿が見えた。

荷馬車を引いていたらしいが、馬が怯えて暴れ、旅人が必死に手綱を握っている。


「落ち着け!頼む、落ち着いてくれ!」


「無理だよ!魔物の気配が強すぎる!」


 旅人たちの声が風に乗って届く。

その声には、恐怖がはっきりと滲んでいた。


 私は歩く速度を少し上げた。

近づくほどに、空気のざらつきが強くなる。


 そして、街道の先に、黒い影が複数見えた。


「……嘘でしょう」


 魔物が、群れになっていた。


 四足の獣型の魔物が三体。

その後ろに、鳥のような形をした魔物が二体。

さらに、影のような魔力の塊が地面を這うように動いている。


 魔物は通常、単体で行動する。

群れになることはほとんどない。

それが今は、まるで何かに追われるように、街道へ押し寄せていた。


「こんな……」


 私は思わず息を呑んだ。

魔力の乱れが、魔物の魔力を刺激している。

そのせいで、魔物が暴走し、群れになって押し寄せているのだ。


「逃げろ!来るぞ!」


「馬が言うことを聞かない!」


「誰か、助けてくれ!」


 旅人たちが必死に逃げようとしているが、馬が怯えて動かない。

魔物はゆっくりと距離を詰めていた。


 私は迷わず駆け出した。


「こっちへ!」


 旅人の一人が私に気づき、驚いたように目を見開いた。


「危ない!魔物が!」


「分かっています。早く下がって!」


 私は旅人の前に立った。

魔物の群れが、私を見て一瞬動きを止めた。


 赤い瞳が、じっと私を見つめる。

その視線は、先ほどの魔物よりも強い警戒と混乱を含んでいた。


「……気づいてるわね」


 魔物は魔力を感知して動く。

私の体質は魔力を消す。

魔物にとって私は“異質な存在”だ。


 その異質さが、群れ全体に伝わったのか、魔物たちが一斉に低く唸った。


「来る……!」


 私は身構えた。


 次の瞬間、獣型の魔物が地面を蹴り、こちらへ向かって突進してきた。

その動きは速く、風を切る音が耳を刺した。


「っ……!」


 魔物が私に触れた瞬間、魔力が消えた。

体表を覆っていた魔力の膜が弾けるように消え、魔物の動きが鈍くなる。


 その隙に、旅人の一人が叫んだ。


「今だ!逃げろ!」


 旅人たちが馬を引いて後退する。

私は魔物から視線を逸らさず、ゆっくりと後ずさった。


 魔力を失った魔物は、ただの獣に近い存在になる。

そのため、私に触れた魔物は弱々しく唸り、後退した。


 しかし、問題は、群れの後ろにいた魔物だった。


 鳥型の魔物が、空へ舞い上がった。

その翼から黒い魔力の霧が広がり、空気がさらに重くなる。


「空から……!」


 旅人が叫ぶ。

私はすぐに判断した。


「伏せて!」


 旅人たちが地面に身を伏せる。

鳥型の魔物が黒い霧を撒き散らしながら急降下してきた。


 私はその霧に手を伸ばした。


 触れた瞬間、霧が消えた。

まるで風に吹かれた煙のように、跡形もなく消えた。


「……!」


 鳥型の魔物が驚いたように翼をばたつかせる。

その動きが乱れ、地面へ落ちた。


 魔力を失った鳥型の魔物は、ただの鳥のように弱々しく地面を歩いた。


「すごい……」


「魔物の魔力が……消えた?」


「リリア様が……?」


 旅人たちが驚きの声を上げる。

私は魔物たちを見つめながら、ゆっくりと息を吸った。


 魔力を失った魔物は、もう暴れられない。

しかし。


「まだ終わりじゃないわ」


 影のような魔力の塊が、地面を這うように近づいてきていた。

その動きは不規則で、魔力の乱れが強く影響している。


「これは……厄介ね」


影の魔物は、魔力そのものの塊だ。

形を持たず、触れたものの魔力を吸い取る性質がある。


 しかし、私にとっては。


「……ただの魔力の塊よ」


 私は影に手を伸ばした。

影が私の手に触れた瞬間、魔力が消えた。


 影は形を保てず、地面に溶けるように消えた。


「……終わったわ」


 私は旅人たちの方へ向き直った。


「もう大丈夫。魔物は魔力を失ったから、暴れられないわ」


 旅人たちは震えながらも、安堵の表情を浮かべた。


「助かった……本当に……」


「リリア様がいなかったら……」


「王城は何をしているんだ……こんな状況なのに……」


 最後の言葉に、私は少しだけ目を伏せた。


「……王城は、何もできないわ」


 魔法障壁が弱まり、魔物が活性化し、街の魔法が乱れている。

それはすべて、私が王城を去ったことが原因だ。


 けれど。


「戻るつもりはないわ」


 私は静かに言った。

旅人たちは驚いたように私を見たが、すぐに理解したように頷いた。


「……そうですよね」


「こんな扱いをされて……」


「リリア様がいなくなってから、街はずっとおかしいんです」


 私は風を感じながら、ゆっくりと街道を見渡した。


 魔物の群れは去った。

しかし、魔力の乱れは消えていない。


「……次はもっと大きな群れが来るわ」


 呟いた声は風に乗って消えていった。


 私は旅人たちに軽く会釈し、街道の先へ歩き出した。


 風が、私の背中を押していた。


 旅人たちと別れ、街道をさらに進むと、風のざらつきは一層強くなった。

魔力の乱れが空気に混ざり、まるで細かな砂が肌を刺すような感触を残していく。

その不快な重さは、魔物がまだ近くにいることを告げていた。


 けれど、ただ近くにいるだけではない。

風の流れが、まるで何か巨大なものが空気を押し広げているように歪んでいた。


「……これは、群れどころじゃないわね」


 呟いた声は風に吸い込まれるように消えた。

魔物の気配は、さっきよりも濃く、重く、広がっている。

まるで、街道の先で何かが“溢れ出している”ようだった。


 私は歩きながら、周囲の気配に意識を集中させた。

魔力の乱れが強いときは、魔物の気配が風に乗って伝わってくる。

その風が、今はひどく重い。


 ふと、地面がわずかに震えた。


「……地響き?」


 街道の先で、何かが地面を踏みしめるような音がした。

その音は、獣の足音とは違う。

もっと重く、もっと大きい。


 私は歩く速度を落とし、慎重に進んだ。


 やがて、街道の先に人だかりが見えた。

旅人だけではない。

商人、兵士、そして街から逃げてきた人々が混ざっている。


「どうしたの?」


 私は近くにいた男性に声をかけた。

男性は振り返り、私を見て驚いたように目を見開いた。


「リリア様……!来てくださったんですか……!」


「何が起きているの?」


 男性は震える声で答えた。


「魔物が……大量に出てきたんです。さっきの群れどころじゃない。街道の先で、もっと……もっと大きな群れが……!」


 その言葉に、周囲の人々がざわめいた。


「もう街には戻れない……!」


「王城は何をしているんだ……!」


「聖女様は……どうして何もしてくれないんだ……!」


 人々の声は恐怖と怒りに満ちていた。

私はその声を聞きながら、街道の先を見つめた。


 風が、ひどく重く揺れていた。


「……来るわね」


 呟いた瞬間、街道の先で黒い影が揺れた。

その影は、さっきの群れよりもはるかに大きい。


 人々が一斉に息を呑んだ。


「な、なんだあれ……!」


「魔物……?あんなに……!」


「嘘だろ……街が……!」


 黒い影がゆっくりと形を成していく。

獣型の魔物が五体。

鳥型の魔物が三体。

影の魔物が複数。

そして、その後ろに、巨大な魔物が一体。


 その姿は、まるで黒い岩のようだった。

体表を覆う魔力の膜が、空気を震わせている。


「……大型魔物まで出てきたのね」


 私は静かに息を吸った。

大型魔物は、魔力の乱れが極端に強いときにしか出現しない。

それが街道の近くまで来ているということは。


「魔法障壁は、もうほとんど機能していないわ」


 人々が絶望したように顔を歪めた。


「そんな……!」


「王城はどうして……!」


「聖女様は何をしているんだ……!」


 私は街道の先を見つめたまま、ゆっくりと歩き出した。


「リリア様!?危険です!」


「戻ってください!」


「魔物が……あれは無理です!」


 人々が必死に止めようとする。

けれど、私は足を止めなかった。


「大丈夫よ。私は、魔物と戦うわけじゃない」


 その言葉に、人々は一瞬言葉を失った。


「戦うんじゃなくて……?」


「どういう……?」


 私は静かに答えた。


「魔力を消すだけよ」


 その瞬間、風が強く吹いた。

魔物の群れが、私に気づいたように一斉に唸り声を上げた。


 大型魔物がゆっくりと前へ進む。

その動きは重く、地面が震えるほどだった。


「来るわね」


 私は街道の中央に立った。

魔物の群れが、私を中心に円を描くように広がっていく。


 その光景は、まるで私を包囲しているようだった。


 けれど。


「……魔力の塊が、こんなに集まるなんて」


 魔物の群れは、私の体質に反応している。

魔力を消す存在に対して、魔物は本能的に警戒する。

その警戒が、群れ全体に伝わっている。


 大型魔物が、ゆっくりと私に向かって歩き出した。

その体表の魔力が、空気を震わせる。


「来るなら、来なさい」


 私は静かに構えた。


 次の瞬間、大型魔物が地面を蹴り、こちらへ向かって突進してきた。

その動きは重く、風が一瞬止まるほどだった。


「っ……!」


 大型魔物が私に触れた瞬間、魔力が消えた。

体表を覆っていた魔力の膜が弾けるように消え、魔物の動きが鈍くなる。


 その瞬間、周囲の魔物たちが一斉に動きを止めた。


「魔力が……消えた……?」


「大型魔物が……!」


「リリア様が触れたの……?」


 人々のざわめきが広がる。

私は大型魔物を見つめながら、ゆっくりと息を吸った。


「もう、暴れられないわね」


 大型魔物は弱々しく唸り、後退した。

その姿は、先ほどの威圧感が嘘のようだった。


 魔力を失った魔物たちは、次々と後退していく。

鳥型の魔物は空へ飛び上がろうとしたが、魔力を失っているため、うまく飛べずに地面へ落ちた。


 影の魔物は形を保てず、地面に溶けるように消えていった。


「……終わったわ」


 私は街道を見渡した。

魔物の群れは、完全に魔力を失っていた。


 人々がゆっくりと近づいてきた。


「リリア様……」


「助けていただいて……本当に……」


「王城は何をしているんだ……こんな状況なのに……」


 その声には、恐怖と怒りと、そしてわずかな希望が混ざっていた。


 私は静かに言った。


「王城は、何もできないわ」


 人々が息を呑んだ。


「魔法障壁は弱まり、魔物は活性化し、街の魔法は乱れている。それはすべて、私が王城を去ったことが原因よ」


 人々は驚いたように私を見た。


「じゃあ……」


「リリア様がいれば……」


「王国は……」


 私は首を横に振った。


「戻るつもりはないわ」


 その言葉に、人々は静かに頷いた。

理解しているのだ。

私がどれほど理不尽な扱いを受けたかを。


「……このままじゃ、街は危ないわ」


 私は空を見上げた。

空は晴れているはずなのに、どこか濁った色をしていた。


「魔力の乱れは、まだ広がっている。次はもっと大きな群れが来るかもしれない」


 人々が震えた。


「どうすれば……」


「街は……」


「王国は……」


 私は静かに言った。


「私は、街を守るために動くつもりはないわ」


 人々が息を呑んだ。


「ただ……魔物が暴れているのを見過ごすことはできない。だから、必要なら動く。それだけよ」


 人々はゆっくりと頷いた。

その表情には、恐怖と感謝が混ざっていた。


 私は街道の先を見つめた。


「……もっと大きな波が来るわね」


 風が、ひどく重く揺れた。


 私はゆっくりと歩き出した。


 風が、私の背中を押していた。

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