第43話 使者の正体が見えてくる
玄関の扉を閉めたあとも、街の者たちの声が屋敷の奥まで届いていた。
守ろうとする気配が途切れず、胸の奥が落ち着かない。
展望台で感じた緊張とは違う種類のざわつきが残っていた。
公爵は廊下を進みながら、騎士へ短く指示を出した。
「外の一団について、服装と所持品を確認しろ。紋章の扱い方も調べておけ」
「承知しました。すぐに動きます」
騎士たちが散っていく。
その背中を見送りながら、私は公爵の横へ並んだ。
「……調査、ですか」
「当然だ。あれほど整った隊列を組む者たちが、ただの旅人であるはずがない」
公爵の声は落ち着いているが、奥に鋭さがあった。
展望台で見た紋章の光が、まだ胸の奥に残っている。
「リリア殿、少し休むといい。騎士が戻り次第、知らせる」
「はい……」
応接室へ戻ると、侍女が温かい茶を用意してくれていた。
湯気が静かに揺れ、緊張していた指先が少しずつ緩む。
椅子に腰を下ろすと、窓の外で騎士たちが動く姿が見えた。
門の前に集まる街の者たちと、外の一団。
その二つの集まりが、屋敷を挟んで向かい合っている。
茶を口に含むと、温度が喉を通り、胸の奥のざわつきが少し和らいだ。
そのとき、廊下から足音が近づいてきた。
扉が軽く叩かれ、騎士が姿を見せる。
「リリア様、公爵様がお呼びです。調査の結果が出ました」
胸が跳ねた。
展望台で見た紋章の光が脳裏に浮かぶ。
「分かりました。伺います」
立ち上がり、廊下へ出る。
騎士が先導し、公爵の執務室へ向かった。
扉を開けると、公爵が机の前に立っていた。
その表情は、いつもよりわずかに硬い。
「リリア殿、来たか。調査の報告を聞いてくれ」
騎士が一歩前に出る。
手に布の切れ端を持っていた。
「閣下、外の一団が身につけている布ですが……王都魔法研究院の儀礼服に酷似しています」
息が止まった。
「……研究院の、儀礼服?」
「はい。色、縫い方、布の質。すべて研究院が儀式の際に使用するものと一致します」
騎士は布を机の上へ置いた。
淡い灰色の布に、細い線が織り込まれている。
見覚えがあった。
王都魔法研究院で力を測定されたとき、
研究員たちが着ていた服と同じ質感だ。
「一般人が手に入れることはまずありません。研究院内部でも、限られた者しか着用を許されていません」
騎士の声が静かに響く。
胸の奥が強く揺れた。
「……じゃあ、外の一団は……」
「研究院の者である可能性が高い」
公爵が言葉を継いだ。
その声は落ち着いているが、奥に冷たい鋭さがあった。
「紋章を掲げていた中心の者の動きも、研究院の儀礼に近い。布の扱い方、隊列の組み方。どれも研究院の式典で使われるものだ」
私は机の上の布を見つめた。
指先がわずかに震える。
「……研究院が、ここへ?」
「そうだ。自ら動いたということだ」
公爵は視線を私へ向けた。
「君を呼び戻すためにな」
胸の奥が強く締め付けられた。
王都の研究院は、私を排除する側に立ち、王太子の判断にも影響を与えた。
その組織が、今は儀礼服まで整えてこの地へ姿を見せている。
「……どうして、今になって」
「魔法体系が揺らぎ始めているからだろう。魔法の流れが乱れれば、研究院は対処できない。魔法を消せる者。つまり、君が必要になる」
公爵の声は静かだが、重みがあった。
「研究院は、君を手放した。だが、今は君を求めている」
胸の奥が熱くなる。
怒りではない。
戸惑いでもない。
ただ、現実が静かに形を持ち始めていた。
「……私を、呼び戻すために……」
「そうだ。研究院は、自分たちの判断が浅かったと気づいたのだろう」
公爵は机の布を指先で押さえた。
「儀礼服を着て来るということは、正式な使者としての行動だ。君を迎えるための準備を整えている」
胸の奥がざわつく。
展望台で見た紋章の光が、再び脳裏に浮かんだ。
「……研究院が、私を必要としている……」
「その通りだ」
公爵は静かに頷いた。
「魔法の流れを掴める者は、研究院にもほとんどいない。君の力は、研究院が失った“根”だ」
私は息を吸った。
胸の奥が熱くなる。
王都では、私の力は“欠陥”と呼ばれた。
けれど、今は、研究院が儀礼服を着て、紋章を掲げて、私を呼び戻しに来ている。
その事実が、静かに胸の奥へ沈んでいった。
「リリア殿」
公爵の声が少しだけ柔らかくなる。
「研究院がどう動こうと、君の意思が最優先だ。だが、状況は確実に変わり始めている」
私は机の布を見つめた。
その質感が、王都での記憶を呼び起こす。
研究院が私を捨てた日。
王太子が婚約を破棄した日。
魔法の測定器が私を“不要”と判定した日。
そのすべてが、今になって反転しようとしている。
胸の奥が静かに揺れた。
「……公爵様」
「なんだ」
「研究院は……本当に、私を呼び戻しに来たんですね」
「そうだ。
儀礼服を着て来るということは、正式な使者としての行動だ」
公爵は布を見つめたまま言った。
「研究院は、君を必要としている」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
展望台で見た紋章の光が、再び脳裏に浮かぶ。
あの光は、私へ向けられていた。
研究院が、私を呼び戻すために来ている。
その現実が、静かに形を持ち始めていた。
執務室の空気が落ち着き始めた頃、廊下の向こうから複数の足音が近づいてきた。
扉が叩かれ、先ほど調査へ向かった騎士たちが戻ってきたらしい。
「閣下、追加の報告がございます」
公爵が軽く顎を動かし、入室を許す。
騎士たちが整列し、その中央に立つ者が一歩前へ出た。
「外の一団について、さらに確認が取れました」
その声は緊張を含んでいるが、乱れはない。
公爵は机の前で腕を組み、続きを促した。
「紋章を掲げていた中心の者ですが……王都魔法研究院の“魔法流路班”の長と思われます」
胸が強く跳ねた。
「魔法流路班……」
思わず声が漏れた。
魔法流路班は、研究院の中でも特に専門性が高い部署だ。
魔法の流れを解析し、暴走の兆候を見つける役割を持つ。
魔法体系の根幹に触れる仕事を担う者たち。
その長が、直々にここへ来ている。
「確証はあるのか」
公爵の声は低いが、鋭さを含んでいた。
「はい。儀礼服の装飾、紋章の扱い方、布の折り方。魔法流路班の式典で使われるものと一致します」
騎士は淡々と説明を続ける。
「さらに、中心の者が掲げていた紋章は、魔法流路班が“重大な異変”を確認した際に使用するものです」
胸の奥がざわついた。
「重大な……異変」
「魔法体系に異常が出たときに使われる印です。通常は研究院内部でのみ掲げられます。外部へ持ち出すことは、ほとんどありません」
騎士の声が静かに響く。
公爵は短く息を吸い、私へ向き直った。
「リリア殿。研究院は、緊急事態にあるらしい」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
「……魔法体系が、揺らいでいるんですか」
「可能性は高い。魔法流路班の長が動くということは、内部で対処できない状況なのだろう」
公爵は机の上の布を指先で押さえた。
「研究院は、君を手放した。だが、今は君を必要としている」
胸の奥が熱くなる。
怒りではない。
戸惑いでもない。
ただ、過去の扱いとの落差があまりにも大きかった。
「……私を“魔法の邪魔”と言った研究院が、今は……」
「頼るしかないのだろう」
公爵の声は静かだが、冷たさを含んでいた。
「魔法の流れを掴める者は、研究院にもほとんどいない。魔法流路班の長が動いたということは、内部の解析では限界が来ている」
騎士が続ける。
「閣下、外の一団は紋章を掲げたまま動きません。中心の者は、リリア様の姿を確認したあと、紋章の角度を変えました」
胸が強く揺れた。
「……私を見て、紋章を向けたんですか」
「はい。リリア様を“対象”として認識した動きです」
騎士の声は淡々としているが、緊張を含んでいた。
公爵は私へ向き直り、静かに告げる。
「研究院は、君を手放したことを悔いている。魔法体系が揺らぎ始めた今、頼れるのは君しかいない」
胸の奥が熱くなる。
王都では“魔法の邪魔”と断じられた自分が、今は研究院にとって“必要不可欠”な存在になっている。
その事実が、静かに形を持ち始めていた。
「……研究院が、私を必要としている……」
「そうだ」
公爵は淡く目を細めた。
「魔法流路班の長が動くということは、研究院内部での議論は終わっている。君を呼び戻すために、正式な使者として来ている」
胸の奥がざわつく。
展望台で見た紋章の光が、再び脳裏に浮かんだ。
「……研究院は、私を捨てたのに」
「捨てたからこそ、今になって困っているのだろう」
公爵の声は冷静だが、どこか皮肉を含んでいた。
「魔法体系が揺らぎ始めた今、研究院は自分たちの判断が浅かったと理解したはずだ」
騎士が続ける。
「閣下、街の者たちも状況を気にしています。リリア様を守るために、門の前で待機している者が増えています」
胸が強く揺れた。
街の者たちが示す穏やかな気遣いと、研究院が見せる切迫した動きは、同じ日に起きているとは思えないほど違っていた。
王都で私の力は価値を否定され続けたのに、この街では“役に立つ力”として扱われている。
その差が胸の奥に静かに広がる。
「リリア殿」
公爵が声をかける。
「研究院がどう出ようと、決めるのは君だ。ただ、周囲の状況はもう以前とは違う」
その言葉が、胸の内側にゆっくりと沈んでいった。
研究院が私を失ったことを後悔している構図が、ゆっくりと、しかし確実に形を持ち始めていた。
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