第42話 街の声と、王都との違い
展望台の階段を降りる途中、足元の石がわずかに震えた。
風のせいではない。
外の一団が紋章を掲げ続けている気配が、屋敷全体に染み込んでいるようだった。
階段を下りきると、騎士が待っていた。
緊張を含んだ表情だが、慌てているわけではない。
「リリア様、屋敷の前に人が集まり始めています。公爵様が応接室でお待ちです」
「人が……?」
「街の者たちです。状況を確認したいとのことですが、騒ぎではありません」
騎士の声は落ち着いている。
その響きに不安はなく、むしろ“守る側”の意志が感じられた。
「分かりました。向かいます」
私は歩き出した。
展望台で感じた緊張がまだ体に残っている。
けれど、足取りは重くなかった。
廊下の窓から差し込む光が床に淡い影を落としている。
その影が揺れるたび、外のざわめきが少しずつ近づいてくる。
応接室の扉を開けると、公爵が窓際に立っていた。
外を見ている背中は、いつもより硬い。
「公爵様」
「来たか。外を見てみるといい」
促されて窓へ歩く。
視線を下へ向けると、門の前に人が集まっていた。
怒号や混乱はない。
静かな緊張が漂っている。
街の者たちが騎士と話している。
その表情は真剣で、誰も騒ぎ立てていない。
「……どうしてこんなに」
「昨夜の一団の件が広まったようだ。街の者たちは、君を案じて来ている」
公爵の声は淡々としているが、どこか柔らかい。
耳を澄ますと、人々の声が届いた。
「リリア様は無事なのか」
「公爵様が守っているなら安心だが、念のため来た」
「外の連中が何者でも、渡すわけにはいかない」
その言葉は、王都で浴びた冷たい視線とはまったく違う温度を持っていた。
胸の奥がわずかに揺れる。
「……私を心配しているんですね」
「そうだ。この街では、君を恐れる者はいない」
公爵は窓から視線を外し、私のほうへ向き直った。
「魔法を消す力を忌避するのは、王都の偏った価値観だ。ここでは、君を一人の人として見ている」
その言葉は、胸の奥に静かに落ちた。
王都では、私の力は“欠陥”と呼ばれた。
魔法を使えない者たちの妬みや偏見が混じり、私の存在は王太子の足を引っ張るものと決めつけられた。
けれど、この街では、私の力を恐れる声は一つもない。
むしろ、守ろうとしている。
「……不思議な感じです」
「何がだ」
「王都では、私を見る目が冷たかったのに……ここでは、こんなふうに……」
言葉が続かない。
胸の奥が妙に熱くなる。
公爵は腕を組み、短く息を吐いた。
「王都の貴族は、魔法を使える者を上位と見なす。魔法を消す力を理解できる者は少ない。だが、この街の者たちは違う」
「違う……」
「魔法に頼りすぎない生活をしている。だからこそ、君の力を恐れない。むしろ、頼りにしている者もいる」
窓の外では、街の者たちが騎士と話している。
騎士は落ち着いた様子で応対しているが、人々の視線は屋敷のほうへ向いていた。
その視線の先にいるのが自分だと思うと、胸の奥が妙にくすぐったい。
「……私、こんなふうに見守られたこと、ありません」
「そうだろうな」
公爵は軽く頷いた。
「王都の貴族は、君の力を理解しようとしなかった。だが、この街の者たちは、君が何をしてきたかを知っている」
「何を……?」
「魔物の暴走を抑えたこともあるだろう。魔法障壁の乱れを整えたこともあるはずだ」
私は小さく息を吸った。
確かに、そういうことは何度かあった。
けれど、王都では誰も気に留めなかった。
「この街では、そういう働きを見逃さない。君が何をしてきたかを、ちゃんと見ている」
公爵の言葉は、胸の奥に静かに響いた。
窓の外では、街の者たちが騎士に何かを伝えている。
騎士が頷き、門の前に立つ人々へ向けて手を上げた。
「リリア様を守るために集まったのだそうです」
騎士の声が応接室まで届いた。
その瞬間、胸の奥が強く揺れた。
「……守るために」
「そうだ。外の一団が何者であれ、君を渡すつもりはないらしい」
公爵は淡々と言ったが、どこか誇らしげだった。
「王都の貴族とは違う。この街の者たちは、君を“価値のある存在”として見ている」
私は窓の外を見つめた。
人々の表情は真剣で、誰一人として私を恐れていない。
むしろ、守ろうとしている。
王都で浴びた冷たい視線とは、あまりにも違う。
「……こんなふうに見られるなんて、思っていませんでした」
「当然だ。王都の偏見は、君の力を理解できなかった者たちのものだ」
公爵の声は静かだが、強さを含んでいた。
「この街では、君は普通の人だ。そして、普通以上に頼りにされている」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
重く沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がるような感覚。
窓の外では、街の者たちが騎士と話し続けている。
その声は、私を責めるものではなく、守ろうとする意志に満ちていた。
応接室の空気が落ち着き始めた頃、廊下の向こうから足音が近づいてきた。
扉が軽く叩かれ、騎士が姿を見せる。
「公爵様、街の者たちが門前で待っております。リリア様へ伝えたいことがあるとのことです」
公爵は視線を窓から外し、騎士へ向けた。
「騒ぎではないのだな」
「はい。皆、落ち着いております。ただ……リリア様の安否を確かめたいようです」
その言葉に胸が揺れた。
王都では、私の存在を確かめる声など一度もなかった。
むしろ、距離を置かれ、避けられ、陰で囁かれるだけだった。
「リリア殿、少しだけ外の声を聞いてみるか」
公爵の提案は強制ではない。
けれど、拒む理由もなかった。
「……はい」
応接室を出て玄関へ向かう。
廊下の空気は静かで、屋敷の中にいる者たちが緊張を抑えているのが分かる。
階段を降りると、玄関の扉が半分開けられていた。
外の光が差し込み、門の前に集まる人々の姿が見える。
騎士が数名、門の内側で対応していた。
「リリア様が来られました」
騎士の声が門の外へ届くと、街の者たちが一斉に顔を上げた。
驚きではなく、安心したような表情が広がる。
「リリア様、無事で何よりです」
「外の連中が何をしようと、ここには手を出させません」
「公爵様の屋敷なら安全だと思って来ました」
声が重なり、胸の奥が熱くなる。
王都で浴びた冷たい視線とは、あまりにも違う。
公爵が私の横に立ち、門の外へ視線を向けた。
「街の者たちよ。リリア殿は無事だ。外の一団については、我々が対処する」
公爵の声は落ち着いている。
その響きに、街の者たちが頷いた。
「公爵様がそう言うなら安心です」
「リリア様を守るために来ただけです。何かあれば声をかけてください」
その言葉は、王都では決して聞けなかったものだ。
胸の奥が静かに震える。
「……皆さん、ありがとうございます」
自然と声が出た。
街の者たちがこちらを見て、表情を和らげる。
「リリア様が困っているなら、助けるのは当然です」
「魔法を消せる力があるからって、怖がる理由なんてありません」
「頼りにしている人も多いんですよ」
その言葉に、息が詰まりそうになった。
王都では、私の力は“欠陥”と呼ばれた。
魔法を使えない者たちの妬みや偏見が混じり、私の存在は王太子の足を引っ張るものと決めつけられた。
けれど、この街では、私の力は“守り”として受け入れられている。
公爵が私へ向き直る。
「リリア殿。この街の者たちは、君を恐れない。君が何をしてきたかを知っている」
その言葉は、胸の奥に静かに落ちた。
「……王都とは、全然違いますね」
「当然だ。王都の貴族は、魔法を使える者を上位と見なす。魔法を消す力を理解できる者は少ない」
公爵は門の外を見つめた。
「この街の者たちは、魔法に頼らずに暮らす術を持っている。だからこそ、君の力を怖がらない。むしろ、助けになる場面が多いと考えている」
街の者たちが頷く。
「魔法が暴れたとき、リリア様が止めてくれたことがありました」
「魔法障壁が乱れたときも、リリア様が整えてくれたんです」
「そういうの、ちゃんと覚えていますよ」
胸の奥が熱くなる。
王都では誰も気に留めなかったことを、この街では覚えてくれている。
「……そんなふうに言ってもらえるなんて、思っていませんでした」
「当然だろう」
公爵の声は静かだが、強さを含んでいた。
「王都の偏見は、君の力を理解できなかった者たちのものだ。この街では、君は普通の人だ。そして、君が思う以上に頼りにされている」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
重く沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がるような感覚。
街の者たちが騎士と話し続けている。
その声は、私を責めるものではなく、守ろうとする意志に満ちていた。
公爵が玄関の扉を少し閉め、私へ向き直る。
「リリア殿。君は王都で侮辱された。だが、この街では違う。君を守ろうとする者が、これだけいる」
胸の奥が静かに揺れた。
「……ここに来て、よかったのかもしれません」
「そう思うなら、それでいい。この街は、君を歓迎している」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
王都では、私の力は“邪魔”と呼ばれた。
けれど、この街では、私の力は“守り”として受け入れられている。
その違いが、あまりにも大きかった。
玄関の外では、街の者たちがまだ門の前に立っている。
その姿は、私を責めるものではなく、ただ見守る者たちの姿だった。
胸の奥で、何かが静かに変わり始めていた。
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