第37話 揺れる心と朝の静けさ
翌朝、公爵邸は静かだった。
夜の気配が完全に消え、朝の光が廊下の床を淡く照らしている。
その光は柔らかく、風も穏やかだったが、胸の奥の不安は消えなかった。
私は早く目が覚めてしまい、部屋の中でじっとしていられなくなった。
昨日の出来事が頭から離れない。
街の外に留まる“見慣れぬ一団”。
王都からの使者かもしれないという公爵の言葉。
そして、自分の力が再び王都に知られたかもしれないという現実。
「……考えても仕方ないのに」
小さく呟きながら、私は部屋を出た。
廊下には騎士が立っていたが、私を見ると静かに頭を下げた。
その姿は緊張を帯びているが、昨日よりも落ち着いているように見えた。
「おはようございます、リリア様」
「おはようございます……」
私は軽く会釈し、庭園へ向かう。
朝の空気は冷たく、頬を優しく撫でた。
庭園の木々は朝日を浴びて輝き、池の水面は静かに揺れている。
その美しさは心を落ち着かせてくれるはずなのに、胸の奥のざわつきは消えなかった。
「……街の外にいる一団。まだ、いるんだろうか」
池のそばで立ち止まり、水面を見つめる。
昨日、公爵が言った言葉が頭の中で反響する。
『王都からの使者である可能性が高い』
その言葉が胸の奥に新たな波紋を広げていた。
「もし……王都の人たちが私を見たら、どう思うんだろう」
呟いた声は風に溶けていく。
王都での扱いを思い出すと、胸の奥が冷たくなる。
距離を置かれた日々。
触れれば壊れると言われた声。
役に立たないと言われた言葉。
それらが、朝の静けさの中で鮮明に蘇ってくる。
「……また、怖がられるのかな」
そのとき、背後から足音がした。
振り返ると、公爵が庭園の入り口に立っていた。
朝の光を受けたその姿は、いつもより少し柔らかく見えた。
「リリア殿。こんな朝早くに散歩とは、意外だな」
「……眠れなくて」
公爵はゆっくりと歩み寄り、私の隣に立った。
池の水面を見つめながら、静かに口を開く。
「昨日の一団は、まだ街の外に留まっている」
その言葉は胸の奥に新たな波紋を広げた。
「……まだ、いるんですね」
「そうだ。動きはない。だが、目的が分からない以上、警戒は必要だ」
「目的……」
「そうだ。王都からの使者であれば、何らかの意図があるはずだ」
公爵は私の横顔を見て、静かに言った。
「不安か」
「……はい。正直、怖いです」
「そうだろうな」
公爵は池の水面に視線を落とし、少しだけ息を吐いた。
「あなたの力が広場で露見した。それが王都に伝わった可能性は高い。だが、それはあなたの責任ではない」
「でも……私のせいで、街に迷惑がかかるかもしれないって思うと……」
「リリア殿」
公爵は少しだけ声を強めた。
怒っているわけではない。
ただ、私の不安を断ち切ろうとしている声だった。
「あなたのせいではない。広場で起きたことは、あなたが望んだわけではない。むしろ、あなたがいたから街は守られた」
「……守られた」
「そうだ。魔法陣が暴走していたら、街は危険だった。あなたが触れたから、あれは止まった」
胸の奥が静かに震えた。
広場での人々の声が思い出される。
『リリア様、すごかった……』
『怖くなかったんですか?』
『光が全部、ふわって消えて……!』
あの声は、恐怖ではなく驚きと感動だった。
「……でも、王都の人たちは……」
「王都の者たちがどう思うかは、まだ分からない。だが、街の者たちはあなたを恐れていない。それは確かだ」
公爵は私のほうへ向き直り、静かに言った。
「リリア殿。あなたは、この街にいてもいい」
「……いても、いい」
「そうだ。あなたがここにいることを、誰も否定しない」
胸の奥が強く揺れた。
その言葉は、王都では決して得られなかったものだった。
「でも……私、まだ……」
「答えを急ぐ必要はない。ただ、あなたがどう感じているかを大切にすればいい」
公爵の声は穏やかで、揺らぎがなかった。
その声を聞いていると、胸の奥のざわつきが少しだけ和らいでいく。
「昨日の一団のことは、私が対処する。あなたは……自分の心と向き合えばいい」
「……向き合う」
「そうだ。あなたがどうしたいのか。どこにいたいのか。それを考える時間が必要だ」
私は池の水面を見つめながら、静かに息を吸った。
朝の光が水面に反射し、揺れる光が目に映る。
「……私、この街にいてもいいんでしょうか」
その言葉は、胸の奥から自然にこぼれた。
公爵は驚いたように目を見開き、すぐに柔らかく目を細めた。
「その問いが出たことが……何より大切だ」
「……大切」
「そうだ。あなたが自分の居場所を考え始めたということだからな」
胸の奥が静かに熱を帯びた。
昨日、公爵が言った“選ぶのはあなた自身だ”という言葉が、再び心に響く。
「あなたは、この街にいていい。それは私が保証する」
「……ありがとうございます」
その言葉は、朝の光よりも温かく感じられた。
庭園の風が木々を揺らし、葉が静かに音を立てる。
その音は、胸の奥の揺れを少しだけ落ち着かせてくれた。
私は池の水面を見つめながら、静かに息を吐いた。
――私は、この街にいてもいいのだろうか。
問いが胸の奥で静かに響いたまま、私は池の水面を見つめていた。
朝の光が揺れ、風が木々を揺らし、葉がさらさらと音を立てる。
その音は穏やかで、心を落ち着かせてくれるはずなのに、胸の奥の揺れはまだ続いていた。
「リリア殿」
公爵が静かに呼んだ。
私は顔を上げる。
「あなたがここにいてもいいかどうか……それを決めるのは、あなた自身だ」
「……私自身」
「誰かに決められるものではない。あなたがどうしたいか。それがすべてだ」
その言葉は、胸の奥に深く沈んでいった。
王都では決して言われなかった言葉。
誰かに決められるだけだった日々とは違う、温かい響きだった。
「公爵様……」
私は少しだけ声を落とした。
「私……この街の人たちに、どう思われているんでしょう」
「昨日の広場での反応を見ただろう」
「……はい。驚いてはいましたけど……怖がってはいませんでした」
「そうだ。あなたを恐れていない。それが何よりの証拠だ」
公爵は少しだけ姿勢を正し、言葉を続けた。
「リリア殿は、この街にとって“脅威”ではない。むしろ……“守り”だ」
「……守り」
「そうだ。あなたがいたから、街は救われた。それを忘れてはいけない」
胸の奥が静かに震えた。
その言葉は、王都では決して得られなかったものだった。
「公爵様……私、少しだけ……」
「少しだけ?」
「この街にいてもいいのかなって……思いました」
公爵は目を細め、穏やかに頷いた。
「それでいい。その気持ちが芽生えたことが、何より大切だ」
私は池の水面を見つめながら、静かに息を吐いた。
朝の光が水面に揺れ、風が木々を揺らしている。
「リリア殿。あなたがどこに身を置きたいと思うのか……その気持ちを、私は尊重したい」
「……身を置きたい場所」
「そうだ。誰かに決められるものではない。あなた自身の感覚が、一番確かだ」
胸の奥が強く揺れた。
その言葉は、私の心に深く響いた。
「公爵様……」
「あなたは、ここにいていい。それだけは確かだ」
その言葉は、朝の光よりも温かく感じられた。
庭園の風が木々を揺らし、葉が静かに音を立てる。
その音は、胸の奥の揺れを少しだけ落ち着かせてくれた。
「……公爵様」
「なんだ」
「私……昨日のことを思い返すと、怖い気持ちもあるんですけど……街の人たちが笑ってくれたことが、ずっと心に残っていて」
「そうだろうな」
「私……あんなふうに誰かに笑ってもらったの、初めてで……」
公爵は静かに頷いた。
「リリア殿。あなたは、誰かの役に立ちたいと言っていたな」
「……はい」
「その気持ちは、街の者たちにも伝わっている。だから、あなたを恐れなかったのだ」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
昨日の広場での光景が、鮮明に蘇る。
「……私、もっと……」
「もっと?」
「もっと……誰かの役に立てたらいいなって……思いました」
公爵は少しだけ目を見開き、すぐに柔らかく目を細めた。
「リリア殿。その気持ちがあれば十分だ」
「……十分」
「そうだ。力の使い方は、これから考えればいい。あなたがどうしたいかが、一番大切だ」
胸の奥が静かに震えた。
公爵の言葉は、私の心を優しく支えてくれていた。
「公爵様……」
「なんだ」
「私……この街にいてもいいのかなって思う気持ちが、昨日より少しだけ強くなりました」
公爵はゆっくりと頷いた。
「それでいい。急ぐ必要はない。ゆっくり考えればいい」
「……はい」
池の水面が風に揺れ、光がきらきらと反射する。
その光景は美しく、胸の奥の揺れを少しだけ落ち着かせてくれた。
「リリア殿」
公爵が静かに言った。
「あなたがここにいることを、私は歓迎する」
「……ありがとうございます」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
温かくて、優しくて、涙が出そうになるほどだった。
庭園の風が木々を揺らし、葉が静かに音を立てる。
その音は、胸の奥の揺れを少しだけ落ち着かせてくれた。
私は池の水面を見つめながら、静かに息を吐いた。
――私は、この街にいてもいいのか。
その問いは、もう“恐れ”だけではなく、“願い”の形を少しだけ帯び始めていた。
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