第2話 街で起きる小さな異変
街の外れへ向かって歩いていると、風の流れが少し変わった。
魔力の乱れが空気に混ざり、肌にざらりとした感触を残していく。
その違和感は、王城を出たときよりも強くなっていた。
「……また、ひどくなってる」
呟いた声は風に溶けた。
魔法灯だけではない。
街全体の魔力が、まるで呼吸を乱した人のように不安定に揺れている。
そのときだった。
前方の通りから、甲高い悲鳴が響いた。
「きゃあっ!」
「危ない、離れて!」
私は反射的に走り出した。
人だかりができていて、その中心で何かが暴れている。
近づくと、それが魔法道具だと分かった。
家庭用の簡易魔法清掃器、本来なら床を滑るように動き、埃を吸い取るだけの道具。
だが今は、魔力が暴走して床を跳ね回り、周囲の人を威嚇するように動いていた。
「なんでこんなことに……!」
「止まらないのよ、誰か!」
清掃器は床を叩き、魔力の火花を散らしている。
その火花が近くの布に燃え移りそうになり、周囲の人が慌てて避けた。
そのとき、私は見てしまった。
清掃器のすぐそばで、小さな男の子が転んでいた。
逃げ遅れたらしい。
「危ない!」
私は迷わず駆け寄った。
清掃器が男の子に向かって跳ね上がる。
魔力の火花が散り、空気が焦げるような匂いがした。
「こっちへ!」
私は男の子を抱き寄せた。
その瞬間、清掃器が私の足元にぶつかるように跳ねた。
触れた。
魔力が、私の体に触れた瞬間、消えた。
清掃器は、まるで糸が切れた人形のように、床に落ちた。
魔力の火花も消え、ただの鉄の塊になった。
「え……?」
「止まった……?」
「なんで……?」
周囲の人が驚きの声を上げる。
私は男の子を抱きしめたまま、清掃器を見下ろした。
魔力の暴走が完全に消えている。
私が触れたからだ。
「大丈夫?怪我はない?」
男の子は涙目で首を振った。
「……うん。ありがとう、お姉さん」
その声に胸が少し温かくなった。
けれど、周囲の視線が集まっているのを感じて、私はすぐに立ち上がった。
「今の、見た?」
「触れた瞬間に魔法が……」
「まさか、魔法を消したの?」
人々の視線が私に集中する。
驚きと、戸惑いと、少しの恐れが混ざった視線だった。
私は男の子の頭を軽く撫でてから、そっと離れた。
「気をつけて帰るのよ」
そう言って、私は人々の視線から逃れるように歩き出した。
背後で誰かが小さく呟く声が聞こえた。
「……あの人、誰?」
「王城の……リリア様じゃない?」
「でも、どうして魔法が……?」
私は歩く速度を少し上げた。
目立つわけにはいかない。
今はまだ、王城を出たばかりなのだ。
「……早く街を離れないと」
魔法の乱れは、街の中心だけではなく、街全体に広がっている。
私がいることで一時的に収まることもあるが、それは根本的な解決ではない。
風が吹き、髪が揺れた。
その風は、どこか焦りを含んでいるように感じられた。
「急がないと……もっとひどくなる」
私は街の外へ向かって歩き続けた。
背後では、まだ人々のざわめきが続いていた。
街の外へ向かう道は、中心部よりも人が少なく静かだった。
けれど、その静けさは落ち着いたものではなく、どこか張り詰めた空気を含んでいた。
魔力の乱れが、風の流れを不自然に歪ませている。
「……この感じ、嫌な予兆ね」
呟いた声は風に吸い込まれるように消えた。
魔法灯の揺らぎだけではなく、空気そのものがざわついている。
まるで、街が何かを訴えているようだった。
そのとき、また別の方向から騒ぎ声が聞こえた。
「ちょっと、誰か止めて!」
「危ないってば!」
私は反射的にそちらへ向かった。
通りの角を曲がると、そこには別の魔法道具が暴れていた。
今度は、魔法調理器だった。
本来なら火加減を自動で調整し、鍋を温めるだけの道具。
だが今は、鍋を持ち上げて振り回し、熱を不規則に放出している。
「熱いっ!」
「離れて!火傷するわよ!」
鍋から飛び散る熱気が、周囲の人の服を焦がしそうになっていた。
魔力の暴走は、もはや街のあちこちで起きている。
「……こんな短時間で、ここまで?」
私は眉をひそめた。
王城を出てから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに、街の魔法道具が次々と暴走している。
魔法障壁の弱まりが、街の内部にまで影響を及ぼしているのだ。
「誰か、助けて!」
悲鳴が響いた。
見ると、鍋を振り回す調理器の近くで、少女が転んでいた。
逃げ遅れたらしい。
「また……!」
私は迷わず駆け寄った。
鍋が少女に向かって振り下ろされる。
熱気が空気を歪ませ、焦げた匂いが漂った。
「こっちへ!」
私は少女を抱き寄せた。
鍋が私の肩に触れた瞬間、魔力が消えた。
鍋は重力に従って落ち、地面に転がった。
調理器も、魔力を失ってただの鉄の塊になった。
「えっ……?」
「まただ……」
「魔法が消えた……?」
周囲の人々が驚きの声を上げる。
私は少女を抱きしめたまま、調理器を見下ろした。
「大丈夫? どこか痛いところは?」
少女は震えながら首を振った。
「……ありがとう、お姉さん」
その声に胸が温かくなる。
けれど、周囲の視線が集まっているのを感じて、私はすぐに立ち上がった。
「今の、見た?」
「触れた瞬間に魔法が……」
「やっぱり、あの人……」
人々の視線は、驚きと戸惑いと、少しの恐れを含んでいた。
私は少女の頭を軽く撫でてから、そっと離れた。
「家に帰るのよ。気をつけてね」
そう言って歩き出すと、背後で誰かが小さく呟いた。
「……リリア様だよね?」
「王城を出たって噂、本当だったの?」
「でも、どうして魔法が……?」
私は歩く速度を上げた。
目立つわけにはいかない。
今はまだ、街の人々に説明できる状況ではない。
「……このままじゃ、街が危ないわ」
魔法道具の暴走は、街の中心だけではなく、外れにまで広がっている。
魔力の乱れは、街全体を覆い始めている。
風が吹き、髪が揺れた。
その風は、焦りと警告を含んでいるように感じられた。
「急いで街を離れないと……もっとひどくなる」
私は街の外へ向かって歩き続けた。
背後では、まだ人々のざわめきが続いていた。
けれど、そのざわめきは、ただの騒ぎではなかった。
街が、王国が、魔法が、崩れ始めている音だった。
「……これは、序章にすぎない」
私は静かに呟いた。
魔法障壁が弱まれば、次に起きるのは魔物の侵入だ。
その気配は、すでに風の中に混ざり始めている。
「急がないと」
私は歩く速度をさらに上げた。
街の外へ向かう道は、もうすぐだった。
面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!




