第27話 追加調査隊の到着
翌日の朝、街の空気はいつもより張り詰めていた。
騎士団本部の前に立つと、普段は静かなはずの石畳が、騎士たちの足音で絶えず震えているのが分かった。
その理由は、今日、隣国軍本部から“追加調査隊”が到着するからだ。
昨日、報告書が本部へ届いた。
その反応は予想以上に大きく、魔術研究官と軍参謀が直々に国境の街へ派遣されることになった。
騎士団長は朝早くから指揮を執り、街の中央に広い空間を作るよう指示を出していた。
まるで、昨日の検証よりもさらに大きな“舞台”が用意されているようだった。
私はその様子を見ながら、胸の奥が静かに震えていた。
――また、私の力を見られるんだ。
――今度は、騎士団だけじゃない。隣国の本部の人たちが。
期待と不安が入り混じった感情が、胸の奥で渦を巻く。
やがて、街道の向こうから馬の蹄の音が響き始めた。
騎士たちが一斉に姿勢を正す。
「来たぞ……本部の調査隊だ」
その声に、私も思わず息を呑んだ。
街道の向こうから現れたのは、深い紺色の軍服を纏った魔術研究官たちと、銀の肩章をつけた軍参謀たちだった。
彼らは騎士団長の前で馬を止め、整然とした動きで降り立つ。
その姿は、まるで“隣国の知と力”そのものだった。
研究官の一人が、騎士団長へ敬礼しながら言った。
「騎士団長殿。本部より派遣された魔術研究班および軍参謀班です。報告書の内容を確認し、現地での追加検証を行うために参りました」
騎士団長は静かに頷いた。
「遠路ご苦労だった。すぐに検証の場へ案内しよう」
研究官たちの視線が、ゆっくりと私へ向けられる。
その目は、驚きと疑念と期待が混じった複雑な色をしていた。
「……この少女が……?」
「報告書に記されていた“魔力無効化”の……?」
「本当に魔物の核を破壊したのか……?」
私は少しだけ肩をすくめた。
けれど、騎士団長がそっと私の前に立つようにして言った。
「リリア殿だ。報告書に記した通りの力を持つ少女だ」
研究官たちは息を呑み、まるで珍しい魔術書を前にした学者のような目で私を見つめた。
その視線は、昨日の騎士たちのものとは違う。
恐怖ではなく、純粋な“知的好奇心”だった。
軍参謀の一人が、報告書を手にしながら言った。
「まずは、記録内容の確認をさせていただきたい。“魔力無効化”、“魔物核破壊”、“魔力乱れ感知”、この三つの能力が本当に存在するのか、実際に見せていただけますか?」
私は静かに頷いた。
「……はい」
その返事を聞いた研究官たちは、すぐに動き始めた。
街の中央に作られた広い空間へ向かい、複雑な魔法陣を展開する準備を始める。
魔法陣は、昨日の騎士団長が使ったものとは比べ物にならないほど複雑だった。
幾重にも重なる術式、細かく刻まれた符号、魔力の流れを制御するための高度な構造。
研究官の一人が言った。
「この魔法陣は、通常の魔術師が触れただけでは崩れない。高度な術式で、魔力の干渉を受けても耐えるように作られている」
周囲の騎士たちが息を呑む。
「こんな魔法陣、初めて見た……」
「本部の研究官って、やっぱりすごいな……」
「これを消せるわけが……」
街の人々も遠巻きに見ながらざわめいていた。
研究官は魔法陣を展開し終えると、私へ向き直り、真剣な目で言った。
「リリア殿。この魔法陣に触れてください。あなたの力が本物なら、この術式がどう反応するか、確認したい」
私はゆっくりと息を吸った。
胸の奥が静かに震える。
けれど、その震えは昨日よりもずっと小さかった。
――私は、必要な存在だ。
――この力は、誰かを守るために使える。
その思いが、私の背中を押してくれた。
私は魔法陣へ向かって歩き出す。
研究官たちが息を呑む。
騎士たちが見守る。
街の人々が固唾を飲む。
魔法陣は、青白い光を放ちながら空気を震わせていた。
触れれば、普通の魔術師なら魔力を弾かれるほど強固な術式。
私はそっと手を伸ばした。
指先が魔法陣の光に触れた、その瞬間、世界が、ほんの一瞬だけ静止したように感じた。
魔法陣は青白い光を放ち、空気を震わせていた。
複雑な術式が幾重にも重なり、魔力の流れが渦を巻くように循環している。
研究官たちが息を呑む気配が背中越しに伝わる。
騎士たちも、街の人々も、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
その中で、私はそっと、魔法陣に触れた。
指先が光に沈むように触れた瞬間、魔法陣の輝きがふっと弱まった。
まるで、光そのものが私の指先に吸い込まれたかのように。
次の瞬間、魔法陣は音もなく崩れ落ちるように消えた。
光が消え、術式がほどけ、魔力の流れが霧散し、残滓すら残らない。
まるで“最初から存在しなかった”かのように、魔法陣は完全に消滅した。
その場に、静寂が落ちた。
誰も声を出せなかった。
誰も動けなかった。
ただ、魔法陣が消えた空間だけが、不自然なほど静かだった。
研究官の一人が、震える声で呟いた。
「……本物だ……」
その声を皮切りに、研究官たちが一斉に記録を取り始めた。
震える手で、魔法陣の消滅を確認し、魔力の残滓がないことを確かめ、術式の崩壊の痕跡がないことを記録する。
「魔法体系そのものを否定している……」
「こんな現象、文献にも残っていない……」
「魔力の流れが“消された”……?」
「この少女は……魔術の常識を覆す存在だ……」
その言葉は、私の胸の奥に静かに落ちていった。
私はただ触れただけ。
ただ、指先を伸ばしただけ。
それなのに、高度な魔法陣が、跡形もなく消えた。
軍参謀の一人が、騎士団長へ向き直り、真剣な表情で言った。
「……国境防衛の体制を変える可能性があります。この少女の力は、魔物対策の根本を覆すかもしれない」
騎士団長は静かに頷いた。
その表情は、昨日よりもさらに確信に満ちていた。
「私もそう思う。リリア殿の力は、我々が想像していた以上だ」
街の人々も、私を見る目を変えていた。
恐怖ではなく、好奇心でもなく、ただ純粋な“尊敬”と“期待”が混じった視線。
「本当に……消えた……」
「昨日の魔物も、この子がいなかったら……」
「王国は、どうしてこんな力を追放したんだ……?」
「隣国は……この子を守るべきだ……」
その声は、胸の奥に静かに響いた。
研究官たちは、魔法陣が消えた空間を何度も確認しながら、騎士団長へ向き直った。
「騎士団長殿。この力は、本部だけで扱うべきではありません。上層部へ報告すべきです。この少女の存在は、隣国全体にとって重要です」
その言葉に、騎士団長は深く頷いた。
「もちろんだ。すでに本部は動き始めている。公爵閣下へも報告が届くだろう」
公爵、その名前を聞いた瞬間、胸の奥が強く震えた。
隣国の上層部。
軍と政治の両方を握る人物。
国境防衛の最高責任者。
その人が、私の力を知る。
研究官たちは、魔法陣の消滅を何度も確認しながら、震える声で言った。
「……この少女は、魔術の常識を覆す存在だ。この力は、国の未来を変える可能性がある」
その言葉は、胸の奥に深く沈んだ。
――私の力が、誰かの役に立つ。
――私の存在が、誰かの未来を変えるかもしれない。
その思いは、昨日よりもずっと強くなっていた。
騎士団長は、私の横に立ち、静かに言った。
「リリア殿。あなたの力は、もう“ただの現象”ではない。隣国の本部が動き、研究官が動き、参謀が動いた。次は、上層部が動く番だ」
胸の奥が熱くなる。
昨日まで、私はただの追放された少女だった。
けれど今、隣国の上層部が、私の力を知ろうとしている。
研究官たちは最後に、騎士団長へ正式に報告した。
「この力は、必ず公爵閣下へ伝えるべきです。この少女は、国境防衛にとって“特別な存在”です」
その言葉は、私の未来を確実に変える“次の扉”だった。
胸の奥で、静かに灯が揺れた。
その灯は、昨日よりもずっと強く、確かな形を持ち始めていた。
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