第26話 本部への報告が届く
翌朝。
まだ空気が冷たく、街の石畳に薄い朝靄がかかっている時間帯だった。
騎士団本部の前で、一人の伝令兵が馬に跨り、騎士団長から手渡された封筒を胸に抱えていた。
その封筒、中に入っているのは、私の力についてまとめられた正式な報告書。
伝令兵が馬を走らせる瞬間、私は少し離れた場所からその光景を見つめていた。
馬の蹄が石畳を叩き、朝靄を切り裂くように街道へ駆け出していく。
その姿が遠ざかるにつれ、胸の奥がざわざわと騒ぎ始めた。
――あの封筒の中に、私の名前がある。
――私の力が、隣国の軍本部へ届く。
昨日まで、私はただの“追放された少女”だった。
誰にも必要とされず、誰にも理解されず、ただ静かに生きるしかなかった。
けれど今、その私の力が、隣国の軍本部へ正式に報告されようとしている。
胸の奥が熱くなるのを感じた。
騎士団長が、私の横に立っていた。
その姿はいつも通り落ち着いていて、まるで私の不安を吸い取るような静かな気配をまとっていた。
「リリア殿。あなたの力は、我々だけで扱いきれるものではない。本部が動くのは当然だ」
その声は、私を安心させるように柔らかかった。
けれど、胸の奥のざわめきは止まらない。
「……本部、ですか……」
「そうだ。魔術研究官、軍参謀、魔物対策部隊、隣国の“知”と“力”が集まる場所だ。あなたの力が正式に記録されれば、国境防衛の体制が変わる可能性もある」
私は息を呑んだ。
自分の力が、そんな大きな影響を持つなんて、昨日まで想像すらできなかった。
騎士団長は、私の表情を見て少しだけ微笑んだ。
「報告書には、あなたの力が三つの項目として記されている」
団長は指を折りながら、ゆっくりと続けた。
「一つ。魔力無効化能力。二つ。魔物核破壊能力。三つ。魔力乱れ感知能力」
私はその言葉を聞きながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
どれも、私自身が“ただの感覚”としてしか理解していなかったもの。
それが、今は正式な能力として記録されている。
「……そんな大層なものじゃ……」
「リリア殿。あなたがどう思っていようと、事実は変わらない。あなたの力は、国境防衛にとって極めて重要だ」
騎士団長の声は、いつもより少しだけ強かった。
その強さが、胸の奥に静かに響いた。
伝令兵の姿は、もう見えない。
けれど、封筒は確かに隣国軍本部へ向かっている。
その事実が、私の未来をまた一つ変えようとしていた。
「心配する必要はない。本部はあなたを危険視しない。むしろ、正しく評価するだろう」
騎士団長の言葉は、胸の奥に静かに落ちた。
けれど、同時に、報告書が届いた先で、どんな反応が起きるのか。
それを想像すると、胸が強く震えた。
不安と期待が入り混じった感情が、胸の奥でゆっくりと形を持ち始める。
報告書が本部へ届いたという知らせは、昼過ぎの柔らかな陽光が街を照らし始めた頃だった。
騎士団本部の扉が勢いよく開き、伝令が駆け込んでくる音が響いた。
その瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。
騎士団長は伝令の言葉を聞き終えると、すぐに私を呼び出した。
団長の表情は、いつもの冷静さの中に、わずかな緊張と期待が混じっていた。
「リリア殿。本部が、あなたの力に強い興味を示している」
その言葉は、まるで胸の奥に直接触れられたように響いた。
「……興味、ですか?」
自分の声が少し震えているのが分かった。
昨日まで、誰も興味を示さなかった力。
むしろ、恐れられ、遠ざけられ、追放の理由にされた力。
それが今、隣国の本部で議論されている。
「そうだ」
騎士団長は静かに頷いた。
「魔術研究官たちが、報告書を見て騒ぎ始めたらしい」
団長は、少しだけ苦笑を浮かべた。
「“魔力を概念ごと消す能力など、歴史書にも存在しない”、“魔物の核を破壊できる人間など聞いたことがない”、“本当に王国はこの少女を追放したのか”、本部の者たちは、そう言っているらしい」
私は息を呑んだ。
遠い場所で、私の名前が呼ばれている。
私の力が、知らない人たちの間で議論されている。
それが、信じられないほど不思議で、胸の奥が熱くなる。
騎士団長は続けた。
「本部は、あなたの力を“未知の魔術現象”として扱うつもりだ。魔術体系に当てはまらない力、そう判断したようだ」
未知の魔術現象。
その言葉は、私の胸の奥に深く沈んだ。
自分では理解できない力。
けれど、それを“未知の現象”として扱う人たちがいる。
それは、私の力が“恐怖”ではなく“研究対象”として見られているということだった。
「近いうちに、追加の調査隊が派遣されるだろう」
胸の奥が強く震えた。
「……追加の調査……」
「心配はいらない」
騎士団長は、いつもより柔らかい声で言った。
「あなたを危険視するためではない。あなたの力を正しく理解するためだ。本部は、あなたの力を“国境防衛の鍵”になり得るものとして見ている」
その言葉は、胸の奥に静かに広がった。
不安と期待が入り混じった感情が、胸の奥でゆっくりと形を持ち始める。
騎士団長は、私の目をまっすぐ見つめた。
「リリア殿。あなたの力は、国境防衛にとって極めて重要だ。本部が動くのは、あなたを“必要な存在”として扱う証だ」
必要な存在、その言葉は、胸の奥に深く落ちた。
王国では、一度も言われなかった言葉。
むしろ、私の力は“危険”と断じられ、追放の理由にされた。
けれど今、隣国の本部は、私の力を“未知の現象”として研究しようとしている。
“国境防衛の鍵”として扱おうとしている。
胸の奥が熱くなる。
私は静かに息を吸った。
――私の力が、誰かの役に立つかもしれない。
その思いは、昨日よりもずっと強くなっていた。
騎士団長は、私の表情を見て、少しだけ微笑んだ。
「追加調査隊が来れば、あなたの力はさらに理解されるだろう。そして、本部の判断は、あなたの未来を大きく変えるはずだ」
私はその言葉を胸に刻んだ。
遠い場所で、私の力が議論されている。
その議論は、やがて隣国の上層部へ届く。
そして、私の未来を確実に変えていく。
胸の奥で、静かに灯が揺れた。
その灯は、昨日までの私が持っていなかったもの。
“期待”という名の灯だった。
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