第24話 魔法検証と騎士団長の確信
胸の奥で膨れ上がったその思いは、もう抑えられないほど強くなっていた。
けれど、私が一歩踏み出すより早く、街の外へ向かったはずの騎士団長が戻ってきた。
その姿は、まるで風を切って戻ってきたかのように迷いがなかった。
鎧に傷はなく、息も乱れていない。
ただ、その瞳だけが、先ほどよりもずっと鋭く、強い光を宿していた。
「リリア殿。魔力の乱れは“一時的”に収まった。だが……あなたの力を、さらに深く理解する必要がある」
その声は、戦場の緊張を含みながらも、私を気遣う優しさを失っていなかった。
私は胸の奥のざわめきを押し込みながら、静かに頷いた。
「……どうすればいいですか?」
騎士団長は周囲の騎士たちへ合図を送った。
騎士たちはすぐに距離を取り、街の中央に広い空間が作られる。
まるで、私と騎士団長のために用意された舞台のようだった。
騎士団長は私へ向き直り、真剣な目で言った。
「昨日は一つの魔法だけだった。だが、魔物は属性によって性質が異なる。あなたの力がどの属性にどう反応するのか、それを知りたい」
私は息を呑んだ。
昨日の検証だけでも十分驚かれたのに、今日はさらに深い検証をするというのだ。
騎士団長は掌をゆっくりと上げた。
その動きだけで、空気が震えた。
まずは、火。
掌の上に、小さな炎が灯る。
赤い光が揺れ、熱が空気を震わせる。
私はゆっくりと手を伸ばした。
指先が炎に触れた瞬間、炎は、音もなく霧のようにほどけて消えた。
熱も、光も、残滓すら残らない。
騎士たちが息を呑む。
「……火属性も消えた……」
「残滓がない……完全消失だ……」
騎士団長は表情を変えず、次の魔法を展開した。
水。
掌の上に、透明な水球が生まれる。
光を反射し、ゆらゆらと揺れている。
私はそっと指先を触れた。
水球は、触れた瞬間に形を失い、霧のように消えた。
濡れた感触すら残らない。
騎士たちがざわめく。
「水も……消えた……」
「触れた瞬間に……?」
「やっぱり本物だ……この力……」
騎士団長は続けて、風属性の魔法を展開した。
掌の上に小さな旋風が生まれ、空気が渦を巻く。
私は指先を伸ばした。
風は、触れた瞬間に渦を失い、ただの静かな空気へ戻った。
騎士たちがさらにざわめく。
「風属性も……」
「全部……消えていく……」
騎士団長は、次の魔法を展開する前に、私をじっと見つめた。
その瞳は、驚きではなく、確信へ近づく光だった。
「リリア殿。あなたの力は……属性に左右されないようだ」
私は息を呑んだ。
騎士団長は続けて、光属性の魔法を展開した。
眩い光が掌の上に集まり、白い輝きが広がる。
私はそっと手を伸ばした。
光は、触れた瞬間にふっと消えた。
影すら残さず。
騎士たちが声を失う。
「光まで……」
「全部……消える……」
「魔力の残滓が……本当にない……」
騎士団長は最後に、もっとも危険とされる属性、闇を展開した。
掌の上に黒い霧が集まり、空気が重く沈む。
私は少しだけ息を吸い、指先を伸ばした。
闇は、触れた瞬間に霧がほどけ、黒い影が空気に溶けるように消えた。
完全消失。
騎士たちが一斉に息を呑む。
「闇属性まで……」
「こんな力……あり得ない……」
「王国は……本当にこの少女を追放したのか……?」
私は胸の奥が震えるのを感じた。
昨日よりも、騎士たちの反応は大きい。
騎士団長の言葉が、彼らの理解を一段階押し上げたのだ。
騎士団長は、消えた闇の残滓があったはずの空間を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……魔力の流れが跡形もない。消滅ではなく、無効化……いや、概念の破壊に近い」
その声は、確信を深めた者の声だった。
私は騎士団長の横顔を見つめた。
その表情は驚愕ではなく、理解へ近づく者の表情だった。
そして、騎士団長はゆっくりと私へ向き直った。
その瞳には、昨日よりも強い光が宿っていた。
「リリア殿。あなたの力は、危険ではない」
その言葉は、胸の奥に深く落ちた。
まるで、長い間閉ざされていた扉が、静かに開き始めたような感覚だった。
私は息を吸い、胸の奥の熱を確かめるように手を当てた。
――危険じゃない。私は、誰かを傷つける存在じゃない。
その事実が、ゆっくりと、しかし確実に私の心を満たしていく。
騎士団長は私の反応を見守るように、少しだけ表情を緩めた。
けれど、その瞳にはまだ強い光が宿っている。
「むしろ……あなたの力は、極めて安定している。暴走の兆候もない。魔力の流れを乱すこともない。ただ“触れた魔力を無効化する”だけだ」
騎士たちがざわめく。
「やっぱり……昨日のは偶然じゃなかったんだな……」
「全部の属性が消えるなんて……」
「こんな力、王国はどうして恐れたんだ……?」
その声は、恐怖ではなく驚きと誇りの混じったものだった。
街の人々も、遠巻きに見ながら息を呑んでいる。
騎士団長は一歩、私へ近づいた。
その距離は、昨日よりもずっと近い。
「リリア殿。あなたの力は、魔物の核を破壊する。魔力そのものを消す力は、魔物の発生を抑える可能性がある。これは……国境防衛にとって計り知れない価値だ」
私は胸の奥が強く震えるのを感じた。
――価値。必要とされている。
その言葉は、王国では一度も言われなかった。
騎士団長は続けた。
「あなたを危険視した王国の判断は、誤りだ。あなたは危険ではなく、必要な存在だ」
その言葉は、私の心を一瞬で熱くした。
街の人々がざわめく。
「必要な……存在……?」
「リリア様が……?」
「王国が追放した少女が……国境の希望に……?」
騎士たちも驚きながら、どこか誇らしげに私を見ていた。
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
昨日まで、私はただの“追放された少女”だった。
けれど今、隣国の騎士団長が私を“必要な存在”と呼んでいる。
その響きは、私の心を確かに変えつつあった。
騎士団長はさらに言葉を続けた。
「リリア殿。あなたは魔力の流れそのものを“読み取っている”。魔物の気配をいち早く察知できる者など、他にいない。その力を正しく理解し、活かすのが我々の役目だ」
私は息を呑んだ。
――魔力の乱れを感じ取れる。魔物の発生を予兆として察知できる。
昨日から胸の奥でざわめいていた感覚が、ただの“偶然”ではなかったことを理解した。
騎士団長は私の肩に手を置いた。
その手は、戦場へ向かう者の手とは思えないほど優しかった。
「リリア殿。あなたはもう孤独ではない。我々はあなたの力を恐れず、拒まず、正しく理解する。そして、その力が望む形で輝けるよう、共に歩む。それが、この国境を守るための、我々の誓いだ」
胸の奥が熱く震えた。
私はゆっくりと頷いた。
「……私も……守りたいです。この街を……あなたたちを……」
騎士団長は静かに微笑んだ。
「その意思があれば十分だ。あなたは危険ではなく、必要な存在だ。それを証明するの、この検証だ」
騎士たちが一斉に胸に手を当て、騎士団長へ敬礼した。
その光景は、昨日とは比べ物にならないほど力強かった。
街の人々も、恐怖ではなく期待の目で私を見ている。
私は胸の奥に灯った熱を確かめるように、そっと息を吸った。
――私は、必要な存在なんだ。
その事実が、私の未来を確実に変え始めていた。
そして、この後、騎士団長の“確信”はさらに強くなる。
私の力が、ただの“魔法を消す力”ではないことが、街の人々にも、騎士団にも、はっきりと示されることになる。
それは、まだ誰も知らない“次の証明”だった。
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