第23話 リリアの力、再び示される瞬間
騎士団長の言葉が胸の奥に残ったまま、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
街の人々は騎士団の指示で動き始め、騎士たちは魔力の乱れを調べるために散っていく。
その中で、隣国騎士団長は私の方へゆっくりと歩み寄ってきた。
「リリア殿。昨日の検証で、あなたの力が“魔法を消す”ことは確認できた。だが……私自身の目で、もう一度確かめたい」
その声は、疑いではなく、“確信を深めたい者の声”だった。
私は少しだけ息を吸い、静かに頷いた。
「……分かりました」
騎士団長は手を上げると、周囲の騎士たちが自然と距離を取った。
街の中央に、ぽっかりと空間が生まれる。
その中心に私と騎士団長が向かい合う形になった。
騎士団長は、掌の上に淡い魔力を集め始めた。
昨日のような大きな魔法ではない。
けれど、隣国の騎士団長が使う魔力は、王国の騎士とは比べ物にならないほど精密で濃い。
空気が震えた。
魔力が形を成し、光が揺らめく。
小規模な魔法、それでも、私の指先に触れればどうなるかは分かっている。
騎士団長は静かに言った。
「恐れる必要はない。昨日と同じく、危険はない」
私はゆっくりと手を伸ばした。
指先が魔力の光へ近づくにつれ、胸の奥が少しだけざわつく。
――また、消えてしまうのだろうか。
魔力の光が、私の指先に触れた瞬間。
光が、霧のようにほどけて消えた。
音もなく、ただ静かに。
まるで最初から存在しなかったかのように。
騎士たちが一斉に息を呑む。
「……消えた……」
「昨日と同じだ……」
「魔法が……触れただけで……?」
騎士団長は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「……やはり、完全消失だ」
その声は、確信を深めた者の声だった。
騎士団長は魔力の残滓が消えた空間を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「魔力の流れが……跡形もない。消滅ではなく、無効化……いや、概念の破壊に近い」
騎士たちがざわめく。
「概念の……破壊?」
「そんな力、聞いたことがない……」
「王国は……本当にこの少女を追放したのか……?」
私は胸の奥が少しだけ震えた。
昨日よりも、騎士たちの反応が大きい。
騎士団長の言葉が、彼らの理解を一段階押し上げたのだ。
騎士団長は私へ向き直り、真剣な目で言った。
「リリア殿。あなたの力は、魔物の発生を抑える可能性がある。魔力そのものを消す力は、魔物の核を破壊するのと同じだ」
その言葉は、胸の奥に深く落ちた。
私はただ魔物を消しただけだと思っていた。
けれど、それは魔物の“核”を壊していたのだ。
騎士団長は続けた。
「あなたの力は、国境防衛にとって計り知れない価値を持つ。王国がどう扱ったかは関係ない。我々は、あなたを必要としている」
その言葉は、昨日よりも強い響きを持っていた。
私は静かに息を吸った。
――外の世界が、私を認めている。
その事実が、胸の奥に静かに広がっていく。
騎士団長はさらに魔力を集めようとした。
次の検証のために。
その瞬間、街の外から騎士が駆け込んできた。
「団長!国境付近で魔力の乱れが急激に拡大しています!魔物の発生の兆候が!」
街の空気が一気に緊張した。
騎士団長は魔力を収め、私へ向き直った。
「リリア殿。あなたの力が必要になるかもしれない。だが、まずは我々が状況を確認する」
その声は、私を戦力として扱うのではなく、“守るべき存在”として扱っている証だった。
私は静かに頷いた。
「……分かりました」
騎士団長は深く頷き、騎士たちへ指示を出した。
「国境へ向かう。リリア殿は街で待機だ。絶対に危険な場所へは近づけるな」
騎士たちが一斉に動き出す。
騎士団長は最後に、まるで誓いのように言った。
「リリア殿。あなたは、この国境の希望だ」
その言葉は、胸の奥に深く沈み、静かに波紋を広げた。
昨日まで、私はただ“魔物を消した少女”と呼ばれていただけだった。
けれど今、隣国の騎士団長が私を“希望”と呼んでいる。
その響きは、私の心を確かに変えつつあった。
騎士団長は私から視線を外し、周囲の騎士たちへ鋭く指示を飛ばした。
その声は、戦場を知る者の声であり、同時に街を守る者の声でもあった。
「国境付近の魔力の乱れは小規模だが、油断はできない。第一部隊はすぐに現地へ向かえ。第二部隊は街の防衛を強化しろ。住民の避難経路も確認しておけ」
騎士たちが一斉に動き出す。
その動きは統率され、迷いがなく、王国の騎士とは違う“覚悟”があった。
私はその様子を見ながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
騎士団長の言葉が、まだ心の中で響いている。
希望。
私は、本当にそんな存在になれるのだろうか。
騎士団長が再び私の方へ向き直った。
その目は、昨日よりもずっと強い光を宿していた。
「リリア殿。あなたの力は、魔物の核を破壊する。魔力そのものを消す力は、魔物の発生を抑える可能性がある。我々はその可能性を見逃さない」
私は息を呑んだ。
魔物を消しただけだと思っていた。
けれど、それは魔物の“核”を壊していたのだ。
騎士団長は続けた。
「あなたを戦わせるつもりはない。だが、あなたの力が魔物の発生源にどう影響するか、それを知る必要がある。あなたの存在が、魔力の乱れを抑えるかもしれない」
その言葉は、胸の奥に静かに落ちた。
私の力が、ただの“消す力”ではなく、“守る力”になるかもしれない。
そのときだった。
街の外から、騎士が駆け込んできた。
息を切らし、顔には緊張が浮かんでいる。
「団長!国境付近の魔力の乱れが……さらに拡大しています!魔物の発生の兆候が複数確認されました!」
街の空気が一気に張り詰めた。
人々が息を呑み、騎士たちが武器に手をかける。
騎士団長は即座に判断した。
「全隊、警戒態勢を取れ!国境へ向かう部隊は急げ!街の防衛は第二部隊が担当する!」
その声は、街全体を震わせるほど強かった。
騎士団長は私へ向き直り、その目には揺るぎない決意が宿っていた。
「リリア殿。あなたの力が必要になるかもしれない。だが、今はまだ危険だ。まずは我々が状況を確認する。あなたは街で待機してほしい」
私は驚いた。
「……私も行った方がいいですか?」
騎士団長は首を振った。
「あなたを危険な場所へ連れていくつもりはない。あなたの力は強大だが、魔物の発生源がどのようなものか分からない。まずは我々が状況を把握する」
その言葉は、私を戦力として扱うのではなく、“守るべき存在”として扱っている証だった。
街の人々もその言葉に反応した。
「リリア様を危険な場所に行かせないなんて……」
「王国とは違う……」
「本当に守ってくれてるんだ……」
その声は、私の胸に静かに響いた。
騎士団長は私を見つめたまま、しばらく言葉を選んでいるようだった。
その瞳には、昨日まで感じた“評価”や“興味”ではなく、もっと別の色が宿っていた。
覚悟とも、決意とも違う。
それは、“信頼”だった。
「リリア殿。あなたの力は、我々が想像していた以上に大きい。だが、それ以上に……あなた自身が、この状況に立ち向かおうとしていることを、私は尊重したい」
胸の奥が、ふっと熱くなる。
騎士団長は続けた。
「力だけを見て判断する者もいる。だが私は、あなたの選ぼうとしている道を見たい。あなたがどう生きたいのか、それを、我々は支えたい」
その言葉は、王国で一度も言われなかった種類の言葉だった。
私の力ではなく、私自身を見てくれている。
その事実が、胸の奥に静かに広がっていく。
騎士団長はゆっくりと片膝をつき、
私と同じ目線の高さになった。
「リリア殿。あなたが望むなら、我々はあなたの隣に立つ。あなたが望まないなら、無理に力を使わせることはしない。ただ、あなたが歩む道を、守らせてほしい」
街の人々が息を呑む気配がした。
騎士たちも驚いている。
隣国の騎士団長が、ひとりの少女に膝をつくなど、前例がないのだろう。
私は胸の奥が震えるのを感じた。
恐怖ではない。
期待でもない。
――救われたような感覚だった。
「……私は……」
声が震えた。
けれど、逃げるような震えではなかった。
「私は……この街を守りたいです。魔物が来るなら、消します。でも……一人では怖い。だから……あなたたちが隣にいてくれるなら……」
騎士団長は静かに頷いた。
「もちろんだ。あなたは一人ではない。我々が共に立つ」
その言葉は、誓いではなく、約束だった。
強制でも、義務でもない。
ただ、私の意思を受け止めたうえでの“共に歩む”という約束。
騎士団長は立ち上がり、周囲の騎士たちへ向けて声を張った。
「聞け!リリア殿は我々と共に歩むことを選んだ!彼女は戦力ではない。守るべき仲間だ。その意思を尊重し、全力で支えろ!」
騎士たちが一斉に胸に手を当て、騎士団長へ敬礼した。
その光景を見て、胸の奥が熱く震えた。
私は、もう追放された少女ではない。
ただの“魔物を消す存在”でもない。
――誰かと共に歩むことを許された存在なのだ。
騎士団長は最後に、静かに私へ言った。
「リリア殿。これから先、どんな困難があろうとも……あなたの選んだ道を、我々が守る」
その言葉は、私の未来を確実に変える“始まり”だった。
胸の奥に、静かに、しかし確かに灯がともる。
守られるという感覚を、私は今まで知らなかった。
その灯は、私の中でゆっくりと広がっていった。
騎士団長は私の返事を待つように、少しだけ視線を落とした。
その瞳には、ただの義務ではなく、私という存在を受け止めようとする意志が宿っていた。
私はゆっくりと頷いた。
「……お願いします」
騎士団長は深く頷き、私の言葉を確かに受け止めた。
その表情には、揺るぎない決意が宿っていた。
けれど、その決意の奥に、わずかな緊張が混じっていることに私は気づいた。
魔力の揺らぎが、遠くからかすかに届いていたからだ。
騎士団長はその揺らぎを感じ取ったのか、すぐに周囲の騎士へ指示を出した。
「魔力の乱れが国境側で拡大している。先程伝えた通りだ。第一部隊はすぐに現地へ向かえ。第二部隊は街の防衛を強化しろ。住民の避難経路も確認しておけ」
騎士たちが一斉に動き出す。
その動きは迷いがなく、訓練された者のそれだった。
騎士団長は私へ向き直り、静かに言った。
「リリア殿。あなたはここで待機してほしい。魔力の乱れがどれほど危険か、まだ分からない。あなたを前線に立たせるわけにはいかない」
その声は強かった。
けれど、拒絶ではなく、“守るための強さ”だった。
私は少しだけ息を吸い、胸の奥のざわめきを押し込めるように頷いた。
「……分かりました」
騎士団長は満足そうに頷き、部隊を率いて街の外へ向かった。
その背中は、昨日よりもずっと大きく見えた。
騎士団長が部隊を率いて街の外へ向かい、私は街の中央に残された。
騎士たちが周囲を警戒し、街の人々が不安そうに空を見上げる中、私は初めて“誰かに守られている”という感覚を知った。
その感覚は、胸の奥をじんわりと温めた。
王国では、私の力を恐れ、距離を置かれ、最後には居場所を奪われた。
けれど今、隣国の騎士団は私を守ろうとしている。
力ではなく、私自身を。
そして、胸の奥で静かに燃えるものがあった。
――私も、この街を守りたい。
その思いが、確かな形を持ち始めていた。
護衛の騎士が私のそばへ歩み寄り、丁寧に頭を下げた。
「リリア様。団長より伝達です。魔力の乱れが拡大しているため、あなたは街の中央で待機を。決して街の外へは出ないように、とのことです。我々が必ず守りますので、どうか安心してお待ちください」
その声は硬いが、どこか私を気遣う色が混じっていた。
私は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
けれど、胸の奥では別の感情が渦巻いていた。
国境の方向から、かすかな魔力の揺らぎが届いている。
それは、昨日の魔物の群れのときに感じた“あのざわめき”に似ていた。
遠くで、何かが起きている。
私は空を見上げた。
薄い雲が流れ、風が街を撫でていく。
その風の中に、ほんのわずかに魔力のざわめきが混じっている。
胸の奥が強く震えた。
――騎士団長。どうか無事で。
私は静かに祈りながら、
騎士たちの背中を見つめ続けた。
そして、この後、私の力は、街の人々と騎士団を再び驚かせることになる。
それは、まだ誰も知らない“新しい証明”だった。
胸の奥でざわめく魔力の気配は、まるで私を呼ぶように震えている。
騎士団長が向かった先で起きている何かが、私の力と、私自身の選んだ道を試そうとしていた。
私はそっと胸に手を当てた。
――行かなきゃ。
その思いが、もう抑えられないほど強くなっていた。
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