第22話 騎士団長、リリアの存在を知る
騎士団長の言葉が落ちた瞬間、街の空気がまるで別のものに変わった。
昨日まで、私はただ“魔物を消した少女”だった。
けれど今、隣国の騎士団長が私を“希望”と呼んだ。
その響きは、胸の奥に静かに、しかし確かに広がっていく。
私は返事をしようとして、けれど、言葉がうまく出てこなかった。
──協力する?私は何をすればいい?
魔力を消す力は、自分でも説明できない。
ただ触れれば消える。それだけだ。
そんな私が、国境の希望になれるのだろうか。
騎士団長は、私の沈黙を責めることなく、むしろ優しく言葉を重ねた。
「急ぐつもりはない。あなたの力は特殊だ。理解するには時間が必要だろう」
その声は、昨日の厳しい印象とは違い、どこか温かさを含んでいた。
騎士団長は周囲の騎士たちへ指示を出した。
「街の魔力痕跡をすべて調べろ。魔物の残滓がどれほど残っているか確認する。そして、リリア殿の周囲の魔力の状態を記録しろ」
騎士たちが一斉に動き出す。
私は驚いて騎士団長を見た。
「……私の周囲を、調べるんですか?」
「もちろんだ。魔力が“消える”という現象は、我々の国でも前例がない。あなたの力がどのように働いているのか、理解する必要がある」
騎士団長は、まるで研究者のような目をしていた。
昨日の検証で魔法が消えたことだけでは満足していない。
もっと深く、もっと正確に、私の力の本質を知ろうとしている。
騎士団の一人が、魔力測定器のような道具を取り出した。
隣国独自の魔力解析装置らしく、
王国では見たことのない形をしている。
「リリア様、少しだけ近くに立っていただけますか?」
「……はい」
私は言われるままに立つ。
騎士が装置を起動すると、淡い光が私の周囲を包んだ。
その瞬間、装置の光が、ふっと消えた。
騎士が慌てて装置を確認する。
「えっ……?魔力反応が……ゼロ……?」
「いや、ゼロじゃない……“測定不能”だ……?」
「魔力が……消えている……?」
騎士団長が装置を覗き込み、眉をひそめた。
「……魔力が消えるだけではなく、魔力測定そのものを無効化している……?」
騎士たちがざわめく。
「そんな現象、聞いたことがない……」
「魔力を消すだけじゃなく、魔力の“概念”そのものを壊している……?」
「王国は……こんな力を追放したのか……?」
その言葉に、街の人々が息を呑んだ。
「追放した……?」
「王太子は……何を考えているんだ……?」
「隣国の騎士団長が“希望”と言っている力を……?」
騎士団長は静かに言った。
「王国の判断は……理解できないな」
その一言は、街の空気を完全に変えた。
王国の判断への疑念が、隣国という“外部”から明確に示された瞬間だった。
私は胸の奥がざわつくのを感じた。
騎士団長は私へ向き直り、真剣な目で言った。
「リリア殿。あなたの力は、魔物の異常発生が続く今、国境防衛にとって極めて重要だ。我々はあなたを危険視しない。むしろ、守るべき存在だと考えている」
守るべき存在。
その言葉は、私の胸に深く落ちた。
王国では、私は“危険”と言われた。
“制御できない”と言われた。
“追放すべき”と言われた。
けれど今、隣国の騎士団長は、私を“守るべき存在”と言っている。
胸の奥が熱くなる。
騎士団長は続けた。
「あなたの力を理解するために、しばらく我々と行動を共にしてほしい。もちろん、強制はしない。あなたの意思を尊重する」
その言葉は、昨日の“協力してほしい”とは違う重みを持っていた。
私は静かに息を吸った。
――外の世界が、私を認め始めている。
その事実が、胸の奥に静かに広がっていく。
騎士団長は最後に、まるで誓いのように言った。
「リリア殿。あなたの力は、王国が捨てたものではない。我々が、正しく扱う」
その言葉は、胸の奥に静かに沈んでいった。
沈んだあと、じわりと広がるような温かさがあった。
まるで、ずっと冷たい水の中にいた心が、ようやく陽の光に触れたような感覚だった。
私は返事をしようとして、けれど、喉が震えて言葉にならなかった。
騎士団長は、そんな私を急かさなかった。
ただ、静かに待ってくれていた。
その沈黙が、逆に安心を与えてくれる。
街の人々は、騎士団長の言葉を聞いてざわめき始めた。
「正しく扱う……?」
「王国じゃなくて、隣国が……?」
「リリア様を守るって言ってる……」
その声は、私の耳に届くたびに胸の奥を揺らした。
王国では、私は“扱いきれない存在”と決めつけられた。
誰も私の力を理解しようとせず、ただ距離を置かれた。
最後には、王城にいる資格すらないと告げられた。
けれど今、隣国の騎士団長は、私を“守るべき存在”と言っている。
その違いが、胸の奥をじんわりと温めた。
騎士団長は街の様子を見渡し、静かに言った。
「この街は、魔物の襲撃を受けながらもよく耐えた。だが、まだ終わりではない。魔力の乱れは収まっていない。次の発生がいつ起きてもおかしくない」
その言葉に、街の人々が息を呑む。
「また魔物が……?」
「そんな……」
「リリア様がいなかったら……」
騎士団長は私へ向き直った。
「リリア殿。あなたの力は、魔物の発生源を探る手がかりになる可能性がある。我々はあなたを戦わせたいわけではない。ただ、あなたの存在が“魔力の乱れにどう影響しているか”を知りたい」
私は驚いた。
「……私が、魔物の発生源を……?」
「可能性の話だ。あなたの力は、魔力の流れを変えている。魔物が消えるだけではない。魔力そのものが、あなたの周囲で異常な動きをしている」
騎士団長の声は真剣だった。
昨日の検証で魔法が消えたことだけではなく、街全体の魔力の流れを見て、私の力が“ただの消失”ではないと理解したのだ。
「あなたの力は、魔物の発生を抑える可能性がある。もしそうなら、あなたは国境の防衛にとって、計り知れない価値を持つ」
街の人々が息を呑む。
「リリア様が……魔物を抑える……?」
「そんなことができるの……?」
「隣国の騎士団長が言うなら、本当なんだろう……」
私は胸の奥がざわつくのを感じた。
自分の力が、そんな大きな意味を持つなんて思っていなかった。
騎士団長は続けた。
「あなたを危険な場所へ連れていくつもりはない。まずは街の中で、魔力の流れを観察する。あなたが動くことで、魔力がどう変化するか、それを知りたい」
私は少し考えてから、静かに頷いた。
「……分かりました。私にできることがあるなら、協力します」
騎士団長は深く頷いた。
その表情には確かな安堵が浮かんでいた。
「感謝する、リリア殿。あなたの力は、この国境を救う」
その言葉は、胸に静かに刻まれた。
騎士団長は街の地図を広げ、騎士たちへ指示を出した。
「リリア殿の移動経路を記録する。魔力の乱れがどう変化するか、街全体で観察する。住民には危険がないよう、周囲の警備を強化しろ」
騎士たちが一斉に動き出す。
街の人々もその様子を見て、私の周囲に自然と距離を置きながらも、どこか期待するような目で見ていた。
「リリア様が歩くだけで、魔力が変わるの……?」
「そんな力、聞いたことない……」
「でも、魔物が消えたのは本当だし……」
私は胸の奥が少しだけ震えた。
自分の力が、こんなふうに扱われる日が来るなんて思っていなかった。
騎士団長は最後に、まるで誓いのように言った。
「リリア殿。あなたは、もう一人ではない。我々が必ず守る。そして、あなたの力を正しく理解する」
その言葉は、私の未来を確実に変える予兆だった。
私はゆっくりと頷いた。
「……お願いします」
騎士団長は深く頷き、その表情には確かな決意が宿っていた。
「これより、あなたと共に街を巡る。魔力の流れを見極めるためだ。リリア殿、あなたの一歩が、この街を救う」
その言葉に、胸の奥が熱く震えた。
私は静かに息を吸い、騎士団長の後を歩き始めた。
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