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第21話 隣国騎士団、国境へ到着

 魔物の群れが消えてから数日。

街はようやく落ち着きを取り戻しつつあったが、その静けさはどこか不自然で、まるで嵐の後の海のように、底の方でまだ波がうねっているような気配があった。


 魔力の乱れは完全には消えていない。

空気の端々に、細いひびのような揺らぎが走る。

それは、魔物の異常発生が一時的なものではないことを示していた。


 私は街の復興を手伝っていた。

壊れた家の壁を直したり、倒れた荷車を起こしたり、魔物の残滓が残っている場所を避けながら、人々と一緒に街を元の姿へ戻そうとしていた。


「リリア様、こっちの荷物、少し持っていただけますか?」


「はい、もちろん」


 街の人々は、私に対して遠慮がなくなっていた。

以前は「追放された子」という扱いだったのに、今では「街を救った子」として自然に声をかけてくれる。


 その変化が、少しだけ胸を温かくした。


 そんなときだった。


 街の門番が、息を切らして走ってきた。


「リリア様!大変です!隣国の……隣国の騎士団が……!」


 その声は、街の空気を一瞬で張り詰めさせた。


 周囲の人々が作業の手を止め、門番の言葉に耳を傾ける。


「隣国の……騎士団?」


 私は思わず聞き返した。


 門番は大きく頷き、続けた。


「はい!国境付近の街に、隣国の討伐隊が正式に派遣されたそうです!魔物の異常発生が続いているから、王国の防衛が崩れていると判断したらしく……!」


 その言葉は、街の人々の間にざわめきを生んだ。


「隣国が……?」


「そんな……本当に?」


「王国より早く動いてくれたのか……?」


「いや、王国は何もしてないからな……」


 人々の声は、期待と不安が入り混じっていた。


 隣国は王国と同盟関係にあるが、魔物の異常発生が続けば、国境の安全を守るために動くのは当然だ。


 ただ、王国より先に隣国が動いたという事実は、街の人々の心に複雑な感情を生んでいた。


 私は胸の奥に小さな緊張を覚えながら、門へ向かった。

街の人々も騎士たちも、私の後に続く。


 門の外には、整然と並んだ騎士団がいた。


 鎧は王国のものより重厚で、魔力を帯びた紋章が刻まれている。

その紋章は、隣国の象徴、「魔力と剣の均衡」を表す双翼の盾。


 騎士団の中心に立つ人物、騎士団長と思われる男は、鋭い眼光で周囲を見渡していた。


 その視線は、ただの調査ではなく、“国境の安全を守る者の責任”を背負った者の目だった。


「この街で魔物の異常発生があったと聞いた」


 騎士団長の声は低く、よく通る。

街の人々がざわめき、私の方へ視線を向けた。


 騎士団長は続けた。


「そして……一人の少女がそれを鎮めたとも」


 その言葉に、街の空気が一瞬止まった。


 私は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。

騎士団長の視線が、ゆっくりと私へ向けられる。


 その目は、ただの興味ではなく、“何かを見極めようとする者の目”だった。


「あなたが……リリア殿か?」


 私は静かに頷いた。


 騎士団長は私をじっと見つめた。

その視線は、まるで私の魔力の奥底まで覗き込むようだった。


「魔物の群れを消したと聞いた。それは……本当なのか?」


 私は少しだけ息を吸い、答えた。


「……はい。魔物の魔力に触れると、消えてしまうんです」


 騎士団長の眉がわずかに動いた。

驚きというより、確信に近い反応だった。


「魔力を……消す?」


 その言葉は、騎士団の中にざわめきを生んだ。


「魔力消失……?」


「そんな能力、聞いたことがない……」


「本当に……?」


 騎士団長は手を上げ、騎士たちを静めた。


 そして、ゆっくりと私へ歩み寄った。


「……詳しく調べさせてもらってもいいか?」


 その声は、ただの好奇心ではなく、“国を守るために必要な情報を求める者の声”だった。


 私は静かに頷いた。


 ここから、私の運命がまた大きく動き始める、そんな予感が胸の奥に広がっていた。











 騎士団長が私へ歩み寄ってくると、周囲の空気がさらに張り詰めた。

街の人々も、王国の騎士たちも、息を呑んでその様子を見守っている。

隣国の騎士団は、王国の騎士よりもずっと規律が厳しく、その一挙手一投足に威圧感があった。


 けれど、騎士団長の目は威圧ではなく、“見極めようとする者の目”だった。


「魔力を消す……そう言ったな」


 低く、よく通る声。

その声は、街の石畳に響き、空気を震わせた。


 私は静かに頷いた。


「はい。魔物の魔力に触れると……消えてしまうんです」


 騎士団長はしばらく私を見つめた。

その視線は、まるで私の奥底にある何かを探るようだった。

魔力の流れ、気配、呼吸、すべてを観察しているような鋭さがあった。


「……試させてもらってもいいか?」


 その言葉は、街の人々をざわつかせた。


「試すって……」


「リリア様に何をするつもりだ?」


「隣国の騎士団は、王国より厳しいからな……」


不安の声が広がる。

けれど、騎士団長の表情には敵意はなかった。


 私は静かに答えた。


「……はい。大丈夫です」


 騎士団長はわずかに頷き、手を上げた。

その瞬間、騎士団の一人が前へ進み出て、魔法陣を展開した。


 空気が震えた。


 魔力が集まり、光が形を成す。

王国の騎士が使う魔法とは比べ物にならないほど精密で、魔力の密度が高い。


 街の人々が息を呑む。


「……すごい魔力だ……」


「隣国の騎士って、こんなに強いのか……」


「リリア様、大丈夫かな……」


 私はその光を見つめた。

魔力の流れが、私の指先に触れようとしている。


 騎士団長が言った。


「危険はない。ただ、あなたの力を確かめたいだけだ」


 その声は、嘘を含まない、真っ直ぐな声だった。


 私は手を伸ばした。


 指先が魔力に触れた瞬間、光が、霧のようにほどけて消えた。


 音もなく、ただ静かに消滅する。


 魔法陣が一瞬で崩壊し、魔力の残滓が風に溶けて消えていく。


 街の人々が息を呑んだ。


「……消えた……」


「魔法が……触れただけで……?」


「こんな現象、見たことがない……!」


 騎士団もざわめいた。


「魔力が……完全に消失した……」


「残滓すら残らない……」


「本当に……魔力を消している……?」


 騎士団長は目を見開き、そしてゆっくりと息を吐いた。


「……なるほど」


 その声は、驚愕ではなく、“確信”だった。


 騎士団長はさらに魔法を展開した。

今度は火の魔法。

赤い光が揺れ、熱が空気を震わせる。


 私は手を伸ばした。


 火が指先に触れた瞬間、熱が消え、光がほどけ、炎が霧のように消えた。


 騎士団が再び息を呑む。


「火属性も……」


「完全に消えた……」


「こんな力、聞いたことがない……!」


 騎士団長は次に水、風、光、闇、あらゆる属性魔法を試した。


 すべて、私の指先に触れた瞬間に消えた。


 魔力の残滓すら残らない。

完全消失。


 騎士団長はしばらく沈黙し、そして私をまっすぐ見つめた。


 その目は、もう疑いではなく、“評価”だった。


「……あなたは危険ではない」


 街の人々が息を呑む。


 騎士団長は続けた。


「むしろ、必要な存在だ」


 その言葉は、街の空気を一変させた。


「必要……?」


「隣国の騎士団長が……?」


「リリア様を……?」


 街の人々がざわめく。


 騎士団長はさらに言った。


「魔力を消す力は、魔物の異常発生が続く今、国境防衛にとって極めて重要だ。あなたの力は、王国が捨てるようなものではない」


 その言葉は、王国の判断が誤りだったことを、外部勢力が初めて明確に示した瞬間だった。


 街の人々の視線が、私へ向けられる。


 その目には、誇りと驚き、そして王城への疑念が混じっていた。


 私は静かに息を吸った。


――外の世界が、私を認め始めている。


 その事実が、胸の奥に静かに落ちた。


 騎士団長は私へ一歩近づき、丁寧に頭を下げた。


「リリア殿。あなたの力は、この国境にとって希望だ。どうか……協力してほしい」


 その言葉は、私の未来を大きく動かす予兆だった。

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