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第17話 魔物の群れ、街道を埋め尽くす

 街道へ向かう足を速めるほど、胸の奥のざわつきは強くなった。

魔力の乱れは、普通の人にはただの不快な風にしか感じられない。

けれど、私には“音”として聞こえる。


 空気の奥で、細い糸が擦れ合うような音。

魔力が軋むときにだけ生じる、あの独特の震え。


 その震えが、今は街全体に広がっていた。


 私は外套の裾を握りしめ、街道の入口へ向かう。

近づくほど、空気が重くなる。

まるで、見えない膜が何枚も重なっているような圧迫感。


 魔力が飽和している証拠だ。


 城の障壁が弱まった影響は、こんなにも早く街へ届くのか、その事実が、胸の奥を冷たくした。


 街道の入口に差し掛かったとき、風が突然止まった。

空気がぴたりと静まり返り、世界が一瞬だけ呼吸を忘れたような感覚。


 その静寂の中で、私は聞いた。


――何かが、地面を叩く音。


 遠くから響く、重い衝撃音。

規則性のない、獣の足音。

複数の影が地面を蹴る音が、風に乗って届く。


 私は息を呑んだ。


 街道の先で、黒い影が揺れている。


 最初は、ただの影に見えた。

けれど、目を凝らすと、その影は“動いて”いた。


 黒い霧が地面を這い、木々の根元を包み込む。

霧の中で、何かが蠢いている。


 私は一歩、街道へ踏み出した。


 その瞬間、森の奥で鳥が一斉に飛び立った。

羽ばたきの音が重なり、空気が震える。

鳥たちは、まるで何かから逃げるように、一直線に街の反対側へ飛んでいく。


 胸の奥がひりついた。


――魔物だ。


 魔力の乱れが強くなると、魔物は活性化する。

それは城で何度も記録してきた事実。

障壁が弱まれば、魔物は森から出てくる。


 私は街道を走った。

兵士たちの声が聞こえる。


「魔物だ!構えろ!」


「速い……!」


「こんな動き、聞いたことがない!」


 街道へ飛び出した瞬間、私はその光景を目にした。


 黒い塊が地面を蹴り、兵士へ向かって一直線に走り出す。

その動きは、獣のような滑らかさではなく、魔力が暴走した結果の“歪んだ速さ”。


 魔物の体表が揺れ、形が変わるたびに、剣がすり抜けてしまう。

兵士の攻撃は当たらない。


「なんで当たらないんだ……!」


「魔力が……魔力が暴れてる!魔物の形が保ててない!」


 兵士の叫びが響く。


 私は息を呑んだ。


 魔物の身体が“形を保てない”ということは、魔力が飽和し、魔物自身が魔力に飲まれているということ。


 こんな現象、城の記録でもほとんど見たことがない。


 魔物の一体が商人へ向かって走り出す。

兵士が追いすがるが、魔物の速度が速すぎて追いつけない。


「止まれぇぇぇっ!」


 兵士の叫びは虚しく響く。


 私は街道の端で立ち尽くした。

魔力の乱れが強すぎて、空気がひりつく。

肌の表面が細かい砂をこすりつけられたように痛む。


 魔物の群れは、まだ増えている。


 森の奥で、黒い霧が一気に膨らんだ。

地面が震え、木々が揺れ、鳥たちが最後の悲鳴を上げて飛び去る。


 兵士たちが叫ぶ。


「……嘘だろ……」


 森の奥から、魔物の群れが現れた。


 数十体。

いや、もっとだ。


 黒い影が地面を埋め尽くし、街道へ向かって押し寄せる。

地面が揺れ、空気が震え、魔力の乱れが風となって街道を吹き抜ける。


 私は息を呑んだ。


――これは、街が壊れる。


 兵士たちは絶望していた。

街道の防衛線は、こんな数の魔物を相手にできるようには作られていない。


 街の方角へ向かって、黒い影が押し寄せる。

その勢いは、まるで街そのものを飲み込もうとしているかのようだった。


 私は震える息を吐いた。


 魔力の乱れが強すぎて、魔物の身体が崩れかけている。

その崩れた魔力が、空気に混じって私の肌を刺す。


――このままでは、街が壊れる。


 私は外套の裾を握りしめた。


 魔物の群れは、もうすぐ街へ到達する。

兵士たちだけでは止められない。


 私は一歩、街道へ踏み出した。


 魔力の乱れが、私の周囲だけ静まる。


 魔物の群れが、私の存在に気づいたように動きを止めた。


 黒い影が、私の方へ向かって揺れる。


 私は息を吸った。


――魔力を消す力。私にしかできないこと。


 黒い影が街道を埋め尽くしていく光景は、まるで悪夢のようだった。

けれど、これは夢ではない。

魔力の乱れが生み出した、現実の“災害”だ。


 魔物の群れは、森から溢れ出すように押し寄せてくる。

その数は、もはや数えることすらできない。

黒い影が地面を覆い、街道の土が見えなくなるほどだった。


 地面が揺れた。

魔物たちの足音が重なり、地響きとなって街道を震わせる。

その振動が足元から伝わり、私の膝まで痺れさせる。


 兵士たちは必死に防衛線を張ろうとしていた。

けれど、魔物の数が多すぎる。


「前衛、下がるな!押し返せ!」


「無理だ!数が……数が多すぎる!」


「魔力が狂ってる!攻撃が効かない!」


 叫び声が飛び交い、剣がぶつかる音が響く。

しかし、兵士たちの攻撃はほとんど意味を成していなかった。


 魔物の体表は黒い霧のように揺れ、剣が触れた瞬間に形が崩れ、すり抜けてしまう。


 兵士の一人が叫んだ。


「当たらない!攻撃が通らない!」


「魔力が……魔力が暴れてるからだ!」


 その声は、絶望そのものだった。


 魔物の動きは不自然に速い。

まるで地面を滑るように移動し、兵士の攻撃を避けるというより、“攻撃が魔物に触れられない”のだ。


 魔力が飽和し、魔物の身体が不安定になっている。

そのせいで、物理攻撃が通らない。


 私は息を呑んだ。


――このままでは、本当に街が壊れる。


 魔物の群れは、兵士たちの防衛線を一瞬で突破した。

前衛が崩れ、後衛が押し返される。

兵士たちが倒れ、剣が地面に転がる。


 街道の端では、住民たちが逃げ惑っていた。


「いやだ……来ないで……!」


「誰か助けて!子どもが……!」


「魔物が……魔物が街に来る!」


 悲鳴が響き、混乱が広がる。

人々は荷物を捨て、ただ逃げることだけを考えて走っていた。


 魔物の群れは、街へ向かって一直線に進んでいる。

その勢いは、まるで黒い波が街を飲み込もうとしているかのようだった。


 私は街道の中央に立ち尽くした。

魔力の乱れが強すぎて、空気がひりつく。

肌の表面が細かい砂をこすりつけられたように痛む。


 魔物の群れは、私の存在に気づいたように動きを止めた。

黒い影が揺れ、私の方へ向かって形を変える。


 兵士の一人が私を見て叫んだ。


「危ない!下がれ!」


「魔物が来るぞ!」


 けれど、私は動かなかった。


 魔力の乱れが、私の周囲だけ静まっている。

まるで、魔力そのものが私を避けているようだった。


 魔物の群れが、私の方へ向かって揺れる。

その動きは、獲物を見つけた獣のようでもあり、魔力に引き寄せられた影のようでもあった。


 私は息を吸った。


――魔力を消す力。私にしかできないこと。


 街を守れるのは、もう私しかいない。


 魔物の群れが、私へ向かって一斉に動き出した。


 黒い影が波のように押し寄せる。

その勢いは、兵士たちの防衛線を完全に無視していた。


 私は外套の裾を握りしめ、前へ踏み出した。


 魔力の乱れが、私の周囲だけ静まる。

魔物の体表が揺れ、形が崩れかける。


 兵士たちが叫ぶ。


「魔物が……止まってる?」


「なんだ……あれ……?」


「リリア様……?」


 私は魔物の群れを見据えた。


――ここで止める。止めなければ、街が壊れる。


 魔物の群れが、私へ向かって迫る。


 私は手を伸ばした。


 魔力が、私の指先で静かに消えていく。

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