第18話 リリア、戦場へ
街道を埋め尽くす黒い影を前に、私はしばらく動けなかった。
恐怖ではない。
ただ、あまりにも現実離れした光景に、身体が反応するまで時間がかかったのだ。
魔物の群れは、森から溢れ出すように押し寄せていた。
黒い霧をまとい、形を保てないまま揺れ続ける影。
その数は、もはや数えることすらできない。
地面が揺れ、空気が震え、魔力の乱れが風となって街道を吹き抜ける。
兵士たちの叫びが響く。
「前衛が崩れた!後ろへ下がれ!」
「無理だ!数が多すぎる!」
「魔力が狂ってる!攻撃が効かない!」
その声は、絶望そのものだった。
私は街道の端で立ち尽くしながら、胸の奥のざわつきを抑えようとした。
魔力の乱れが強すぎて、空気がひりつく。
肌の表面が細かい砂をこすりつけられたように痛む。
魔物の群れは、兵士たちの防衛線を一瞬で突破した。
前衛が崩れ、後衛が押し返される。
兵士たちが倒れ、剣が地面に転がる。
街道の端では、住民たちが逃げ惑っていた。
「いやだ……来ないで……!」
「誰か助けて!子どもが……!」
「魔物が……魔物が街に来る!」
悲鳴が響き、混乱が広がる。
人々は荷物を捨て、ただ逃げることだけを考えて走っていた。
私は息を呑んだ。
――このままでは、本当に街が壊れる。
魔物の群れは、街へ向かって一直線に進んでいる。
その勢いは、まるで黒い波が街を飲み込もうとしているかのようだった。
私は街道の中央へ歩み出た。
魔力の乱れが、私の周囲だけ静まる。
魔物たちが、私の存在に気づいたように動きを止めた。
黒い影が揺れ、私の方へ向かって形を変える。
兵士の一人が私を見て叫んだ。
「危ない!下がれ!」
「魔物が来るぞ!」
けれど、私は動かなかった。
魔力の乱れが、私の周囲だけ静まっている。
まるで、魔力そのものが私を避けているようだった。
魔物の群れが、私の方へ向かって揺れる。
その動きは、獲物を見つけた獣のようでもあり、魔力に引き寄せられた影のようでもあった。
私は息を吸った。
――暴れ狂う魔力を鎮められるのは、この手だけ。
街を守れるのは、もう私しかいない。
魔物の一体が、私へ向かって跳ねるように飛びかかってきた。
黒い霧がまとわりつき、形が崩れかけている。
その不安定な輪郭が、私の視界を揺らした。
私は手を伸ばした。
指先が魔物の体表に触れた瞬間、魔物の身体が、霧のようにほどけた。
黒い影が、音もなく消えていく。
霧が風に溶けるように、魔物は跡形もなく消滅した。
私は息を呑んだ。
魔物の魔力が、私の指先で静かに消えていく感覚。
それは、まるで熱い布を水に浸したときのように、ふっと力が抜けるような感触だった。
兵士たちがその光景を目撃し、言葉を失った。
「……え?」
「今……何が……?」
「魔物が……消えた……?」
誰も理解できていない。
私自身も、魔物がここまで簡単に消えるとは思っていなかった。
魔物の群れが、私の方へ向かって揺れる。
その動きは、先ほどまでの狂気じみた速さではなく、怯えた獣のように慎重だった。
私はもう一度、手を伸ばした。
魔物の体表に触れた瞬間、黒い影が霧のようにほどけて消えていく。
兵士たちが息を呑む。
「……今、何をしたんだ?」
その声は、恐怖でも驚愕でもなく、ただ純粋な“理解できない”という感情だった。
私は魔物の群れを見据えた。
――まだ終わっていない。ここからが本番だ。
魔物の一体が霧のように消えた瞬間、街道の空気が一瞬だけ静まり返った。
兵士たちも、逃げ惑っていた住民たちも、誰もがその光景を理解できず、ただ私を見つめていた。
黒い影が、私の指先に触れた瞬間に消える。
そんな現象を見たことがある者など、この国にはいない。
私自身でさえ、ここまで明確に魔物が消えるとは思っていなかった。
魔力を消す力、それは、私が生まれつき持っていた“異質な力”だ。
魔法を無効化する。
魔力を消す。
魔物の核となる魔力を触れただけで消滅させる。
それは、王太子が「危険だ」と言って私を遠ざけた力でもある。
けれど今、この力がなければ街は壊れる。
私はもう一歩前へ進んだ。
魔物の群れが、私の動きに合わせて揺れる。
その揺れは、先ほどまでの狂気じみた速さではなく、怯えた獣のように慎重だった。
魔物は、私を“恐れている”。
魔力を消す存在を、本能で理解しているのだ。
兵士の一人が震える声で言った。
「……魔物が……怯えてる……?」
「そんな……ありえない……」
私は魔物の群れへ向かって歩いた。
足元の土が震え、黒い影が波のように揺れる。
魔物の一体が、私へ向かって跳ねるように飛びかかってきた。
その動きは、獣のような滑らかさではなく、魔力が暴走した結果の“歪んだ速さ”。
私は手を伸ばした。
指先が魔物の体表に触れた瞬間、黒い影が、霧のようにほどけて消えていく。
音もなく、ただ静かに消滅する。
魔物が消えるたび、空気のざらつきが少しずつ薄れていく。
魔力の乱れが、私の周囲だけ静まっていく。
兵士たちがその光景を目撃し、息を呑んだ。
「……消えた……」
「触れただけで……?」
「そんな力……聞いたことがない……」
私は魔物の群れを見据えた。
黒い影が、私の存在に怯えるように揺れている。
その揺れは、まるで波が引いていくようだった。
魔物の群れが、私の方へ向かって一斉に動き出した。
黒い影が波のように押し寄せる。
その勢いは、兵士たちの防衛線を完全に無視していた。
私は外套の裾を握りしめ、前へ踏み出した。
魔力の乱れが、私の周囲だけ静まる。
魔物の体表が揺れ、形が崩れかける。
私は手を伸ばした。
魔物の魔力が、私の指先で静かに消えていく。
黒い影が、次々と霧のようにほどけて消えていく。
兵士たちが息を呑む。
「……今、何をしたんだ?」
「魔物が……消えていく……」
「リリア様……あなたは……」
誰も言葉を続けられなかった。
私は魔物の群れの中心へ向かって歩いた。
黒い影が私を避けるように揺れ、魔力の乱れが私の周囲だけ静かに消えていく。
魔物の群れは、私の存在を前にして、まるで“崩れ落ちる”ように消滅していった。
黒い影が、霧となって風に溶ける。
魔力が、私の指先で静かに消えていく。
街道を埋め尽くしていた黒い波は、私の歩みに合わせて、静かに消えていった。
兵士たちも、住民たちも、誰もがその光景を理解できず、ただ私を見つめていた。
私は息を吐いた。
――これが、私の力。
王太子が「危険だ」と言って捨てた力。
けれど今、この力がなければ街は壊れていた。
私は魔物の群れが消えた街道を見渡した。
黒い影はもうない。
魔力の乱れも、私の周囲だけ静かに消えている。
街は、まだ壊れていない。
私は胸の奥で静かに思った。
――守れた。
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