第12話 崩れ落ちる祈りと、王太子の怒声
大広間の中央には祭壇が置かれ、淡い光が床の紋様を照らしていた。
しかし、その光はどこか弱々しく、魔力の乱れに揺らいでいた。
侍女たちは緊張した面持ちで並び、聖女エレナの儀式を固唾を飲んで見守っていた。
「今日こそ成功しますように……」
「昨日みたいに途中で消えませんように……」
「殿下は本当に気づいてないのかな」
侍女たちの声は小さかったが、空気の重さは隠しようがなかった。
王太子は大広間の中央に立ち、聖女エレナを見つめていた。
その視線には揺るぎない信頼が宿っていた。
「エレナ、今日の祈りで街の不安は収まるはずだ」
王太子は期待を込めた声で言った。
「皆に安心を与えてほしい」
聖女エレナは白い衣を揺らしながら祭壇へ進んだ。
その姿は美しく、王太子の目には希望そのものに映っていた。
しかし侍女たちの表情は固いままだった。
聖女が祭壇の前に立つと、魔法陣が淡く光り始めた。
大広間の空気がわずかに震え、魔力が集まる気配がした。
侍女たちは息を呑んだ。
「始まった……」
「今日は大丈夫だよね……?」
聖女エレナは両手を胸の前で組み、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
魔法陣の光が強まり、床に広がる紋様が輝きを増していく。
王太子は満足げに頷いた。
「見ろ、光が戻ってきている。やはりエレナの祈りは本物だ」
しかし、その瞬間だった。
魔法陣の端がわずかに揺れ、光が不自然に波打った。
侍女のひとりが小さく悲鳴を上げた。
「え……光が……?」
揺らぎは一度だけでは終わらなかった。
次の瞬間、陣の中心が崩れ、光が一気に弱まった。
まるで誰かが灯りを吹き消したように、輝きが消えていく。
「きゃっ……!」
「嘘……また……?」
侍女たちが悲鳴を上げ、大広間の空気が一気にざわついた。
聖女エレナは驚いたように目を見開き、祈りの言葉を止めてしまった。
魔法陣は完全に崩れ、ただの薄い線だけが床に残った。
「エレナ、どうした!」
王太子が声を荒げて駆け寄った。
「祈りが途切れたぞ!」
聖女は震える手で王太子の腕を掴んだ。
「ま、まだできます……大丈夫です……魔力が少し乱れただけで……」
その声は弱々しく、説得力に欠けていた。
側近たちは互いに視線を交わし、ついにひとりが口を開いた。
「殿下、魔力の乱れが強すぎます。祈りだけでは……」
「黙れ!」
王太子は怒鳴り、側近を睨みつけた。
「聖女を疑うな!祈りは必ず届く!」
怒声に侍女たちは肩を震わせた。
騎士団長は眉をひそめ、深く息を吐いた。
「殿下、魔法障壁の一部が薄くなっているとの報告が届いております」
騎士団長は慎重に言葉を選んだ。
「このままでは城の防衛が……」
「祈りで戻ると言っているだろう!」
王太子は騎士団長に向かって手を振った。
「余計な不安を広げるな!」
その言葉に、騎士たちは互いに小さく囁き合った。
「祈りで戻るって……本当に?」
「昨日も失敗したのに……」
「殿下は聖女様しか見てない」
その声は小さかったが、確実に広がっていた。
聖女エレナは王太子の腕にすがり、甘えるように囁いた。
「殿下、私は大丈夫です。もう一度祈れば……きっと……」
しかし、その声は震えていた。
祈りの力が弱まっていることを、誰よりも本人が理解していた。
それでも王太子の前では弱さを見せられない。
大広間の空気は重く沈み、誰もが次の異変を恐れていた。
魔法陣の残骸は床に薄く残り、光の欠片が消えたまま戻らない。
王太子の盲信は、城内の混乱をさらに加速させていた。
大広間の空気は、祈りの失敗によってさらに重く沈んでいた。
魔法陣の残骸は床に薄く残り、光の欠片は消えたまま戻らない。
侍女たちは祭壇から距離を取り、互いに不安そうな視線を交わしていた。
「もう祈りが効いてないんじゃ……」
「聖女様の顔色、ひどいよ……」
「殿下は本当に気づいてないの……?」
その声は広間の静けさに吸い込まれたが、空気の重さをさらに増した。
王太子は聖女エレナの肩を支えながら、怒りと焦りを必死に抑えているようだった。
しかし、その表情には余裕がまったくなかった。
「エレナ、もう一度祈れ。今度こそ成功するはずだ」
聖女エレナは震える指先を胸に寄せ、弱々しく頷いた。
しかし、その瞳には不安が宿っていた。
祈りの力が弱まっていることを誰よりも理解していた。
「殿下……私、少しだけ休めば……また……」
王太子はその言葉を遮るように手を握った。
その手は強く、焦りが滲んでいた。
「休む必要はない。お前ならできる。祈りは必ず届く」
侍女たちはそのやり取りを見て、さらに顔を曇らせた。
「殿下、無理をさせてる……」
「聖女様、立ってるのも辛そうなのに……」
「これ以上続けたら倒れちゃうよ……」
側近のひとりが再び勇気を振り絞って口を開いた。
「殿下、聖女様は限界です。魔力の乱れが強すぎます。このままでは……」
「黙れと言ったはずだ!」
王太子の怒声が大広間に響き渡った。
その声は壁に反響し、侍女たちは肩を震わせた。
騎士団長は眉をひそめ、深く息を吐いた。
「殿下、魔法障壁の薄い部分がさらに広がっています。補強が必要です」
「祈りで戻ると言っているだろう!」
王太子は騎士団長を睨みつけ、手を振って追い払うようにした。
その仕草は焦りと苛立ちの象徴だった。
「余計な不安を広げるな。聖女の祈りがあれば十分だ」
騎士たちは互いに視線を交わし、小さく囁き合った。
「十分って……どこが……」
「祈りが失敗してるのに……」
「殿下は現実を見てない……」
その声は小さかったが、確実に広がっていた。
城内の空気は、王太子の盲信に押しつぶされるように歪んでいく。
聖女エレナは王太子の腕にすがり、震える声で囁いた。
「殿下……私、本当に……もう少しだけ休ませて……」
王太子はその言葉に一瞬だけ眉をひそめた。
しかし、すぐに表情を取り繕い、優しい声を装った。
「大丈夫だ。お前ならできる。皆が祈りを待っている」
その言葉は優しさではなく、重圧だった。
聖女の肩はさらに震え、侍女たちは胸を押さえた。
「殿下……聖女様が……」
「もう限界だよ……」
「誰か止めないと……」
しかし、誰も止められなかった。
王太子の怒声が、城内のすべての声を封じていた。
大広間の空気は祈りの崩壊によって濁り、誰もが息を潜めていた。
床に残った魔法陣の痕跡は力を失い、周囲の魔力は不穏な波を描いて揺れている。
王太子の固執は状況を悪化させるだけで、城内の不安は静かに膨れ続けていた。
城を包む空気は、これから訪れる事態の前触れのように重く沈んでいた。
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