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第11話 揺らぐ城内と、見えない亀裂

 王城の朝は、いつもなら規律と静けさが支配していた。

魔法灯の柔らかな光が廊下を照らし、侍女たちが軽やかに行き交い、騎士たちが交代の挨拶を交わす、そんな穏やかな空気が流れるはずだった。


 しかし、この日の王城は、どこか“軋んで”いた。


 廊下の魔法灯は、まるで呼吸を乱したように明滅し、光が途切れ、影が床に不自然に伸びている。

魔法通信具は低いノイズを発し続け、侍女たちは肩をすくめながら寒さに震えていた。


 魔法暖炉が、夜のうちに勝手に止まったのだ。


 侍女たちは、手に抱えた布を胸に押し当てながら、ひそひそと声を交わしていた。


「どうして暖炉が動かないの……?」


「魔法技師に頼んでも、直らないって……」


「こんなこと、今まで一度もなかったのに」


 その声は、王太子の耳には届かない。

彼は大広間の窓辺に立ち、聖女エレナの祈りの言葉を思い返していた。


 昨夜、聖女は王太子の前で微笑みながら言ったのだ。


「魔力の乱れは、祈りで必ず鎮まります。どうか、私を信じてくださいませ」


 その言葉を、王太子は疑いもせず受け入れた。


「エレナがいる限り、王国は安泰だ。街の混乱など、一時のものにすぎない」


 側近が何度も報告に来ていた。


「魔法灯の揺らぎが街全体に広がっています」


「魔法技師たちが暴走を止められず……」


「魔物の気配が濃くなっているとの報告が……」


 しかし王太子は、すべてを手で払いのけるように言った。


「聖女の祈りがある。問題ない」


 その言葉が繰り返されるたび、側近たちの表情は曇っていった。

誰も王太子の機嫌を損ねたくない。

だが、誰もこの状況を“問題ない”とは思っていない。


 王太子の周囲は、次第に沈黙で満たされていった。

本当のことを言えば怒鳴られる。

だから誰も言わない。

言わないまま、城内の空気は静かに歪んでいく。


 その歪みは、目に見える形でも現れ始めた。


 王城の廊下を歩くと、魔法灯が不規則に揺れ、光が途切れ、影が床に長く伸びる。


 魔法通信具は、呼び出しの合図を出すたびにノイズを発し、侍女が耳を押さえて顔をしかめる。


 魔法暖炉は、朝になっても火をつけられず、侍女たちは肩を寄せ合って寒さをしのいでいた。


 さらに、王城の奥では別の異変が起きていた。


 魔法水晶が濁り、情報が読めなくなる。

魔法扉が勝手に開閉し、侍女が悲鳴を上げる。

魔法の羽ペンが勝手に動き出し、机の上を走り回る。


 魔法技師たちは走り回り、騎士たちは不安そうに眉をひそめ、侍女たちは布を抱えて廊下の隅に集まっていた。


「……リリア様がいた頃は、魔法灯がこんなふうに揺れたりしなかった」


「祈りの力、最近弱くなってない?昨日の儀式も途中で光が消えたって……」


「王太子様は、聖女様のことしか見てないんじゃ……」


 その声は、王太子の耳には届かない。

だが、城内の空気は確実に変わっていた。


 誰も口には出さないが、“王太子と聖女の判断では、この国は守れない”という思いが、静かに、確実に広がっている。


 王城の壁に走る小さな揺らぎは、その不安を映すように震えていた。


 王城の空気は、もはや「静けさ」と呼べるものではなかった。

廊下を歩く侍女たちの足取りは重く、誰もが周囲の揺らぎを気にしている。

魔法灯の光は弱まり、影が床に長く伸び、城内の空気は冷え切っていた。


「また灯りが揺れてる……」


「こんなに寒いのに、暖炉が動かないなんて……」


「魔法技師さんも困ってたよ」


 侍女たちの声は、ひそひそとしたものだったが、内容は深刻だった。

魔法道具の不調は、もはや一部ではなく城全体に広がっている。

それでも王太子は、何ひとつ気づこうとしなかった。


 大広間では、王太子が聖女エレナの隣に立っていた。

窓から差し込む光は弱く、魔法灯の揺らぎが壁に不規則な影を落としている。

しかし王太子は、その異変を見ても眉ひとつ動かさなかった。


「エレナ、街の者たちが騒いでいるようだが……祈りで魔力は安定するのだろう?」


 聖女エレナは、王太子の腕にそっと触れながら微笑んだ。


「もちろんです。魔力は必ず落ち着きます。どうか、私を信じてくださいませ」


 その言葉に、王太子は迷いなく頷いた。

側近たちが何度も報告してきた混乱を、すべて聖女の言葉で打ち消してしまう。


「街の混乱は一時的なものだ。聖女がいる限り、王国は安泰だ」


 その言葉を聞いた側近たちは、互いに視線を交わした。

誰も反論できない。

反論すれば、王太子は怒鳴る。

怒鳴られれば、次から報告ができなくなる。

だから沈黙が城内を支配していく。


「殿下、魔法障壁の揺らぎが確認されました。一部が薄くなっており、魔物が近づけば突破される可能性が……」


「聖女の祈りがある。余計なことをするな」


 王太子は手を振って側近の言葉を遮った。

その瞬間、側近の肩がわずかに震えた。

彼はそれ以上何も言えず、唇を噛みしめたまま下がった。


 その様子を見ていた騎士団長が、低く呟いた。


「……このままでは城が危険だ」


 しかし、その声は王太子には届かない。

届かないように、誰も彼の前で本音を言わなくなっていた。


 廊下の奥では、侍女たちが布を抱えながら話していた。


「昨日の祈り、途中で光が消えたって聞いたよ」


「聖女様の力が弱まってるんじゃ……」


「王太子様は、誰の声も聞いてないみたい」


 その声は、まるで城内の壁に吸い込まれるように消えていく。

しかし、消えたように見えて、確実に広がっていた。

侍女だけではなく、騎士たちの間でも同じ噂が囁かれていた。


「リリア様がいた頃は、魔法障壁が安定していた」


「追放したのは間違いだったんじゃ……」


「聖女様より、あの方の方が……」


 その声は、王太子の耳には届かない。

しかし、城内の空気は確実に変わっていた。

誰も王太子を信じていない。

誰も聖女の祈りを信じていない。

ただ、崩れゆく城を前に、どうすることもできず立ち尽くしているだけだった。


 魔法水晶は濁り続け、魔法通信具はノイズを発し、魔法灯は揺れ、魔法扉は勝手に開閉する。

城内の魔法道具は、まるで王太子の盲信に抗議するように次々と不調を訴えていた。


「また扉が勝手に開いた……」


「魔法水晶、今日も濁ったままだよ」


「祈りでどうにかなるなら、なんで城内まで乱れてるの……?」


 侍女たちの声は震えていた。

その震えは、寒さだけではなく、迫りくる不安のせいだった。


 王城の壁に走る小さな揺らぎは、もはや隠しようがないほど大きくなっていた。

その揺らぎは、城内の不安を映すように震え続けていた。

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