表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/41

第9話 街を満たす暴れた魔力と静かに歩く者

 王城からの通達が広場に落とした重たい空気は、時間が経つほどに街の隅々へ染み込んでいった。

人々の表情は曇り、魔法灯の揺らぎは増し、風は方向を失い、建物の影が濃く伸びている。


 魔力の乱れは、もはや街の中心だけではなかった。

通りの奥でも、路地裏でも、家々の中でも、魔法道具が次々と悲鳴を上げ始めていた。


 私は広場を離れ、街の住宅街へ足を向けた。

空気のざらつきが、肌に触れるたびに微かに痛む。

魔力が濃すぎる場所では、空気そのものが重くなる。


 そんな中、遠くから叫び声が聞こえた。


「誰か!助けてくれ!」


 声の方向へ駆けると、小さな家の前で住人たちが慌てて水を運んでいた。

家の窓から、赤い光が漏れている。


「暖炉が暴れてるんだ!火が吹き上がって……!」


 家の中へ入ると、魔法暖炉が本来の役割を忘れたように炎を吐き出していた。

壁が焦げ、天井に黒い煙が広がっている。


 私は暖炉の前に立ち、炎の根元へ手を伸ばした。


 触れた瞬間、炎は音もなく消えた。

暖炉は静まり返り、ただの石造りの箱へ戻る。


「……消えた……」


「どうして……?」


「リリア様が来てくれなかったら、家が燃えてた……」


 住人たちの声は震えていた。

その震えは、恐怖だけではなく、安堵と驚きが混ざっている。


 私は暖炉から手を離し、家を出た。

空気のざらつきは、さらに濃くなっている。


 通りを歩くと、別の悲鳴が聞こえた。


「危ない!どいて!」


 振り返ると、魔法車輪が暴走していた。

荷物を運ぶための小型の車輪が、地面を跳ねながら通りを突っ走っている。

その先には、小さな子どもが立ち尽くしていた。


 私は迷わず駆け寄った。


 車輪が子どもに向かって跳ねた瞬間、私はその縁に手を添えた。


 魔力が断たれ、車輪はその場で止まった。

ただの鉄の輪になり、地面に転がる。


 子どもは泣きながら私にしがみついた。


「こわかった……」


「もう大丈夫よ」


 私は子どもの背を軽く撫でた。

その様子を見ていた周囲の人々が、驚きと安堵の表情を浮かべる。


「リリア様がいてくれてよかった……」


「王城は何もしてくれない……」


「聖女様の祈りより、よほど……」


 声は小さく、しかし確実に広がっていく。


 私は子どもを家族へ渡し、再び通りを歩いた。


 魔力の乱れは、街の奥へ進むほど強くなっている。

風は渦を巻き、魔法灯は弱々しく瞬き、空気は重く沈んでいる。


 そのとき、薬店の前で店主が泣き叫んでいるのが見えた。


「誰か!助けてくれ!薬が……!」


 店の中へ入ると、棚の上に並んだ魔法薬の瓶が震えていた。

そのうちのひとつが、今にも爆ぜそうに光を放っている。


「このままだと……店が吹き飛ぶ……!」


 店主の声は震えていた。


 私は瓶の前に立ち、そっと手を伸ばした。


 瓶に触れた瞬間、光が消えた。

魔力が断たれ、液体はただの透明な水へ戻る。


「……水になってる……」


「魔法薬が……?」


「リリア様がいなかったら、本当に爆発してた……」


 店主は膝から崩れ落ちるように座り込み、震える声で礼を言った。


「ありがとうございます……本当に……」


 私は瓶を棚に戻し、店を出た。


 通りには、私の行動を見ていた人々が集まり始めていた。

その目には、驚きだけではなく、確かな信頼が宿っている。


「リリア様がいなかったら、街はもう……」


「王城……早く動いてくれ……!」


「聖女様の祈りより、リリア様の方が……」


 声は小さく、しかし確実に広がっていく。


 私はその声を聞きながら、空を見上げた。


 空は晴れているはずなのに、どこか濁った色をしていた。

魔力の乱れが、空気そのものを歪ませている。


 胸の奥に、ざらりとした感触が残る。


――この国は、もう限界が近い。


 街の人々が私を見つめる視線は、ただの感謝ではなかった。

そこには、王城への失望と、私への期待が混ざっていた。


 そして私は、静かに理解した。


 街の人々は、私の価値を知り始めている。


 商店街を抜け、さらに奥へ進むと、空気のざらつきはもはや肌を刺すほど濃くなっていた。

魔力の乱れが街の骨格そのものを揺らしているようで、建物の壁が微かに軋む音さえ聞こえる。


 通りの先で、複数の人が集まっているのが見えた。

ただ事ではない雰囲気が漂っている。


「中から音がするんだ……!」


「誰も触ってないのに、勝手に動き出して……!」


 声の方向へ向かうと、古道具屋の前で店主が青ざめた顔で立ち尽くしていた。

店の奥から、金属がぶつかるような音が響いている。


 店主は私を見ると、縋るような目を向けた。


「リリア様……中が……」


 私は頷き、店の中へ入った。


 棚の上に置かれた古い魔法道具が、ひとりでに震えていた。

魔力を蓄えるための小さな箱が、内部の魔力を制御できずに暴れ、蓋が開いたり閉じたりを繰り返している。


 私は箱の前に立ち、手をかざした。

触れずとも、内部の魔力が乱れているのが分かる。


 そっと魔力の流れを断つと、箱は静かになり、蓋がゆっくりと閉じた。


「……止まった……」


「本当に……?」


「リリア様が助けてくれなければ、どうなってたか……」


 店主は胸を押さえ、深く息を吐いた。


 私は店を出た。

外では、私の行動を見ていた人々が集まり始めていた。


「また助けてくれた……」


「王城は何もしてくれないのに……」


「リリア様が歩くだけで、魔法が静まる……」


 声は小さく、しかし確実に広がっていく。


 私はその声を聞きながら、さらに奥の通りへ向かった。


 魔力の乱れは、街の端へ近づくほど強くなっている。

風は渦を巻き、魔法灯は弱々しく瞬き、空気は重く沈んでいる。


 そのとき、遠くから甲高い音が響いた。


「やめて!誰か止めて!」


 声の方向へ駆けると、仕立て屋の前で布が宙に舞っていた。

魔法裁縫機が暴走し、布を勝手に切り刻んでいるのだ。


「このままだと全部ダメになる……!」


 私は裁縫機の前に立ち、刃の根元へ手を添えた。


 刃は動きを止め、機械は静まり返った。


「……助かった……」


「どうしてこんなことが……」


「リリア様のおかげで、店が助かった……」


 仕立て屋の主人は震える声で礼を言った。


 私は裁縫機から手を離し、通りを歩いた。


 周囲には、いつの間にか多くの人が集まっていた。

彼らは互いに言葉を交わすことも忘れ、ただ私の動きを追っていた。

その瞳には、驚愕の色だけでなく、どこか縋るような光が宿っている。


「……あの方がいなかったら、どうなっていたんだろう」


「王城は何を見ているんだ?街の現状を知らないのか?」


「祈りなんかより、あの人の手の方が大切だろ……」


 途切れ途切れの声が、通りの空気に溶けていく。

それは叫びではなく、深い疲労と諦めの底から漏れ出た本音だった。


 私はその声を背に受けながら、ふと空へ視線を向けた。


 雲ひとつないはずの空は、どこか薄い膜がかかったように鈍く濁っている。

魔力の乱れが空気を歪ませ、光さえも素直に届かない。


 胸の奥が、ひりつくように重くなる。


――この国の均衡は、もう保てなくなっている。


 人々の視線が私へ向けられるたび、その重さが増していく。

そこには、感謝だけではなく、頼らざるを得ない現実への戸惑いが混ざっていた。

そして同時に、王城への期待が崩れ落ちた跡が、はっきりと見えた。


 街は、静かに私へ寄りかかり始めていた。


 そして私は、静かに理解した。


 街の人々は、私の存在を“必要なもの”として受け止め始めていた。

それは、王城が失った信頼の隙間を埋めるように広がっていく。


 私は、王国が見捨てた価値だった。


 だが、街は、私を必要としていた。


 その事実が、胸の奥に静かに沈んだ。

面白いと思ったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ