66. ノールドランドのお姫様
ノールドランドに来て十日が経った。
慣れというのは恐ろしい。
そもそも、よく考えてみると学生の頃の寮も、トランディアにある共舎も、棟が分かれているだけで同じ建物だった。ひとつ屋根の下なんて、とっくの昔からだったのだ。だからか、朝起きてリビングにオーウェンがいることにもすぐ慣れた。
……壁一枚の近さは、うん。考えないことにした。
それに仕事なんだし、いちいち騒いでいたら気力がもったいない。
「ふぁあ……」
朝はよく冷える。
ベッドから降りて、毛糸の上着を羽織った。
温かいお茶でも淹れようと、あくびをしながら調理場に入る。
(なんか、身体がだるいんだよなあ)
トランディアより寒い土地に来たのだ。急な環境の変化が身体に来たのかもしれない。いつもより腹の奥がずしんと重たい。身体を温めればマシになるだろうと、頭上の戸棚に手をかけようとした時だった。
「はよ」
寝起きのオーウェンが来た。横目でちらりと見ると、まだ髪も整えていない。
「ん、はよ」
それよりも戸棚だ。なかなか取っ手に手が届かず、つま先立ちをするが指先が掠めるだけだ。これはもう大人しく踏み台を持ってきたほうがいいかもしれない。
「なにが欲しいんだよ」
背後。大きな手が、私の目の前で取っ手を掴み、戸棚を開けた。
力が抜けて、ぺたんと踵が床につく。
夜。
熟れた果物の匂い。
荒い呼吸。
掴まれた肩。
「……」
「アルクセイ?」
「……あ、うん。茶葉取って」
これも、あまり深く考えないほうがいい。
絶対。
♢
「ノールドランド王の末姫が来庁するんですか?」
オーウェンと出庁すると、みんな忙しなくバタバタと動いていた。
ほかの人たちの会話に聞き耳を立てると、どうやら、朝になって急遽お姫様が来ることになったらしい。
「正しくは曾孫なんだけどね。ノールドランド王が一番目をかけているお姫様が来るんだよ」
エヴォカリ局長は困ったように頬に手を添えて、溜息まじりに言った。
「どうしてまた……しかも急ですね」
「何でも、末姫が成人したけれど、引っ込み思案な性格を王様が心配して婿探し……なのと、放っておくと引きこもってしまうらしいから、外に出そうとしているんだよ。一応、建前としては視察ってことで公務だけどね。急なのはいつものことさ、そういう王様なんだよ。腰が軽いのは良いことだけど、こういう時はちょっと困るね」
随分と大切にされているお姫様らしい。
そうこうしていると、入口の方がざわつき、扉が開いた。トナカイが引く馬車から、従者の手を取って、小柄な人物がゆっくりと降りてくる。青みがかった銀糸のような髪が揺れ、綺麗なドレスの上に毛皮の外套を羽織っている。
その人物と、はたと目が合った。
「お、オルヴァッキ……!?」
隣のオーウェンも、小さく「はぁ?」と漏らしていた。オルヴァッキは一拍置いたあと、わなわなと唇を震わせた。丸い目に、みるみる涙が溢れてくる。
「な、なんでいるのぉ〜〜……!!」
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今回短めなので、連日更新です。




