腹黒大公の男装騎士、いまさら女として生きろと言われてましても
――ハミルトン公国の若き大公、ノヴァス・ジェラルド・ラ・ヴァル・ハミルトン。
そしてその隣には、見目麗しい騎士が常に控えている。
彼らは子どもの頃からの仲で、大公が最も信頼を寄せている人物だ。
二人が並んだ姿は、一枚の絵画のようだ。
♢
季節毎に城で開かれる舞踏会。
令嬢たちの視線は玉座へと注がれていた。
天空神の血を引くハミルトン大公。
その隣にいつも控えている騎士、それが私、ジーン・ヴェルヴァントだ。
「ああ……今宵もなんて素敵なお二人なのかしら」
「先日の馬上槍試合、ご覧になりまして?さすがヴェルヴァント卿ですわ、剣だけでなく槍も使いこなせるなんて……」
「馬に乗ったヴェルヴァント卿のお美しいこと……あんなお美しい方に釣り合う女性はいらっしゃるのかしら?」
「それはもちろん……ハミルトン公しかいらっしゃいませんわ」
「でも、殿方同士に見立てるなんて」
「あなた……禁断の恋はお好き?」
視線を壁際に向けると、綺麗なドレスを身に纏った令嬢たちが慌てて扇で顔を隠した。年若い令嬢たちの無邪気な会話に、心の中で静かにため息を吐いた。
「ご令嬢たちは君に釘付けだ」
玉座で足を組み、頬杖をついた隣の幼馴染がニヤリと意地の悪い顔をして私に視線を向けた。
「いいえ、私とあなたです」
事実が異なるのであれば正さなければならない。
「俺はおまけのようだよ?」
「とんでもない、令嬢たちには我々の想像を超える楽しみ方があるようですから」
「俺は、君がとても美しいからだと思うんだけどね」
(よく言う)
神の血を引いた者は見目に秀でている。
——白金色の美しい巻き毛、長い睫毛、神々しい色彩。
ハミルトン太公も例に漏れず、その容姿は純真無垢な神の御使と称されるほどの清らかさがある。
(腹の中は真っ黒だけどね)
政治の手腕もさることながら、その弁舌に敵う人間を見たことがない。
「ヴェルヴァント卿、よろしいでしょうか」
控えていた侍従が静かに近寄る。
ただその声色がわずかに浮かれている。私は目を細めて侍従を見下ろした。
「手短に」
「ヴェルヴァント夫人が無事男児をご出産なされたそうです」
それは青天の霹靂と言っても過言ではない知らせだった。
♢
「と、いうわけで。我がヴェルヴァント家にも待望の男児が産まれた」
ヴェルヴァント侯爵家は何代も続く騎士の家だ。
歴史を感じる調度品で飾られる部屋の中央で、父である当主のエラントと後妻のロゼッタがソファに腰掛けていた。継母の腕の中では生後間もない弟のヨシュアが親指を吸いながら微睡んでいる。
「ご苦労でしたね、ジーン。もう家のため、男性として振る舞わなくても良いのですよ」
「思えば私は何という無理をお前に強いてきたのか……女の幸せを今からでも全うすべきだ」
涙ながらに語る父の隣で、お義母様は穏やかな笑みを浮かべて私を見据えた。
——そう、私は歴とした女性である。
ことの発端は、前妻である私の母が亡くなったことだ。
腕は立つが猛獣じみた見た目の父と、詩や刺繍を嗜みながら神話学に精通していた見た目の美しい母がどういうわけか結婚をし、生まれたのがこの私だ。
父は私に家を継がせるべく、男として育てることにした。
だが、想定外にも父は後妻を迎え入れることができ、こうして子宝に恵まれたわけだ。
歳の近い後妻にも、何も文句はない。
無いが……。
「……恐れながら、私はもう二十歳です。女としての生き方と言われましても行き遅れです。このまま男として騎士の職務を……」
「それはダメだわ!」
お義母様が勢いよく立ち上がる。産後の身体を気づかってか、父が宥めるようにお義母様をソファに座らせた。
「今や社交界の中でもヴェルヴァント家の跡取りはお前ということになっている。……それでは、この子が大きくなった時に不憫だ。……わかるね?ジーン」
つまり、そういうことだ。
この家にとって私はお役御免らしい。
その翌日から、城から帰ると侍女たちは待ってましたとばかりに私を着飾り、髪型を整え、化粧を施し、コルセットをそれはそれはキツく締め上げてからドレスを着せるようになった。
両親は私の姿を見ると、そのまま屋敷から追い出すように馬車へと押し込んだ。
そしていつもどこかの夜会へと向かう。……目的はもちろん、婚約者探しだ。
私は大広間の壁際に立ち、扇で口元を隠しながら、音楽と共に優雅に踊る人々を眺めていた。
人混みに紛れて、向こう側からちらちらと視線を感じていた。
(ドレスが似合わないことくらい、私だって分かってるさ)
まるで道化師になったような気分だ。
「ヴェルヴァント卿……今宵は女性なのですね?」
「いつも凛々しい貴方様が……やっぱり女性の姿でもお美しいですわ……」
見知った令嬢たちは私を取り囲むと、優しい言葉をかけてくれた。その言葉に彼女たちの落胆が透けて見えた。
「……さぞがっかりされたでしょう」
「がっかりだなんて!とんでもない!!」
扇の内側で、大きく息を吐いた。
彼女たちは否定するが、私は彼女たちをよく知っている。
いつも数人で私と大公を眺め、男性同士として空想遊びをしているのを。私も母に似てそれなりに顔が良い自覚がある。おかげで神の御使とも称される主君の側にいても見劣りしないらしい。
そんなわけで、主とのロマンスなんて不敬も良いところだが、彼女たちはそれはもうささやかに楽しむものだから、乙女の戯れとして特に注意することなく放ってきた。
(それに令嬢たちにちやほやされるのは……その、悪い気持ちではなかった)
——いけない。背筋を伸ばさねば。
いつもの騎士としての微笑みで、令嬢のうちの一人の手を取るとその甲に口付けをした。
「父に言われて仕方なく、女性として出なくてはいけなくなってね。本当はいつものように君たちとダンスをしたかったけれど、許しておくれ」
「ああ……!ヴェルヴァント卿……!!」
黄色い声が湧き上がる。令嬢たちが私の一挙一動でとろけていく。
(うん、やっぱり私はこうでなくてはいけない)
本来の目的は婚約者探しだが、このくらいは許されるはずだろう。
淑女らしく扇で口元を隠して笑みを溢す。
「年増のおとこ女がよくやる」
「年も食って、男よりも腕が立つ……加えてあの調子だ。あれを嫁にもらおうと思う男がいると思うか?」
「いねぇだろ?夜が良いなら別だけどな?」
向こう側ではワイングラスを片手に、こちらを盗み見しながら下卑た会話をする男たちがいた。音楽と喧騒の中から聞こえてきた会話に目を細め、男たちの顔を覚える。目が合うと、男たちはそそくさと顔を背け、そのまま場所を移動した。
腹は立たない。……立たない、はずだ。
だって本当のことだから。
どんな言われようでも、私は今の自分に何も不満はない。
私が、私の努力を認めているからだ。
『お前はこの家を継がなければならない』
——幼い頃に母が亡くなった。
それによって父の人生計画は狂った。
父は母を一途に愛していた。
そうして一番目に生まれたのが私だ。女の子だったが、子は授かれるのなら何人でも、と考えていた二人。当然、男の子も生まれると思っていた。
だが、私が幼い頃、母は馬車にはねられ、帰らぬ人となった。
父の獣のような容姿では、再婚の縁もなかった。
狂った計画を少しでも元に戻すため、父は私を跡取りにすることを決めた。
母を失った穴を埋めようとするかのように。
『おとう様!それはおかあ様の……!!』
『お前は男として生きるのだ!心の拠り所なぞ許さん!!』
目の前でドレスは引き裂かれた。
母が作ってくれた人形は焼かれ、遺してくれたアクセサリーは売られた。
全て、一つ残らず、父は捨てた。
今思えば、母の痕跡を見るのも辛かったのかもしれない。
『なんだその目は!お前は男だろう!?』
ある日、母に似た私の目が気に入らないと頭をぶたれた。
父もきっと母を失って辛いのだろうと、私は父の前では目を伏せるようになった。
その一方で『男児であれば強くあれ』と手を強く引かれ訓練場に連れて行かれた。
『さすが私の息子だ!』
私が才覚を発揮するたびに、父が褒めてくれたのが嬉しかった。
こんな父と娘の関係が、お世辞にも良いとはいえないことは私にも分かっていた。
それでも私は、男として育ち国の騎士団長にまで上り詰め、乳兄弟として育った大公の騎士として隣に侍る立場を得た。父が誇れる息子になれたのだ。
——それが劇的に変わったのは、二年前のことだった。
跡取りとして申し分なく育った私に、父はやっと緊張がほぐれたのだろう。
突然、屋敷に女性を連れてきたのだ。
『ジーン。お前が立派になったおかげで、私も安心して再び愛しい人と巡り合うことができた』
その頃には私も幼い少女ではなかったし、父が幸せになるのならと反対はしなかった。私とそう歳が変わらない継母に一抹の心配はあったが、父はみるみるうちに元気を取り戻したので安心を覚えていた。
(……こンの色ぼけジジイが……!)
扇を持つ手に力が入り、ミシッと嫌な音がなった。
いけない。ただでさえ日々の鍛錬で力が強いのだ、気を抜いたら壊してしまう。
慌てて扇を持ち直した。
——父が幸せなのも、新しい命が生まれたことも良い。喜ばしいことだ。
けれど今更、私に女として生きるよう強いるのは話が違う。
父が私を騎士として育てたことに感謝はあれど恨みはない。
だけど、母の形見を捨てたのは今でも許していない。
(男児が産まれても、私を後継にすると信じていたのに……!)
♢
「聞いたよ、ジーン。君が夜な夜な男漁りをしているって」
「……」
麗しきハミルトン大公、こと私の幼馴染で悪友であるノヴァスは頬杖をついて、楽しそうに私を見上げていた。その肘の下には途中の書類が散らばっている。
執務室には今、私と彼しかいない。
こういう時は幼い頃のように、砕けた口調になるのが暗黙の了解だ。
「……仕方ないだろう、ノヴァス。弟が産まれたんだ。彼が家の跡を継ぐ。邪魔な私は適当な家に嫁がねばならない」
「それは困るなあ。そうなったら、君は騎士も辞めなくちゃならなくなる」
長い付き合いだからこそわかる。
——こいつ、何か企んでいる。
「どうだろう?俺が君と結婚するのは」
「……はぁ!?」
悪い予感は的中した。
二人しかいないとはいえ、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「う、器じゃないだろう、私は!!」
剣を振るってきた女が、大公妃だなんてとんでもない話だ。
「そう?適役だと思うよ。剣を持って国を守る。強き国の母として、とても良い象徴だ。そういう意味では、君には騎士団長も続けて欲しいかな。だって優秀だから」
「ま、待って、ノヴァス」
「俺もそろそろ妃を迎えるよう、うるさかったからね」
理解が追いつかない。
片手をあげ、もう片方の手で口を押さえる。
私の狼狽した姿が愉快だったのか、ノヴァスはふふと笑う。
「ああ、大丈夫。俺は昔から君を友人としても、もちろん女の子としても好きだよ」
「ノヴァス!!??それは初耳だ!!!!」
「当然だよ、初めて言ったんだから」
誰がこんな、何てことない日に告白されると思っただろうか。
幼い頃から共に育った間柄だ。母が亡くなる前は、母親同士の口約束で婚約の話もあったと聞く。だが、それも昔のことだ。
私は頭を抱えた。侯爵家という家柄も、これまで築いてきた功績も申し分ない。
可愛らしい令嬢たちによってノヴァスとのロマンスを空想させるほど、容姿だって良い。
(けど……)
『年増のおとこ女がよくやる』
『年もくって、男よりも腕が立つ……加えてあの調子だ。あれを嫁にもらおうと思う男がいると思うか?』
「……」
——だめだ、いけない。
私のような女が、大公妃などあってはいけない。
背筋を伸ばし、私は真っ直ぐノヴァスを見据えた。
「大公、お戯れがすぎます」
「俺が、君が良いと言っているのに?」
「……妃選びは慎重になさるべきです。この国にはふさわしい令嬢がたくさんおります。宰相に伝えておきましょう」
私は踵を返した。執務室の扉に手をかける。
『大きくなったら、君には僕と一緒に民を想って欲しい』
不意に、幼い頃の約束が思い返された。
まだ私が女の子で、ドレスを着ていて、そして天使のように美しい彼のことが好きだった頃の思い出。
母が死に、男として生きると決めてからは、騎士としてノヴァスを守り抜くと誓った。
ドアノブを強く握り、振り向く。
「席を外しますが、私がいないからと言ってサボらないでくださいね!」
それだけ言い残すと、私は部屋を逃げるように出た。
「やれやれ……あれは余計なことを考えてる顔だな」
♢
夜会通いももう慣れたものだった。
……いや、慣れすぎた。
長椅子に座る私の周りには可愛い小鳥ちゃん……もとい令嬢たちが私を囲んでいた。
「ヴェルヴァント卿、今日の装いもまたとても美しいです」
「ありがとう、ロウェナ嬢。あなたが紹介してくれた仕立て屋が素晴らしかったからだよ」
「とっ、とんでもありませんわ……!卿にはもっとご自身を引き立てるドレスがあると思って……」
「まぁ、ロウェナ嬢!私にも紹介してくださらない?ヴェルヴァント卿と同じ方が仕立てたドレス……ぜひ部屋に飾りたいの」
「ノラ嬢、そんなこと言わずに、私にも君がドレスを着た姿を見せておくれ」
「恐れ多いですわ、ヴェルヴァント卿!私、部屋にあなたをイメージしたドレスを飾って眺めていたいんですの、それだけでもう……」
夜会に来ている女性全員とはいかないが、若いご令嬢は全員私とおしゃべりを楽しんでいた。私もまた、各々可愛らしい令嬢にちやほやされるのは気分が良いので、最近では楽しみになってしまった。
おかげで父からは『真面目に探してこい!』と怒られてしまったが、絶賛反抗期のため反省するつもりは毛頭ない。
「見てみろ、あのおとこ女、女ばかり侍らせて」
「きっと爵位を継げないからやけを起こしているんだろう」
こうも女性を引き付けてしまっては、嫉妬されるのは当然だ。
どこぞの子息たちが、これ見よがしに悪態をつきながら目の前を通り過ぎようとしていた。
(見苦しい嫉妬だ、相手にする価値もない)
男からの嫉妬には慣れている。全て実力と顔で叩きのめしてきたが、この場でそれをするのは彼らが可哀想だろう。
私はワイングラスの縁に口を付けた。
「ちょっと、あなたたちねぇ……!」
私を囲む可愛らしい令嬢のうちの一人、ヨハナ嬢が立ち上がる。
思いやりのある優しく、正義感の強い女性だ。彼らの悪態に我慢ができなかったのだろう。
「ヨハナ嬢」
私は立ち上がりざまに彼女の腕を引き、腕の中に閉じ込めた。薔薇色の可愛らしい唇は驚きで半開きとなっていた。その隙に焼き菓子の上に乗っていたチェリーを指で唇へ押し込む。
事態を把握できていないのか、彼女は大きな瞳をぱちくりさせている。
「君は笑っていた顔の方が素敵だよ」
途端、真っ赤に頬を染め上げるヨハナ嬢。
(うーん、これこれ!)
女の子が真っ赤に染まった顔の、なんと愛らしいことか。私には縁のないものだからこそ、宝物のようにきらきらと輝いて見える。
ヨハナ嬢はそのままよろよろと、私がそれまで座っていた長椅子にすとんと腰を抜かしてしまったかのように座った。
「……ヴェルヴァント卿は随分と女性に慣れていらっしゃるのですね」
先ほど悪態をついていた内の一人が、ふらふらとした足取りで私の前へ立ち塞がった。どうやら随分と酔っているらしい。
「当然、女性だからね」
「そう、あなたは女性だ。だからみんな言ってますよ」
「……何を?」
それは初めて聞いた物言いだった。
だからこそ、私は眉を顰め、それまでの態度を改めた。
「あなたがそれを利用して、今の地位にいると。……おかしいでしょう?女性が、この国の騎士団長、ましてや大公の騎士だなんて!!」
——つまり、身体を使ったと。
皆まで言わずとも、目の前の男の言わんとしている事がわかってしまった。
背筋がすぅと冷める。思考が止まる。令嬢たちの声が遠くに聞こえる。
こんな事を言われたの初めてだった。
女性を過去に置き去りにして、男性として生きてきた。なのに、見ず知らずの人間が、それをまるで無かったかのように言うのか。
こんな下卑た言葉、いつもの私なら言い返せるはずだ。
『ジーン。どうか耐えて、今は無理でも僕が君を絶対に救うから、その時は僕の名前を呼んで。きっと駆けつけるよ』
幼いあの頃、ぼろぼろになった私を、誰が抱きしめたっけ。こんな言葉をかけられても、助けを呼ばなかったのはあの人の側にいれたからだ。
——ノヴァス。
口の中でその音を紡ぐ。音にはならない。だってこの国で一番高貴な人だから。
そんな人に助けられてはいけない。私が助けなくてはいけないから。
「……あぁっ!図星なんですね!?」
身体がすっかり冷えてしまったようで口が開かない。
たった一言、自分を否定されたくらいで。
これではまるで、ただの女の子じゃないか。
その時だった。
後ろから腕を引き寄せられたかと思うと、身体がふわりと浮かぶ。抱き上げられたのだと気づいたのは、数秒後だった。
「やぁ、ジーン。今日は一段と綺麗だね」
「……!」
「やっと俺の助けが必要かい?」
目頭が熱くなる。
だって、あんな子ども同士の約束、覚えてるなんて思ってもみなかった。
私はノヴァスの首に腕を回して抱きついた。
……ああ、どうやら私も酒が回っているみたいだ。
「たすけて、ノヴァス」
言ってしまった。
ノヴァスは私の頬に満足げに擦り寄る。
「いいよ、俺の可愛い奥さん」
まだ結婚してないのに。
そんなことを言い返す余裕はなかった。
「この国の大公として宣言しよう。彼女の実力は折り紙つきだ。確かに俺は彼女が好きだが……ハミルトン公国はそんな生易しい国ではない。もし、貴殿が望むなら彼女との決闘を持ってそれを証拠とすることもできるが……どうする?」
「っ……!申し訳ございませんでした!!どうかお目溢しを!!!!」
「いいよ。今回のは許そう。けど……次はないよ」
子息がどんな顔をしていたかも、周りがどんな反応だったかも分からない。
私はそのままノヴァスに抱き抱えられ、馬車に乗せられるとそのまま城へ。あれよあれよと正式に婚約者になってしまったのだった。
あの夜会でのことは令嬢たちによって噂やロマンス小説として市民に販売され、市井にも広く伝わった。
……そう、完全に逃げ道は塞がったのだ。
「君は騎士団長のまま、実家もそのままだ。まあ、君のおかげで成り立っていた家だから、行く末は見えているけれど……弟君を信じよう」
「……父に恨みは無いから、必要とあれば手を貸すつもりです。もちろん度がすぎない程度に」
「いいよ、けれど俺に相談すること」
「なぜ?」
ガゼボの中、白いテーブルを挟んで私は貴婦人らしくティーカップで紅茶を飲んでいた。私の立ち振る舞いは、次期大公妃としてすっかり女性のものだった。けれど、いつだって元に戻れる。その証拠に傍には慣れ親しんだ剣を立てかけている。
ノヴァスはカップから口を離して、私を見つめた。まるで愛おしいものを見るかのように目を細める。
「だって君は人の期待に応えすぎる。これから大公妃となる君には最適な能力だけど……愛しい人が削れるのは見てられないからね。どうせ削れるなら、俺のために、そして二人で民のために……まあ、俺が隣にいるから止めるけど」
「……ノヴァス」
「何だい?」
「あなた、わがまますぎる。私の全部を救ってしまうなんて」
向かいに座るノヴァスは満足そうに微笑んだ。
彼の計らいで、私は今も剣を持つことができる。妃教育が終わり正式に大公妃となれば、騎士団は大公妃筆頭の名がつくだろうし、大公の婚約者となった今、今後父から干渉されることはほとんど無いだろう。
この男はきっとこれからも、私も、私の全ても、そしてこの国も、何一つ諦めない。
「だって、ジーンの全てが好きだから。好きな人の全てが欲しいと思うのは当然だろう?」
どうやら私は、とんでもない人を幼い頃から好いてしまったらしい。
ありがとうございました。
令嬢たちは、ジーンがドレスを着てもそれもまた良し!の令嬢たちでしたので、解釈違い!とはならず、これもまた良し!として二人のことを見守っています。




