65. 昼休憩
ノールドランドの朝は冷え込む。
息が白い。昨晩は疲れているはずなのに、あまり眠れなかった。
早々に起きた私は、暖炉に薪をくべて部屋を暖めた。
朝食はエヴォカリ夫妻からもらった食材で簡単に作ったけれど、自分で作る機会があまりないせいで、作りすぎてしまった。昼食用に包んでも、まだ余る。
どうしたものかと考えていたら、遅れて起きてきたオーウェンが横目でそれを見て「食っていい?」と聞いてきた。舌が肥えていそうな貴族に出せるほどの腕前ではないため、戸惑ったが余らせるのも憚られたのでテーブルに出した。オーウェンは意外にも文句も言わずに黙って食べた。なんだか変な感じがする。今後は食費を折半した方が良いかもしれない。
身支度をして、オーウェンと宿舎を出る。
さすが職人の国だ。通りを歩くと、工房から鉄を叩く槌の音があちこちから響いて、賑やかだった。
(よし、頑張ろう)
今日から仕事だ。
すでに魔導盤はノールドランドに普及しているが、業務への導入には至っていないのが現状だ。
「書類業務を全部魔導盤に移すつったって、署名はどうするんだい?」
護政官の一人が訝しげに言う。
職人気質のお国柄もあって、慣れた道具を手放したがらないのも、導入に至らなかった原因のひとつなのだそうだ。
「魔導盤は個人の魔力香を判別してから起動しますよね。その機能を使って、来庁者に魔導盤に指で署名してもらうんです。少ない魔力でも記憶できるので、魔力が切れて署名ができないことも少なくなるはずです」
「無核症者への対応は、トランディアではどうしてるんだい?」
「魔力香の元は魔核ですからね……トランディアでも署名の代わりの拇印での証明しか方法がないのが現状です。ただ、一部の魔法学研究者の間では、魔力をパターン化して識別する技術が研究されています。人工魔石があれば、わずかではありますが、一時的に無核症者に魔力を付与できる事例もあります。これが開発されたら、どんな人でも対応が可能になると考えています」
「なるほど。そうなれば、分け隔てなく対応できますから、特に無核症者の社会における自信喪失も緩和されますね」
それまで静かに聞いていたニーニム護政官が口を開いた。
伝えたいことが伝わるのは嬉しい。
「そうなんです!対応の統一化ができれば、より健常者との生活に差異がなくなり、自信喪失を防げるはずです」
思わず熱が入ってしまった。しかも脱線している。
はたと気づいて、恥ずかしさからごほんと咳払いをした。
慌てて魔導盤を操作して、次の資料を準備する。
「すみません、話を元に戻しますね」
「アルクセイ護政官は」
顔を上げると、ニーニム護政官がにっこりと笑った。
「二年目と伺いましたが、その先にある人がよく見えているんですね」
——その先にある、人。
『受け入れられたお前に、私の何がわかるんだ!!!!!!』
脳裏をよぎったのは、カンザキだった。
「そんな……とんでも、ない、です」
魔導盤を握る手に力が入った。
見えてなんていない。
見えていないからこそ、ああいう終わり方をさせてしまった。
理解ができなかったからこそ、だった。
後悔していないのは、本当だ。
でも、本当にあの終わり方しかできなかったのか、今でも考える。
もっと別のやり方が見つけられていれば、あの子が深い雪の森を彷徨う事態にならなくて済んだのではないか。
カンザキが行方不明と聞いてから、最近はどうにもそんなことを考えてしまう。
「……次に、書類の保存場所についてですが」
今は仕事に集中しないと。
♢
昼休憩になると、ほかの護政官たちは隅にある大きなテーブルへと集まった。私も促されるまま席に座る。
エヴォカリ局長をはじめ、ほかの護政官たちは、家から持ってきたらしいスープやサラダ、煮込み料理の容器を、テーブルへ次々と並べ始めた。私の手元には今朝作った残り物だけ。
「ほら、遠慮しないで。食べなさい」
「えっ、いや、あの……私、これだけしか持ってきていないですし……」
誰かと分け合うほど持ってこなかったのだ。
「当然だよ、あの騎士官さんと二人なんだから。あたしらは、みんな家族がいるからね、量も品数も多いから余りものをこうやって持ち寄ってるだけなんだよ」
エヴォカリ局長が腰に手を当て、朗らかに笑う。
「こぉんな細っこくてちっこいんだもの。たんと食べて太らせなきゃ」
「そんなちょっとじゃ、元気でないだろ。ほら、これとこれ、あとこれも食べな。アスピ護政官の作った煮込み料理、これ美味しいんだから」
「あんたちょっと、人のを勧めて!ほら、これこの人のとこで作ったハム!すっごい美味しいんだから、食べなさい!」
どんどん食事が盛られていき、あっという間に私のお皿はいっぱいになった。
(た、食べきれるかな……)
いつもの食事の二倍量だ。
困惑していると、たまたま通りがかったニーニム護政官にエヴォカリ局長が声をかける。
「ニーニム護政官も、持っていくかい?」
「いいんですか?今日は家に妹がいるので、一度戻って一緒に昼食を取るつもりだったんです。妹が喜びます」
そう答えると、ほかの護政官たちはすぐに食事を包んでいった。
ニーニム護政官は私のお皿を見ると、困ったように笑ってから口を開いた。
「アルクセイ護政官も、残った分は持ち帰って大丈夫ですよ。ノールドランド人はおすそ分けが好きなんです。あげたものをどうするかは気にしません」
「そうなんですね……」
「そうよぉ!もしかして気を遣わせちゃったかしら!」
ニーニム護政官は「では」と軽く会釈をすると去っていった。彼が助け舟を出してくれたおかげで安心して食べられそうだ。
フォークを刺して、煮込み料理を食べる。
「あ、これ美味しいです!じゃがいもがとろとろしていて……」
「それはエヴォカリ局長の畑でとれたやつだねぇ!」
アスピ護政官がすかさず言う。
そういえば、エヴォカリ局長にまだお礼を言っていないことを思い出した。
「エヴォカリ局長、昨日は野菜をありがとうございました。とても美味しかったです」
「いいよ、うちは野菜農家だから。……それより、うちの息子が馬鹿なこと言ったみたいで悪かったね。アンブロジオ騎士官にも伝えておいてくれ」
「い、いえ……」
ちゃんとお灸は据えておいたから、とエヴォカリ局長は溜息まじりに謝罪をした。どうやら、あの子は家に帰ったあと正直に話したようだ。
「そういえば、アンブロジオ騎士官はどこに行ったんだい?」
「確か、魔法騎士団への用事を済ませてから煙草を吸いに行く言っていました」
「ちゃんと食べてるのかねぇ……」
エヴォカリ局長のその一言に、ほかの護政官たちの目が一瞬輝いたように見えた。彼女たちは立ち上がると、息の合った動きで料理を取り分けて、あっという間に一人分の昼食を包んでしまった。
「いっぱい包んだけど、あの騎士官さんは食べる方かい?」
「腹が減っちゃ、仕事になんないだろう!」
「ほら、自分の護衛騎士だろ?持ってお行き!」
口々に言われて包みを持たされ、追い出されるように国庁を出ることになってしまった。
「何で私が、あいつの食事の世話なんて……」
ぶつぶつと文句を言いながら、敷地内を歩く。
昨晩は雪が降ったようで、歩くたびにきゅっきゅと音が鳴る。トランディアでは年に一、二回くらいしか雪が降らないので、ちょっと楽しくなってしまった。
(あれ、いない)
喫煙スペースを覗いてみたが、奴の姿はなかった。
その場にいた騎士官に聞くと、どうやら訓練場の裏にいるらしい。向かってみると、人気のない隅でしゃがんで煙草を吸っていた。
「いた」
「……」
オーウェンは私を見るなり、嫌そうな顔をした。なんだこいつ。そんな態度をされると、ムッとしてしまう。私の心中を察したのか、オーウェンは人差し指を軽く振り、魔法で煙草の火を消した。風魔法で、火の周りの空気を断ったのだろう。
「やっと一人になれたと思ったんだよ」
ひとり。
考えれば、護衛騎士もなかなかに大変だ。
しかも長期の任務となれば、一人になりたくてもなかなかなれない。昼休憩で私がほかの護政官たちに囲まれている隙に、仕事を片づけに行ったのだろう。
「それは、まあ、ごめん」
「素直。熱でもあんの?」
「ないよ。それよりごはん食べた?」
「食った」
「え」
どうしよう。予想外だった。
そうなるとこの包みはどうしたらいいか。持ち帰るのは、なんだか気まずい。
「なに?」
オーウェンが訝しむ。
「あー……ほかの護政官たちが、オーウェンにって、これ……」
おずおずと包みを差し出すと、オーウェンはそれを受け取った。節の目立つ指で包みを開く。
「食う」
「いや、無理しなくても」
「少なくとも、俺のことも気にかけてくれたんだろ。別に、まだ食えるし」
「あ、そう……」
意外な返答に私は面食らう。
オーウェンは私の反応を特に気に留めることはせず、そのまま食べ始めた。
「うまい」
「伝えておく。きっと喜ぶよ」
「ん。……ていうか、さっきから何突っ立ってんの。座れば?」
「え、一人になりたかったんじゃないの?」
「今さら」
まあ、邪魔をしたのは私だし。スカートの裾を気にしながら、隣にしゃがみ込んだ。何を話せばいいか考えていると、意外にもオーウェンが先に口を開いた。
「休憩の後の予定は?」
仕事の話は助かる。
「引き続き魔導盤の操作方法について。少し早めに終わらせて、残りの時間で今の国庁の運用を確認。魔導盤をどう落とし込めるか検討して、導入までの計画を立てる」
「りょーかい、護政官サマ」
「よろしく、騎士官殿」
親指についた惣菜をオーウェンはぺろっと舐めた。
相変わらず人目がないところでは行儀が悪い。
そろそろ食べ終わりそうなので、戻ろうかと考え始めていると、オーウェンが眉をひそめた。
「……お前、顔色悪くないか?」
「え、そう?元気だけど」
嘘じゃない。どこも悪くない。
というか、風邪なんて、ここ数年ひいたこともないくらいだ。オーウェンは「ふぅん」と気のなさそうな返事をしたあと、包みを畳んだ。
「まぁいいけど」
「それより、包みもらうよ」
「いい、自分で返すから」
そう言って、オーウェンは包みを懐に入れると、立ち上がった。
もう休憩も終わりだ。
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