63. ノールドランドの国庁
トランディアの三機関が王城の敷地内にあるのに対して、ノールドランドの国庁は首都アーネコンラの中央に位置している。同じ敷地内には騎士団と枢機会がある。
ノールドランドとトランディアは数百年にわたって友好的な関係を築いており、その歴史を物語るもののひとつが、ノールドランドが取り入れた三機関制度だ。
ニーニム護政官は、先に敷地内を一通り案内してくれた。
「おう、ニーニム護政官。そちらは?」
訓練終わりなのだろう。
すれ違いざまに騎士官が話しかけてきた。
「トランディアから来たアルクセイ護政官と、護衛騎士のアンブロジオ騎士官だよ」
「よろし」
「えらくちっこいのと、でっけぇのが来たなあ!ってことは、宿舎に住むのか?あとで倅に野菜を届けさせてやるよ!!」
私が挨拶を言い終える前に、言いたいことだけ言って、去っていってしまった。
ノールドランドは職人の国だ。
トランディアよりもきっぷの良さそうな人が多く、こういう人は珍しくない。確かこの国の王様も同じような性格らしく、父さんは「あいつとは気が合う」と言っていた。王様相手に不敬なのでやめてほしい限りだけど。
「……で、ここが肝心の国庁なんだけど」
国庁へ戻ってきて、ニーニム護政官が木製の扉を押した瞬間だった。
「だぁからっ!ミハムさんねぇ、何度も言うけどあんたんとこの孫に嫁がこないって言われてもウチはなぁんもできないのよ!!」
怒号が飛び交っていた。
一瞬、思考が止まる。視界に飛び込んできたのは、年配の護政官が豪快に来庁者の対応をしている姿だった。
「娘っこの一人くらい紹介してくれったっていいじゃろうに!」
「今の子はねぇ、そういうの嫌がるもんよ!」
(……むしろ世間話?)
トランディアの王庁とはまったく違う。
ロットー護政官は『品よく、最短で』がモットーで、私もそれを教え込まれた。品の良さで信頼を得て、最短で仕事をして来庁者の時間を無駄にしない、というわけだ。
呆気に取られていたら、ニーニム護政官は苦笑いを浮かべた。
「驚きました?」
「え、えぇ……」
「ああ見えてちゃんと仕事をしているんですよ。あのお爺さんは気がつくとふらりと家を出てしまうので、家人が困っていたんです。外でふらふら歩いているお爺さんを見かけるたびに護政官たちが声をかけて、やっと出かけ先がここになったんです。あれは雑談に見えて、迎えが来るまでお爺さんを引き留めてるんですよ」
その言葉通りに息子と思われる男性が迎えに来て、頭を下げるとお爺さんを連れて帰っていった。トランディアではありえない光景だ。
「なに?年取って魔力がカツカツだから署名できないって?仕方ないね、明日の朝、仕事前にあんたン家に書類持って寄ってあげるからそこで署名すればいいよ。朝なら魔力あるだろ?」
「ちょっと出てくるよ、ビョークさんとこのお嫁さん、産後の肥立ちが悪いみたいでね。ついでに子守りもするから、今日はこのまま戻らないよ」
目まぐるしいほどにいろんな声が飛び交う。
一言でいえば、おばさんと呼ばれる世代の女性が多い。
トランディアには無い、まるで隣人のような気遣いで溢れていた。
「かなり市民と距離が近いんですね……」
「お国柄といえばそうですが、三機間が町中にあるのも理由のひとつですね。トランディアと比べたら、もしかしたら野暮ったく感じるかもしれません」
「……いえ。家族みたいな温かさがあって良いと思います」
一族のおばさんたちを思い出す。
疲れて帰ってきたら、温かいごはんを作って待っていてくれて、寒い夜は毛布をたくさん持ってきて、肩までかけてくれる。あの温かさに似ている。
不意にニーニム護政官と目が合う。
「……とても素敵な表現です」
「い、いえ、恐れ多いです」
思ったことを正直に言ってしまっただけだ。恥ずかしくなってつま先に視線を落とす。
「ニーニム護政官。その子かい?トランディアから来た護政官は」
顔を上げると、そこにはさっきまでお爺さんの相手をしていた護政官がいた。
ふくよかな体つきをした、年配の女性だ。
「あぁ、紹介するね。この方はイラ・エヴォカリ局長。この総合局の局長だよ」
「名前は聞いてるよ。アルクセイ護政官とアンブロジオ騎士官だね。慣れない土地で二月は大変だろうけれど、困ったことがあれば何でも相談するんだよ」
「大変心強いです。ご配慮ありがとうございます」
隣のオーウェンも静かに頭を下げた気配がした。
「にしても……」
エヴォカリ局長の視線が私とオーウェンを何度も行き来する。
彼女は私の目の前まで近づくと、私の両頬に手を添え、ぐいっと上を向かせた。
「!?」
「ノールドランドの冬は寒いから、いくらドラスニール族とはいえこんなちっこい女の子が耐えられるか心配だよ。のっぽの騎士官さん、あんたこの子から栄養取ってないかい?」
栄養。ある意味では取られているかもしれない。
そう思ったけれど、口にする前にオーウェンが否定した。
「取ってないですね、アルクセイ護政官はもとからチビなんで」
お前なんて雪道で滑って転べばいい。
静かに呪っていると、エヴォカリ局長は私から手を離した。
「あとでうちの息子に、食べ物を宿舎まで届けさせるから、いっぱい食べるんだよ」
「ああ、それなら旦那さんのエヴォカリ騎士官も同じことを仰っていましたよ」
ニーニム護政官が答える。
どうやら先ほどの騎士官とこの人は夫婦らしい。エヴォカリ局長は「おや、そうかい。あの人にしては気が利くことをしたね」と少し驚いた顔をした後、笑った。
「ニーニム護政官。二人は長旅で疲れているだろうから、あとは宿舎まで案内を頼むよ。仕事については明日また話そう。よろしく、アルクセイ護政官」
「わかりました、よろしくお願いします」
頭を下げると、ニーニム護政官が「ではこちらへ」と入口へ促した。
背後から、エヴォカリ局長の「じゃあね」という声が聞こえ、振り向くと小さく手を振って見送ってくれていた。
♢
「ここが宿舎になります」
国庁を出て、道をまっすぐ進み角を曲がったところの、静かな場所にその建物があった。
共舎とはまったく違う、煉瓦造りのこぢんまりとした可愛らしい建物だった。
「えぇと、どれだったかな……あぁ、あったあった」
ニーニム護政官は鍵束から目当ての鍵を見つけると扉を解錠した。
「一階にはリビングと調理場。食事は各々で作っていただきます。二階に個人の部屋がそれぞれありますので後で鍵をお渡ししますね」
「あ、ありがとうございます」
中に入ると、暖炉とロッキングチェアが目に入った。窓から薪が積まれているのが見える。普通の家屋のようだ。
……そう、普通の。
でも違和感がある。
どうにも人が住んでいる気配がない。暖炉には煤ひとつなく、綺麗なままだ。
「あの、他にここを利用している方は……?」
ニーニム護政官は「あー……」と気まずそうに目を泳がせたあと、ごほんと咳払いをした。
「ノールドランド人は基本的に家族単位で住む習慣がありまして……宿舎を使う人は、その、いないんです。なので、お二人でここを使っていただくことになります」
……それは、ちょっと。
聞いていないんですが。
ブクマや評価、感想などいつもありがとうございます。
反応を頂けることで得られる栄養って、すごいです。
同棲スタートです。




