62. 少年
「顔が三年級の魔獣みてぇ」
「微妙な例えやめてくれる?」
「じゃあ十年級」
「最低」
いつも通り不毛な会話だった。
がたごとと魔導列車が揺れる。
真向かいに座ったオーウェンは長い足を組み、窓枠に頬杖をついて、時折こうやって暇つぶしがてら、私に喧嘩を吹っ掛けてくる。
けれど、それも今の私には片手間だ。
あれから何の下準備もなく、荷物だけ持たされて馬車に詰め込まれ、駅まで送られたのだ。
おかげで、渡された資料を座席の上に広げ、魔導盤を使いながら頭の中に詰め込まなくてはいけなくなった。
(あれ)
ふと気づいた。
あまりにも急すぎる任務。それはこの男も同じはずだ。
「ねぇ、あんた自分の荷物はどうしたの?」
冬女神の加護が強い土地に行くというのに、あまりに身軽だ。
「現地調達は騎士官の基本」
「いや、ノールドランドって洒落にならないから」
「外套は持ってきてる。あとは火魔法で何とかする。必要なものは買えばいいから、野営よりマシだ」
「ああ、そう……」
外套だって、綿入りじゃないと凍える寒さだ。
確かに火魔法があれば何とかなるかもしれないが、それだけでは心もとない。
(どこかでお店に寄る時間を取った方がいいなぁ……)
目的地はノールドランドにある国庁だ。
あの付近であれば、駅前の通りは観光客向けの店が多い。そこで揃えれば足りるだろう。
「お前、ノールドランドには行ったことあんの?」
「あるよ。一族の風習でね、年の終わりと始まりはノールドランドのアッセンデル山の頂で宴をして過ごすの」
途端にオーウェンの表情が曇った。
「世界一標高が高い山だろ、そこ」
「うん。空気が薄いから、肺が鍛えられるんだって。あと、その年に生まれた赤ちゃんを崖から落とす」
「……死ぬだろ」
「死なないよ。ハイハイができる子しか落とさないし、みんな本能で這い上がってくるの。それまで大人たちは宴会して待ってるってわけ」
「……お前はできたの」
「できたから、ここにいます」
胸を張って見せる。
実際は一族最弱なので、這い上がるまでに半日以上かかったらしい。だけど馬鹿正直にこいつに言うつもりはない。
「オーウェンは?トランディアから出たことあるの?」
何せ公爵家の三男だ。旅行できるくらいの余裕はあるはずだ。
しかし返ってきたのは意外な答えだった。
「ない。子どもの頃は身体に不都合があったから」
「不都合?」
妙に含みを持たせる言い方だったので思わず聞き返した。
「……知りてぇの?」
無駄に長い足を組み替えて、にやりと笑ってこちらを見る。
悪い顔をしている。
「……は?」
「人の身体の事情を知りたがるなんて、お前って意外とへんた、」
「あんたがもったいぶった言い方するからでしょ!!」
向かいに座るオーウェンの膝を蹴った。
暴力はよくない。でも、とんでもないことを言おうとした奴が悪い。
「ってーなぁ……顔、真っ赤じゃん」
オーウェンが窓枠に頬杖をついて、楽しそうに私を見下ろした。
「あんた、ほんっとうに嫌い!」
「光栄なこった」
「ムカつく!」
もはや詰め込み作業なんて、気にしていられなかった。
オーウェンは上機嫌のまま、今度は身体を前のめりにした。
「……で?ノールドランドは何がいいんだよ」
あまりにも素直だった。
この男が、私に質問するなんて。そんな日が来るとは思わなかった。疲れた顔をしているのに、学生の頃のような、少年みたいな顔をしていて私は拍子抜けした。
(……いや、待て待て)
私はすぐに身構えた。こいつのことだから、またさっきみたいにからかってくるかもしれない。
「……夜は、星が綺麗。トランディアの比じゃない」
「へぇ」
「……たまにだけど、冬女神の加護が強くなる時、夜空に光のカーテンがたなびく」
「光のカーテン?」
「見ればわかるよ。神様が夜竜の翼をめくって人間たちがちゃんと眠ってるか覗いてるって言い伝えがあるんだって」
「他には?いろんなところに行ったんだろ」
オーウェンは、柄にもなく穏やかに笑った。
「……南にあるモルデットの海は、朝と夕で光り方が変わる」
「なんで?」
「聖霊が作用してるって現地の人は言ってる。砂も変わっていて、星みたいな形をしてるの」
「歩いたら痛そうだな」
「痛い、私は苦手」
それからオーウェンは、私の話をやけにねだった。
どういうところに行って、何を見聞きしてどう感じたか。私も別に話さない理由はないから、聞かれるがまま答えた。
トランディアを出たことが無いから、他の国の話が珍しかったのだろう。
駅に到着すると、予想通りトランディアとは比べ物にならないほどに寒かった。綿入りの外套を着ていても、肌が出ているところは刺すように冷たい。街行く人は毛糸の帽子にマフラーや耳当てをしている。
オーウェンは「寒いな」と小さく呟きながら、見慣れない街並みを珍しそうに眺めていた。
馬車に乗り継ぐ前に、適当な服屋に寄る。王都にあるアンブロジオ家御用達の衣料品店とは雲泥の差だけど、オーウェンは特に文句を言うこともなく、当たり障りのないシンプルな外套を選んで買った。私も手ごろな手袋を見つけて、一緒に買った。あまりに寒いと指輪が冷えて肌に張り付いてしまうかもしれないから。
(……やけに素直)
初めての外国なら、仕方ないかもしれないけれど。こうも素直だと調子が狂う。
オーウェンは国庁までの馬車の中でずっと窓の外の景色を黙って見ていた。
「着きましたですよ」
馬車が止まり、御者のおじいさんが扉を開けた。
オーウェンが先に降りる。
「滑るからこけるなよ」
そう言って手を差し出した。
ここで断って、うっかり滑って醜態をさらすのも嫌なのでおとなしく差し出された手を取った。
足元が凍っているので注意しながら降りる。あとで靴裏にスパイクがついたブーツを買った方が良いかもしれない。
降り立った先、国庁を見上げる。
赤い煉瓦で積み上げられた、絵本に出てきそうな可愛い建物だった。屋根には煙突も見える。
そして出迎えの男性が一人、そこにいた。
蜂蜜色の髪に、橙色のたれ目。フェガート護政官に似た穏やかな印象だった。
「初めまして、エルマー・ニーニム護政官です。ようこそ、ノールドランドへ」
手を差し出される。渡されていた資料に書いてあった名前だ。
彼が私たちの担当をしてくれる人物だ。
私は手袋を外すと、その手を握った。
「わざわざ出迎えてくださり、ありがとうございます。トランディア王庁中央局のアルクセイ護政官です」
「同じくトランディア魔法騎士団第一騎士隊所属オーウェン・アンブロジオ騎士官です」
すると、ニーニム護政官は表情を明るくし、オーウェンとも握手を交わした。
「ああ、あの!お噂はノールドランドまで届いていますよ。魔法階位の最年少記録を更新し続け、ついに九階位になったとか。おめでとうございます」
「とんでもありません」
「謙虚な方だ。さぁノールドランドは寒いでしょう、立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
どこが謙虚だ。
喉元を通り、舌の上で転がりかけた言葉を飲み込む。
笑顔をしっかりと保ったまま。
ニーニム護政官に促されるまま、私たちは国庁の中へ入った。
ノールドランドはサンタさんの国みたいな感じです。
オルヴァッキもそうですが、ノールドランド人はドワーフイメージです。




