61. 出向命令
その数日後だった。
ゴルダー次席枢機官の訃報が届いたのは。
葬儀は近親者のみで行われ、政官には報せだけが届いた。
昨今の幽霊騒ぎもあって、実は祟られていたなんて噂もあったがすぐに収まった。
あの日の夜を思い出す。
あれは確かにゴルダー次席枢機官だ。そして熟れた果物のような匂い。
変質者、違法魔法薬。
(……やめよ。これは魔法騎士団の管轄だ)
本来なら、被害者である私にも話を聞くはずだ。なのに、それがなかった。
『今日のこと、忘れとけ』
……理由は、きっとその一言に尽きるのだろう。
思考を振り払うように頭を左右に振っていると、後ろから声がかかった。
「アルクセイ護政官、シェラウザ局長が執務室に来るようにって」
振り向くとフェガート護政官がいた。
私はずれた眼鏡を掛け直した。
「……私、何かやらかしました?」
「心当たりがないなら、堂々としていていいと思うよ」
フェガート護政官は眉を少し下げて笑った。
相変わらず物腰の柔らかい、穏やかな人だ。後輩の護政官たちからは、お兄さんのように慕われている。
「じゃあ、心当たりがないので堂々とした顔で怒られてきます」
「あはは、その時は話を聞くよ」
心強い言葉をいただいたので、私は椅子から立ち上がり、シェラウザ局長の執務室へと向かった。思い返せば、最後に入ったのはあの部屋で昼休憩を取っていた時だ。
ノックをすると「どうぞ」と低い声が返ってきた。
重々しい扉を開き、中に入るとシェラウザ局長が顔を上げた。いつもより表情が険しい。
「悪いな、ちょっと防音魔導具を使わせてもらう」
「あ、はい」
シェラウザ局長は机の上に置かれた魔導具に手をかざす。
僅かな起動音の後、外の気配が薄れた。あまり良い話ではなさそうだ。左手の親指で、小指に嵌った指輪を引っ掻く。
「修道院から通達があってな。……ミコト・カンザキが行方不明だそうだ」
「行方不明」
思いも寄らない報せに、私は子どものように復唱してしまった。
「それは……脱走ではなくて、ですか?」
あの子の性格を考えれば、そちらの方が自然な気がする。
「魔法騎士団もそう判断をして、弟の方のウェッダーバン騎士官を任務に当たらせたそうだ。ただ、あの場所は北の深い森の奥だ。加えてこの時期は雪が降っている。見つかっても、雪の中からだろう」
つまり、もう生きていない。
唾を飲み込む。自分でも驚くほど大きな音が鳴る。いくら何でも、そんなことは望んでいなかった。
「ただ、もし生きているなら。君の身が危ない。……心当たりはあるだろう?」
「……はい」
「そういうわけで、出向だ。護衛騎士と共に二月ほどノールドランドへ行ってきてほしい」
避難ということなのだろう。
「ノールドランドは友好国だ。以前から定期的な護政官研修もしている。といっても、今回は魔導盤の運用指導とあちらの神話文献や行政記録の整理が主だがな」
「ノールドランド……ですか」
自分でも顔が引きつるのがわかった。
だって、世の中はもう冬女神の時期に差し掛かるというのに、世界で最も寒いノールドランドへ出向だなんて。
「安心しろ、修道院は北部とはいえ、ノールドランドとの国境までは遠い」
シェラウザ局長は、冷ややかに続けた。
「上からの指示だ」
上。
ゴルダー次席枢機官がいた、上。
「……わかりました。アンブロジオ騎士官と予定を調整します」
「それはもうこちらで終わっている。ポネ護政官に頼んで、既に君の荷物をまとめさせた」
「えっ」
「荷物を受け取った後、すぐに向かってくれ」
突然すぎる。
メーベルと合鍵を交換なんてするんじゃなかった。
(……仕事、変えようかな)
それを口にしないのは、本気じゃないからだ。
「……わかりました」
代わりに出たのは随分と大人しい返事だった。
きっと幼馴染のトゥアンティが聞いたら、腹を抱えて笑い転げるだろう。
評価、ブクマ、リアクションなどなど、いつもありがとうございます。
おかげでモチベ上がります。
これよりノールドランド編が始まります。
そういえば季節が今と同じですね。




