56. 王様の七番目の子ども
※第三者視点→ジルベルト視点です
王族の中では時折、先祖返りのように始祖王の血を色濃く受け継いだ子どもが生まれる。
それがジルベルトだった。
自由自在の性別、兄姉よりも輝かんばかりの容姿は特に姉たちの興味を大いに引いた。彼女たちから盛大に可愛がられたジルベルトは、生まれ持ってのずる賢さも相まって、良くも悪くも、人の懐に入るのが上手な策略家に育っていった。
また、この国の王族は家族というより、ひとつの組織のようだった。
王城の地下深くでは、争いを嫌う神が、今も始祖王に抱かれて眠っている。その真上で、争いごとなどもってのほか。誰が次の王になるか、側妃から王妃の座を奪うのは誰か。誰もそんなことを気にしてはいけない。
王妃は二人の側妃たちを見事にまとめ上げ、側妃たちはそれぞれ、外交や内政などで国を支えている。
ジルベルトはそんな王妃の第二子として生まれた。
上には第一王子の兄が、その間に側妃が産んだ五人の姉たちがおり、あとから産まれてきた妹や弟たちも皆この国のために自分たちはどうするべきかを考えていた。
(そもそも、僕は王様なんてやりたくないし、ちょうどいいや)
というのも、既に立太子するのは長兄で決まっていた。
誰が見ても、長兄は責任感が強くきっちりとした人間で、次の王の器に相応しかった。
ジルベルトは父の姿を見ていたら、とてもじゃないがなりたいとは思えなかったのだ。
毎日びっちりとスケジュールが詰まっているのは窮屈そうに見えたのだ。
(将来はこの国のためになるような大人になるとしても、今より絶対に自由を選ぼう)
自由のためなら努力を惜しまない。
その為なら何だってしようと、ジルベルトは決めていた。
そんなある日だった。
朝の身支度の途中、いつもの侍女がジルベルトの長い髪を編みながら今日の予定を告げた。
「ジルベルト殿下、本日はお話し相手にお会いになって頂きます」
話し相手、というのをジルベルトは兄を見ていたので知っていた。
大人たちが貴族の中から同じ年の子息や令嬢を選び、王子の遊び相手としてあてがう。社交性や統率力を養うためだ。
(わざわざそんな手間をかけるっていうことは……周りは僕を兄上の代わりとしての価値を見出してしまってるんだろう)
兄よりどんなにちゃらんぽらんでも、王族だ。責務と一緒に生まれてしまったのなら、それに付き合わなければならない。
とはいえ、大人たちが勝手に決めた交友関係なんて実につまらなさそうで、ジルベルトは期待していなかった。
——そう、期待していなかった。
「こちらはウェッダーバン家ご子息、ご長男のカロン様とご次男のキラン様です」
侍女長が間に入り紹介をはじめた。
兄のカロンは不機嫌そうに口を尖らせ、弟のキランは今にも帰りたいという顔で、兄の手を握りしめていた。自分たちの意思とは関係なく連れてこられたのがよくわかる。
(四貴族といえば女性当主の家。特に夏女神の家はその傾向が強いって聞く。……ていうことは、あぶれ者)
確かに家柄も歴史も古い家だ。
彼らをよくよく見る。身なりこそ整えられているけれど、警戒心が強そうだ。
「こちらはアンブロジオ家のご子息、オーウェン・アンブロジオ様」
彼のことは有名だった。
大人たちが噂していたのを聞いたことがある。
魔力過多症で人の形で生まれず、赤子から五年間も眠り続けたアンブロジオ家の三男。そして、父からはかの人の弟子とも聞いた。王族が彼を取り込みたいのは明白だった。
ただ、てっきり青白い肌をした尻尾でも生えていると思っていたジルベルトは拍子抜けした。
(普通だ)
厳密に言えば普通ではなかった。
王族の傍系であるアンブロジオ家。少なからず始祖王の血を引いているため、何ならジルベルトと並んでも遜色ないほど容姿に優れている。
けれどそれ以上に、至って普通に、彼は真っ直ぐにジルベルトを見据えていたのだ。
どうせへりくだった態度をするのだろうと、大して期待していなかったジルベルトは、彼らの予想外の反応に満足そうに笑い、三人に手を差し伸べた。
「よろしくね」
それからというもの、大人たちは大いに後悔をした。
代々王家の良き友であり、かつ絶対に繋がりを持ちたかったアンブロジオ家の三男。
この世の四季を司る四貴族のうちの一角、ウェッダーバン家との繋がり。
大人たちの都合よく決められた人選だったが、ここまで迷惑な相乗効果を生み出すとは思ってもいなかった。
「……この肖像画ってこんなに笑っていました?」
ある日、一人の侍女が肖像画を見上げ、首を傾げた。
「待って、こっちは大爆笑してます、侍女長〜〜!!」
「なんてことを……ジルベルト殿下!!!!」
なんと子どもたちは、城中の肖像画を「みんな同じような顔をしているから」という理由で全て笑顔に変えてしまったのだ。
また別の日には、いつもの遊びに飽きたからと、回廊の床に魔法で薄氷を張って滑り出す始末。執事や侍女が見つけるも、滑る床を相手になす術もなかった。
大人たちはそこで初めて、ジルベルトを見誤っていたことに気が付いた。
ただの見目麗しい甘え上手な王族なのではない。人心掌握に長け、そして策略家であることを見抜けなかったのである。
アンブロジオ家の三男は、当初大人の言うことには従順な少年だと思われていたが、その裏でジルベルトと結託をした。彼の計画に自分が持っている知識を提供をし、悪巧みを企てた。
あんなに大人しかった双子は、その計画が荒唐無稽であるほど目を輝かせるようになり、今では明るく城内を駆け回っていた。
——実に子どもらしかった。
「執務長、確かにあの子どもらしからぬ子ども達が年相応に過ごされているのは、大人として嬉しいものです。ですが……」
「分かっております、侍女長。もっと早い段階で止める人物が必要です」
そう考えた執務長は、今度は家柄や王族との関係性だけではなく、性格を重視した。
そうして白羽の矢がたったのが、ロレンティアだった。
トルドー領は田舎ではあったが、父親は非常に良心的な領主。血筋を辿ればかつて王へ絶対的な忠信を誓い、その名に王の名をひとつ賜った家柄だった。
そして何より、彼女は父親に似て真面目で厳格、同年代の中で淑女の鑑と称されるほどの令嬢だった。
——彼女も最初は諭すような物言いだったが、それでは通じないと悟ったのだろう。
「ジルベルト殿下!オーウェン!カロン!キラン!!そこに座りなさい!!!!」
淑女の鑑はどこへやら、彼女もジルベルトによって随分と子どもらしくされてしまった。一見、不敬とも取れる態度ではあったが、彼女の言うことは全て筋が通っており、また彼らの悪戯を未然に防ぐ存在として誰も咎めることはなかった。しかし本人は真面目な性格で、毎度謝罪の手紙を王妃に宛てていた。
ジルベルトはそんなロレンティアのことも友人として好きだった。
いつしか彼女の、その控えめな視線には気づいてはいたがそれに応えることはできなかった。
♢
「今思えば、俺は自由なものがとにかく好きだったんだよね」
静かで暗い部屋の天井に自分の声が染み込む。
ベッドに横たわり、寝返りを打つ。
メーベルの部屋はいつ来ても無駄がなく、美しく整理整頓されていた。部屋は主人の性格を反映するが、この部屋から不思議なことに彼女を感じるものはなかった。
「オーウェンや双子達が俺の前で何にも気にせず馬鹿やってるのとか、ロレンティアが俺たちに呆れて振り切っちゃうのとかさ。対外的な所は気にしつつも、みんな自由に振る舞っているのが良かったんだ」
「ふぅん」
メーベルはベッドの縁に座っていた。まるで興味がなさそうに適当に返事をして、俺に背を向けて下着をつけている。
薄い背中が月明かりでぼんやりと浮かぶ。
「だから、アルクセイが良かったんだ。対外的なものなんてなぁんも無く、俺が『ジルって呼んで』って言ったら何の迷いもなく『いいよ!』って返したんだよ、あの子」
今思い出しても、笑ってしまう。
あの時は断られるか渋られるかのどっちかだと思っていた。
だって大抵がそうだったから。
彼女は一度も、俺のことを『殿下』や『ジルベルト様』などと呼ばなかった。まっすぐに『ジル』と呼ぶので、いつしか彼女に感化されたのか、彼女の友人たち、そしてロレンティアまでそう呼ぶようになった。
「で、勝手に幻滅した、と」
メーベルが振り向く。
どうやらちゃんと聞いていたらしい。いつの間に取り出したのか、その指の間には煙草があった。
「ねぇ俺にも一本」
「自分のがあるでしょうよ」
あるけど、床に散らばった衣服の中だ。出すのが面倒で諦めていると、メーベルは「まったく」と小言を言って、俺の衣服を掴んで投げつけてきた。
「どうも」
「いいえ」
服の中から目当てのものを探し出し、上半身を起こす。煙草を咥えて点火魔導具に手を伸ばそうとしていたら、既に煙草に火をつけたメーベルが「ん」と人差し指を動かした。
煙草の先で火花が弾けると赤い灯がついた。火属性と雷属性は煙草を吸うのに魔導具がいらないから羨ましい。
煙を深く吸い込んで、細く吐く。
「まあ、幻滅、幻滅だなあ」
「アルクセイが何も気づいていないのが、あんたにとっての救いね」
政官になってからの彼女は、徐々に自由ではなくなった。
言い換えれば、大人になったのだ。
仕事を覚え、貴族社会を知り、自分の今の立ち位置に責任を持つようになった。
それは成長だ。喜ばしいことなのに、その一方であの頃のアルクセイとは随分と距離ができてしまった。
ゆっくりと、穏やかに失恋していた。
一方で何も態度を変えないオーウェンを見ていると、自分の好意は自由への憧れだったのだと気付かされた。
そんな時に声をかけてきたのがメーベルだった。
彼女はいろんなものをよく見ている。だから声をかけたのだろう。
もともとの特異体質もあって、俺の中には性の垣根がなく、好奇心から色々と試してきた。その誘いにも軽薄に乗った。
別に何も後悔はない。今もそうだ。
友人関係は変わらないし、彼女も距離を変えることはなかった。
「俺はオーウェンを見ると自信がなくなるよ」
天井を仰ぐ。狭い部屋が、二人分の煙で白くけぶっていた。
思い出されるのはあの食堂での二人の喧嘩だ。
「好きな人に対する態度って、あれが正解なんだろうね。思い知らされたよ」
「どうかしら。……それより、あいつってやっぱりアルクセイのことが好きなの?」
「本人は否定してるけどね」
おそらくオーウェン自身も気づいていない。
けれど長い間、近くで二人を見ていた。
捻くれたやり方ではあるが、彼女をあんなに大切にしておいてそれが恋愛感情じゃないと言うなら、一体どういう感情なのか。
「あぁ、そうだ」
メーベルはふと何かを思い出したように、煙草から口を離して、俺を振り向いた。
「あんた、もう来ないでよ」
「なんで?」
「アルクセイにちょっと突かれたのよ。あの子、気づいてないふりが上手だから、これ以上はね」
「それは大事だ」
メーベルも俺と同じで今ある友人関係が崩れるのは本望じゃないのだろう。
俺としてもこれからアルクセイのことで忙しくなる。こういう時間はあまり持てなくなるから好都合だった。
最後に深く煙草を吸い込んでから、魔法で火を消す。
吸い殻を灰皿に捨て、投げつけられた服を着た。
「じゃ、また明日」
「ええ、またね」
視界の端で防音魔導具が静かに動いているのを眺めてから、部屋を出た。
二週間ほどお時間を頂き、ありがとうございます。
お待ち頂いてあげた話がジルベルトのクズ話で申し訳ありません。
こういうどうしようもない男が好きで、ノリノリで書いてました。




