51. 二年目のはじまり
護政官になって一年が経った。
春女神の季節。後輩となる新しい政官たちが入ってきた。
ミア先輩は私の教育係を継続することになった。
本来であれば一年で終わるはずだったけれど、カンザキの一件で教える時間を確保できず不十分だったからだ。
——あの春の式典。
一連の騒動は王都の新聞に載ることになった。
『王庁中央局は、保護していた聖女とみられる人物について、聖女と認めないと発表した。
保護期間中に不正や虚偽発言などの問題行為が相次ぎ、聖属性にも疑義があったため再検査を実施。その結果、聖属性の行使は確認されなかったという。
シェラウザ中央局長は「事実に基づき判断した」とし、処遇については明言を避けた』
……彼女が無核症だった事実は同病者への配慮から公表されなかった。
あまり大きく報じられなかったので、知る人がいてもいつもの偽聖女騒動だろうと騒がれることはなかった。
私が二年目になっても、まだ教育係がついているので、当初は訝しむ人も多かったけれど、それも次第になくなった。
「アルクセイ護政官〜!この書類、やらかしてしまったんですけどどうやって処理したら良いですかぁ〜!!」
彼女は新しく入ったヒョナ・リーイン護政官。
東にあるヒノワノクニ出身だ。女性護政官の中で一番背が高い。
黒曜石のような丸い目を潤ませて、書類の角を揃えていた私に抱きついてきた。
「何で私に……」
「だって、こういった後処理やミス防止はアルクセイ護政官が完璧だから教えてもらえってみーんな言うんですもん」
「……」
カンザキのおかげ、というのも癪だけれど、確かに様々なやらかし処理が上手くなったのは、自分でもわかっていた。
首を倒し、ヒョナの教育係である先輩に目を向けると、それに気づいた先輩は両手を合わせて「よろしく!」と片目を瞑っていた。
先輩の頼みなら断れない。
どうやらそれなりに評価もしてくれているようだし。
「えぇっと、ここはね……」
渡された書類を机に置いて、指を添えた時だった。
王庁の隅で、新人護政官たちの「きゃあっ」と色めいた声が上がったのだ。
反射的に顔を上げてしまったことを私は後悔した。
「ジルベルト殿下……じゃなかった、トランディア枢機官とアンブロジオ騎士官よっ」
「二人が並んでるところを見れるなんて……今日で世界が滅んでいいかもぉ……」
「わかる……かっこいいというか……お二人とも美しいが過ぎる……」
そこには、何か話し込んでいるオーウェンとジルの姿があった。
会議帰りのようだ。
そんな二人を新人護政官たちがこそこそと盗み見ては、声を潜めて熱を上げていた。
オーウェンはもともと上から取り立てられていたが、ジルも枢機官になってからは上からも一目置かれており、昇格も近いと噂されている。
加えてあの容姿だ。仕方がない。
(昨日のあの飲んだくれた姿を見せてやりたい)
昨晩はオーウェンの部屋でいつもの顔ぶれで酒を呑んでいた。
オーウェンもジルもあまり酔うタイプではないけれど、あのくだけた二人を見せたらお美しいお二人がいかにただの人間なのか、彼女たちに知らしめることができるだろう。
「落ち着きましたよね。お二人のファン。私が入ったばかりの頃は、もっとまとわり付いていて凄かったですし」
「オーウェンがキレたからね……」
そう、オーウェンがキレたのだ。
カンザキの一件以来、オーウェンが無闇に女の子に優しく接することはなくなった。学生の頃の猫被りを完全にやめたようだ。あれはあれであの男なりの処世術だったのかもしれないけれど、今は政官だ。はっきり言わないと仕事にならないし、ややこしいことになると悟ったのかもしれない。
「そういえば、去年の叙任式、新人代表はあのお二人って聞いたんですけど、王庁は誰だったんですか?」
曇りなき眼で私を見るヒョナを、私は半目で見返した。
この流れで聞くか。
「私です」
「あっ……」
「ほら、仕事するよ」
「すみません、アルクセイ護政官……」
書類を指で叩くと、ヒョナは慌てて身を屈め、書類に目を戻した。
——私だって思う。
片や天才、片や王子様。二人とも見た目も良いし、家柄も良ければ将来有望。
対して私は平々凡々だ。出世の道は見えない。
(なぁんか、置いてかれてるよなあ)
小さくため息を吐いた。
「あ、あの……」
ヒョナに教え終わった頃だった。
控えめで可愛らしい声に顔を上げる。
そこには小動物……もとい、オルヴァッキがいた。
その後ろには滑車のついた大きな荷車。
「やっぱり、アルクセイだぁ」
私の顔を見て、安心したようにオルヴァッキは頬を赤くして微笑んだ。
「オルヴァッキ!武器の納品?」
「うん!それから、アルクセイとメーベルに会いたくて!」
赤ちゃんみたいに丸い頬が高く上がる。
オルヴァッキは可愛い、そして癒される。
「メーベルは今、席を外してるの。魔法騎士団まで案内しようか?」
「えっと、お邪魔じゃない?」
オルヴァッキは申し訳なさそうに、ちら、と控えめに隣に立っていたヒョナを見る。それに気がついて、ヒョナは慌てて両手を横に振った。
「あっ!お気になさらないでください!今ちょうど終わったところでしたので!」
「そうなの?良かったぁ」
安心したように胸を撫で下ろすオルヴァッキを見て、ヒョナが「可愛い生き物……」と小さく呟いた。まさにその通りだけれど、オルヴァッキは来庁者だ。ヒョナを肘でつつくと、彼女は背筋をピンと伸ばし、口を閉じた。
「じゃあ、彼女を案内しに行くからよろしくね」
「わかりました、アルクセイ護政官!」
騎士官ばりの元気な返事に私は笑った。
ヒョナのこういう底抜けの明るい性格は彼女の良いところだ。
「じゃあ、行こっか」
「うん!お願い、アルクセイ」
カウンターの簡易扉からロビーに出て、オルヴァッキを案内する。
歩幅が同じくらいなので、彼女の隣は歩きやすい。
オルヴァッキは小さな手で、滑車のついた荷車を引く。ひとつに括った、青みがかった銀糸のような髪が背中で揺れた。
「今日は量が多いね」
「そうなの、実は工房を構える前に、一度母国に戻ることになったから今日はまとめて納品するんだ」
母国。
というと、このエルドラン大陸最北端にあるノールドランドだ。
私も幼い頃に何度も立ち寄ったことがある。一年を通して冬女神の加護が強く、雪景色の綺麗な国だ。オルヴァッキのように職人が多く、様々な産業や工業が盛んで有名だ。
「にしても力持ちだよね」
「毎日、大槌をえいっえいってしてるんだもん。力はあるよ!」
柔らかそうな腕を振り上げて、実際に真似をしてみせるオルヴァッキ。
学生の頃に一度、技術棟に行って彼女の鍛冶仕事を見たことがあるので、それが本当なのを知っている。
人気の少ない場所に差し掛かると、オルヴァッキは一度周囲を見渡してから私の腕を掴んだ。
「あ、あのっ!」
何か必死な色を浮かべている丸い目だった。
「アルクセイ、あ、あれは大丈夫だったの!?」
「あー……」
それが何を指しているのか、言われずともわかった。
春の式典での騒動のことだ。
実はあの場には、次期女伯爵が確定したロレンティア、魔導盤で貢献した師匠に連れられたソナ、そして鍛冶師としてその才能を注目されていたオルヴァッキも招かれていたのだ。あの後、特にロレンティアからの手紙は、心配の言葉だけでしたためられていた。
「新聞も読んだよ、大変だったんだよね?」
「ま、まぁ……色々あったけれど大丈夫だよ」
今は体重も身体の調子も良くなり、食欲も戻った。医官のお墨付きだ。
それよりも、何よりも。
まず思い出してしまうのは、カンザキのことでも何でもなく、王様の前でのあの痴態だ。
あまり思い出したくないのが本音だ。
オルヴァッキはよほど心配してくれたのか、私の護政官服を掴んだまま、目を伏せた。
「あの時のアルクセイも、その、ちょっと怖かったから……」
予想外の言葉に私は瞬きをした。
あの時は必死で、自分がどんな風に振る舞ったか意識もしていなかったし、覚えていない。
「怖かった?」
「うん……淡々としていて、人が変わったのかと思って……あっでもでも!」
パッと、オルヴァッキは顔を上げた。
「今はいつものアルクセイだったから安心だよ!」
「……そっか、良かった」
「ふふ!うん!」
丸い頬を上気させてオルヴァッキは子どものように元気に頷いた。
「きっと、あの時のは学生の頃より大人になったからなんだろうねぇ」
「どうかなあ、あんまり自覚ないよ。……ほら、魔法騎士団に着いたよ」
魔法騎士団への重厚な扉を開ける。
中には黒い騎士服を身に纏った騎士官たちが行き交っていた。
その中から見慣れた橙色の頭を見つける。
「キラ……ウェッダーバン騎士官」
片手を上げて呼びかける。
オルヴァッキと話していたから、ついいつもの呼び方をしようとしてしまった。
キランは私の声に振り向くと、まっさきに隣のオルヴァッキを見た。わかりやすいやつだ。
すぐに駆け寄ってくる。
「あれ、オルヴァッキだ。武器の納品?」
「うん!」
「じゃあ俺が担当するよ」
オルヴァッキも相手がオーウェンやジルだと妙に萎縮するけれど、キランが相手だとどうも安心するらしい。仲間内で一番穏やかな男だから、わからなくもない。
「オルヴァッキの武器は評判がいいから一番に見れるのはラッキーだなぁ。アルクセイ護政官、終わったら王庁まで連れていくのでいい?」
「ん、よろしく。じゃあね、オルヴァッキ」
「ありがとう、アルクセイ!」
私はオルヴァッキに手を振って魔法騎士団を出た。
「まったく、自覚してるんだかしていないんだか」
短く嘆息して、私は王庁へと戻った。
お前が言うんかい
連休が始まったので可能な限り更新しようと思います。
いつも読んでくださりありがとうございます。
ブックマークや評価、リアクションなど、励みになっています。




