50. ただいまとおかえり
春の式典前に出した休暇届はすんなりと受理された。
オーウェンに謝った翌朝早く、七日間の休暇を取った私はそのまま旅に出た。
国境付近にある厩で、私は手綱を主に返した。この厩は貸し出しもしていて、今回は栗毛の毛並みが綺麗な馬を借りたのだ。
「じゃあまたね」
七日間を共にした馬の頭を撫でると、それに応えるように馬が私に擦り寄った。
とても良い子だった。
野営の日は私に擦り寄って一緒に眠ってくれたし、少し速く走りたい時はそれを察して楽しそうに走ってくれた。とても気持ちが良かった。
今度、お金を貯めたらこの子を買いたい。お金さえ払い続ければ世話をしてくれるらしい。
国から国へと馬と少しの荷物で巡るのは楽しかった。
山に登って夜を越し、早朝に見た雲の海は綺麗だったし、西の海では夕焼けに照らされ色とりどりに輝く砂浜を踏みしめた時の痛みも忘れられない。
道中で出会った子どもと追いかけっこをしたり、その子のおばあちゃんの夕飯のご相伴にあずかったり……とにかく充実した七日間だった。
おかげで学生の時から燻っていた旅欲が見事に発散された。
(毎年……いや、年二回を目標にまたやっても良いかもしれない)
そのために、また明日から仕事を頑張ろう。
共舎の扉を開けて中に入る。
久しぶりの空気だ。帰ってきた感じがする。
「……ん?」
視界に、見慣れすぎたものが飛び込んできた。
私の顔だ。
写真を紙にしたのか、私の顔が壁に貼られている。双子の悪ふざけだろうか。そこには『この顔にピンと来たら三機関共同宿舎まで連絡を!』なんて書いてある。指名手配犯のような扱いだ。連絡先が魔法騎士団じゃないだけマシだ。
「何これ……」
貼り紙に触れた時だった。
「「いたーーーーーーーー!!!!!!」」
振り向くと、カロンとキランが私を指差して驚いた表情をしていた。
双子のシンクロが発揮されている。
「は……?あ、ただいま……?」
双子の反応に戸惑う。
「アルクセイ!お前、七日間もどこにいたんだよ!」
キランが私の両肩を掴んで揺さぶる。
細身だとはいえ、騎士官の力は強い。やめてほしい。
その後ろでカロンが「メーベル呼んでくるわ!あとジルに連絡!!」と走り去っていった。
「え、休暇だけど……」
「じゃなくて行き先!!!!」
行き先も何もない。行き先のない旅だったのだから。
意味がわからないとぽかんとしていると、騒ぎを聞いてわらわらと人が集まり始めた。
なんだ、何事だ。
その中から一際大きい影が私のもとへ来た。
オーウェンだ。
「え、なに?」
顔がキレてる。ガチのやつだ。
キランが「骨は拾わないからね」と私の肩を離し、オーウェンへ譲った。
オーウェンが私の前に立ち塞がる。
……そして両頬をむんずと掴まれた。
「黙っていなくなる馬鹿がいるか!!!!」
その声は共舎のエントランスによく響いた。
少し離れた場所から、「不細工な顔になってるからやめてあげて」とメーベルの声が聞こえた。
♢
「お前には聞きたいことがある」
その後、すぐにジルもやってきて場所をラウンジに移した。
私はなぜか座らされ、目の前にはブチ切れたオーウェンが座っていた。その隣にはジルが座り、私の隣にはメーベルが座り、背後には双子が立っていた。
「私は犯罪者か」
「それに等しいわ」
私が何をしたっていうんだ、とは思うけれど、オーウェンのこの反応。
双子の私を見た時の驚き方、ジルはすぐに来たし、隣のメーベルは困ったような安心した顔。
……やらかしたのは確実だった。
「アルクセイ、あんたどこに行ってたの?」
「どこって……当てもなくあっちこっちに旅」
行き当たりばったりの旅だった。
「……それを誰かに伝えた?」
「え、休暇届出したよ?」
正規の手段を取ったはずだ。共舎にも届出は出した。
モジャの鉢にも給水魔導具をつけて出た。
ジルは長い足を組み直して、苦笑いを浮かべた。
「うーん……そうじゃなくてね?俺たち、急にアルクセイがいなくなったから心配してたんだよ」
「心配」
「そう、心配」
子どもみたいに鸚鵡返しをしてしまった。
それくらい、ジルの言うことが私にはわからなかった。
「トランディアでは行く先を事前に告げなくちゃいけないの?」
「この国だけじゃなくてもだと思うけど、一般的にはそうだね」
「でも、買い物とか行く時とか、わざわざ誰かに言わないよね?」
「んん?」
「帰ってくるのに、言わなくちゃいけないの?」
ジルは「えーっと」と額を押さえた。
オーウェンは信じられないものを見るような目で私を凝視していた。
「帰ってこないなら伝えるべきだと思うけど、別にそうじゃないでしょ?」
「……なるほどね、そういうことか、わかった」
みんながわかりやすく「こいつ何言ってんだ」という顔をする中、それまで額を押さえていたジルが顔を上げた。
「君は子どもの頃はいろんな場所を渡り歩いていた」
「うん」
「そして、どこかに行くっていうのは君の中で期間も場所も関係ない」
「帰ってくるのは決まってるんだから」
それなのに、なぜわざわざ言う必要があるのかわからない。
ジルの隣に座るオーウェンが「そういうことかよ」と大きく息を吐いてソファにもたれた。理解はしたけれど、納得はしていないような様子だ。
「対して俺たちは、君のような経験はしてきていない。身近な人が長期間、不在になれば、何か事件に巻き込まれていないかとか、いろんな心配をするんだよ」
子どもを諭すような言い方だ。
ジルの言うことは理解はできる。
できるけれど……納得いかない。
「……トランディアって心配性の国なの?」
「うーん……文化の違いってやつかなあ、これ。どう思う?オーウェン」
笑いながら、ジルは隣にいるオーウェンを見た。
オーウェンは肘掛けに頬杖をついている。その顔はやっぱり呆れていた。
「頭が痛い」
「あはは、俺も〜。見てよ、アルクセイのあの顔。全然腑に落ちてないもん」
お手上げだと言わんばかりに、ジルはケラケラと笑った。
隣で聞いていたメーベルが、私に向き直った。
「いい?私たちからしたら、あんなことがあった後に、急にいなくなったの。みんなが心配するのが納得できなくても、今度から行き先は伝えなさい」
「……わかった」
確かに、納得はできないけれど誰かを心配させてしまうのはよくない。私が行き先を告げることで安心するなら、それが良い。
トランディアに住んでいるんだから、この国の人に合わせるべきだ。
「今度から言う。けど、どこからどこまで?例えば朝に出て昼間には帰ってくるような不在は?」
「あぁ……あんたにとってその判断は難しいのね。なら、まずは私にでも行く先を全部伝えるようにしなさい。私がいなかったら、男どもでもいいから」
「わかった」
正直、ちょっと面倒だけど仕方ない。
私は素直に頷いてみせた。
「じゃ、アルクセイも帰ってきたことだし、一件落着だな〜」
呑気にカロンが締め始めたので、それまで背後にいた双子を振り向いた。
「ちょっと待ってよ!一件落着じゃない、あの張り紙!あんた達でしょ!」
「わかりやすいでしょ?」
悪びれる様子がないキラン。
「わかりやすいとかじゃない!指名手配犯みたいだから剥がしてきて」
「えー、やだよ。面倒くさいし、手間かかってるんだよ?」
「貼ったのは共舎の中だけだから、お前が剥がしてこいよ。ついでに帰ってきたって挨拶回りすれば?禊ってやつ」
「ぐ……」
珍しくカロンに言い返すことができなかった。
まさかこんな日が来るなんて。思いもよらなかった。
「じゃあ、俺は城に戻るね」
ジルが立ち上がる。それに合わせて、みんなそれぞれ立ち上がり始めた。
これはもうお開きの流れだ。
「俺も、これから仕事あんだわ」
最後にオーウェンが立ち上がる。
私はこれから貼り紙剥がしの旅だ。ため息を吐きながら、私も腰を上げた。
みんなが去っていく中で、オーウェンは一度立ち止まり、私を見下ろした。
「アルクセイ、おかえり」
……何となく、何となくだけれど。
黙って行ったらいけない理由が、わかった気がする。
「……ただいま、オーウェン」
帰る場所があって、そこに誰かがいてくれるのは、嬉しい。
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いつも読んでくださりありがとうございます。
政官二年目編です。
長めです。
オーウェンが何を考えてるのかも分かる予定です。




