49. 深夜のはなし
三日後、医務室を卒業した。
食欲も前ほどではなかったけれど、無事に戻ってきた。身体が回復しようとしているのが、自分でもわかる。
久々に共舎に帰ることができた。
私がいない間のモジャの世話はメーベルに頼んでいたので、自室の扉を開くと枯れることなくそこにあった。水気を多く含んだ葉はいつにも増して可愛い。しばらく会えなかったからかもしれない。
「あれ……」
疲れていたのかもしれない。
そのままベッドで眠りこけてしまい、気がついた時には夜だった。
部屋を出ると、廊下は静かでもう夕飯時を過ぎているみたいだ。部屋の扉には「夕飯残してあるから食べなさい」とメモが貼ってある。メーベルの文字だ。
なるべく物音を立てないよう、静かに廊下を歩いて食堂へ向かう。
食堂の灯りをつけ、メーベルが残してくれた食事を厨房で見つけた。
トレーを持って長卓に座る。
「いただきます」
パンにスープとサラダ、それから焼き魚。付け合わせに果物も添えてある。
細くなってしまった食はまだ完全には戻っていないけれど、自然とフォークが進んだ。
「ふぅ……」
少しひと休み。
フォークを置いて、顔を上げる。
いろんなことが終わった。
息を深めに吸って、吐く。
やっと落ち着いた。そんな気分だ。
ギギィ……
食堂の重厚な扉が開く音がした。
振り向かなくても、微かに香る魔力香でわかった。オーウェンだ。
(……どうしよう、私から声かけるべき?)
謝ろうと決めた。
ジルにも謝るって言った。
でも、心の準備っていうものが必要だ。もう部屋で寝てると思っていたし。突然食堂に来るなんて聞いてない、事前に予告してほしい。いや食堂に来るのに事前予告って、それもおかしいか。
「この時間に飯食ってんの」
意を決して顔を上げようとした時だった。
想定外だった。まさか向こうから声をかけられるとは思ってもみなかったから。
オーウェンは上着を小脇に抱えて、そこにいた。
「あ、うん」
自分でも驚くほどに間抜けな返事だった。
あ、うんって。
慌てて付け足した。
「……えっと、その、ずっと寝てたから。そっちは?」
「仕事が遅くなったから、外で食ってきた」
「へ、へぇー……」
気まずい。謝らなくては。
どうやって謝る?この話の流れで。
こんな寝起きの状態で、準備なんてできているわけない。
私が頭の中をぐるぐるさせている間に、オーウェンは厨房へ行くと、グラスに入った水を手に戻ってきた。
「……なんで目の前に座るの」
オーウェンはどかっと私の目の前に座った。
「何となく」
「何となくって……」
口ごもる。
オーウェンの考えてることがまったくわからない。
(……考えても無駄か)
どうせ、オーウェンが何を考えているのかわかりっこないんだから。
開き直ることにした私は、止まっていたフォークを進めた。
魚を軽くほぐして、小さくしてから食べる。
こっそりと目を上げると、オーウェンは頬杖をついて、私が食べている様子を水を飲みながら見ていた。
……そんな面白いものでもないだろうに。変なやつ。
「……一人で食べに行ったの?」
「いや、隊長に連れてかれた」
「ふぅん」
その言い方から察するに、本意ではなかったのだろう。魔力香に混じって少し酒精の匂いがした。きっとこの男のことだから、それほど酔ってはいないのだろう。何しろ酔ったところを見たことがない。
「お前は」
「うん」
「飯、食えるようになったの」
今度は、しっかりと顔を上げた。
「まだ完全ではないけどね。そうだ、パン粥美味しかったよ、ありがとう」
自分でも意外なほどに、すんなりと感謝の言葉が出た。
「……明日は仕事が大変そうだわ」
「どういう意味?」
「お前が俺に感謝するのが珍しすぎるから、魔獣が降ってきそう」
「何それ、馬鹿みたい」
あまりにもくだらなくて、馬鹿みたいな冗談。不思議なほどに今日は怒る気が起きない。
だって魔獣が降ってくるって、なにそれ。
降るわけないじゃん。
パンをちぎりながら笑ってしまった。
「あのさあ」
「おう」
「私は、自分のしたことも、選んだことも、何も後悔はないんだよね。しんどかったけど」
途端に目の前の金髪男は嫌そうに顔を歪めた。「馬鹿か」とでも言い出しそうだったので、最初の一音が出る前に私は続けた。
「でも、みんなを心配させたし、私も思ったより……まあ、何ていうかダメだった」
「そうだな、ダメだった」
「うん。だから……うん、その……あのね……?」
周りの人を心配させた。
私自身の考えが甘くて、自分自身をどんどん疲弊させていた。
——オーウェン、あの時はごめんね。
その一言。
なのに、口が固く閉じたまま開こうとしない。
あの喧嘩はこの男が正しかったと思う。
それは理解している。
でも私が、いや、私の魂が、土壇場になって叫んで暴れてる。
この金髪男に謝るなんて。
(……だからって謝らないのは違う)
私は目の前の男を見据える。
そして、腹を括った。
「……あ、あの時は、どうも?ごめん、ねぇ?」
「いや、どういう顔だよ」
自分の顔が引き攣っているのがわかる。目元や口元の筋がぴくぴく震えている。
酷くおかしな顔をしていたようだ。オーウェンは堪えきれなくなって吹き出した。ゲラゲラと笑うものだから、おかげで少しずつ落ち着いてくる。
「まぁ、お前なりに?素直に謝ったんだから、許してやるよ」
「……寛大なお心ですこと」
「ただし、自己犠牲は二度とやるな」
「……そのつもりはなかったんだけどね?」
そう言った瞬間、再びオーウェンが顔を顰めた。
「まあいいわ」
てっきり怒られるかと思って身構えていたのに。
オーウェンはため息を吐いたあと、椅子にもたれて水を飲んだ。
「今日、辞令がきたわ。お前の護衛騎士に復活だってよ」
「えーー……カロンのままでいいのに」
「あいつじゃお前は手に余るんだろ。……お前が馬鹿なことをしたら、カロンじゃ止めきれねぇし」
「何それ、自分だったら止められると思ってんの?」
「今度はぶん殴ってでも止めんだよ」
オーウェンのその口ぶりは、なぜだか妙に優しかった。
私はゆっくりとスープを飲んだ。じんわりと胃が温まるのがわかる。
「……護衛騎士だもんね」
そのままスープを飲み切る。完食した。
私はトレーを手に取ると、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、寝るね」
「そうしとけ、病み上がり」
「そっちも、寝なよ」
食器を厨房へと片付けると、私も水を少し飲んだ。
洗って伏せられた鍋を見て、ふと思い出す。
厨房を出て、部屋に戻る前に、私はまだ椅子に座って水を飲んでいるオーウェンを振り向いた。
「パン粥、美味しかった」
「知らね」
目撃者も証言者もいるっていうのに、どうもこの容疑者はシラを切るらしい。私は笑いながら、食堂の扉を開いた。
「うん、また作ってね」
扉を閉める前に「気が向いたらな」と小さな声が聞こえた。
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これで政官一年目はおしまいです。
明日も同じ時間に投稿予定です。




