48. 医務室、お見舞い、その後の話
目が覚めたのは、それから一日経ってからだった。
「……」
見慣れない天井をぼんやりと眺めていたら、私が起きたことに気がついた医官がバタバタと駆け寄り、あれよあれよとそのまま診察を受けた。
「はい、立派な栄養失調と軽い脳震盪です」
医官はそう告げた。
手際の良い診察だった。
医官の話によると、どうやら私は後頭部を打ったのが原因で気絶をし、そのまま医務室へと運ばれたらしい。
「まったく……一日に一食の日もあれば、一口しか食べない日もあったなんて……!!」
「だって忙しくて……帰ったら疲れて眠いし、胃も痛いし……」
「だったら早々に上長に報告相談!身体が不調なら医務室です!!」
「い、忙しくてぇ……」
「時間は、作るものです!!」
理不尽だ。
仕事はどんどん増えていくのにどうやって作れというのか。
医官に散々絞られた後はベッドの中に押し込められた。
どうやら頭を打っているので三日間は様子を見て、その間にちゃんとした食事指導が入るらしい。
厳しい指導になりそうな予感がして怖い。
「よっ、元気ー?」
目覚めてからしばらくすると、カロンがいつもの軽い調子で医務室に入ってきた。
キランとメーベル、ジルも後に続いて入ってきた。
私はカロンをじっと見つめる。
「……元気に見える?」
「見えねぇな」
頭は包帯でぐるぐる巻き。そんな状態の私の顔はさぞ酷いものだろう。
カロンはゲラゲラと笑い、メーベルは「まったく」と呆れ、キランとジルはただ苦笑いをしていた。
「ほら、もっと笑いなよ。あんだけ啖呵切って情けない様を晒してる私を」
「え、何、アルクセイ怖いよ」
キランが後ずさる。
「違う違う。恥ずかしくなってんでしょ。自分の中ではもっと上手いことやれるつもりだったのに、食事も摂れないくらいに滅入って、挙句の果てには式典で子どもみたいな言い返しをして……」
「ああああ〜〜〜!やめてよ、メーベル!!説明しないで!!」
シーツをバサリと頭からかぶる。
思い出しても顔から火が出そうだ。
お城の大広間で、しかも王様の目の前で、床に寝転がって「ばーーーか!!!!」だなんて!!
私の頭の中ではもっと軽く、ビシッと証拠を突きつけてサクッと解決するつもりだった。それがあんなことになるなんて!
シーツの外でみんなの笑い声が聞こえる。
笑えと言ったけれどやっぱり笑わないでほしい。もう引っ込みがつかないので言わないけれど。
「ほら、もう立ち直ってよ、アルクセイ。君が眠っている間のことを話させて」
「……聞かせてください」
ジルにベッドを叩かれて、観念してシーツから顔を出す。
それが面白かったのか、また双子がゲラゲラと笑い出したけれどもう気にしないことにした。
「まず彼女、ミコト・カンザキはやっぱり無核症だったよ。もう魔力もなかった」
「やっぱり」
それが私とジルの一番の懸念点だった。
もし予想が外れていたら、貴族派から聖女の可能性がある人物への嫌がらせ行為と責められてもおかしくなかった。
胸を撫で下ろす。
つまり、彼女は聖女じゃない。
「あの後も反省の素振りもなし。酷いものだったよ。彼女は意味不明な言動から精神錯乱状態と診断がおりたのと、魔導具界に貢献したこともあって、免罪。その代わりトランディア管轄の修道院に送られることになったよ」
「修道院って……」
「創世神の安寧を祈る場所だね。神官がいる神殿とは違う。厳しい場所だと聞くよ」
「そう……そっかぁ……」
——十六歳の女の子が、何も知らない土地に来て、必死だったのかもしれない。
ふと、そんな考えが湧いてきた。
突然学園に入れられた私と重なる。
「後悔してる?」
ジルがベッドの脇に座り、私と目線を合わせた。
銀色のふたつの瞳に、私の青い瞳が映るくらいまっすぐだった。
「……してない。あの子がしたことはどこかで止めなくちゃならなかった」
「うん、それでいいと思う」
私の答えに満足したのか、ジルは優しく微笑んでから立ち上がった。
「あんたのことだから、修道院送りはやりすぎって嘆願書を書くかと思ったわ。安心」
メーベルがわざとらしく胸を撫で下ろしながら、私の足元に座った。
「いやいや……さすがにそこまでお人好しじゃないよ、私……」
「どうだか」
メーベルは肩をすくめて鼻で笑った。
「あ、そうだ」
キランが何かを思い出したように声を上げた。
それまで足元に置いていた包みを掴むと、それを私に見せるように持ち上げる。
「これ。王城にあるカンザキの私室から出てきたよ」
その包みの中には、ずいぶんとたくさんの物が入っているようだった。
「たぶん全部アルクセイの。髪飾りも入っていたよ」
「お前さぁ……よくこんなにパクられて何も言わなかったな?」
包みの中を覗いてカロンが呆れたように言う。
「だって軽率に人を盗人扱いできないでしょ……」
その時だった。
シャッと小気味良い音と共にカーテンが勢いよく開いた。
「アルクセイ護政官、食事の時間です」
「げっ……」
顔を出したのは担当の医官だった。
その手にはもう視界にも入れたくない栄養食。
ゼリー状の飲み物がパウチに入っている。
「あら……お見舞いの方がいらっしゃるなら、ちゃんと飲み切るのを見守ってもらえますか?」
「もちろんです。どうぞ、お仕事に戻ってください。我々で責任持ってやりますので」
「ちょ、ジル!」
慌てて起き上がる。
なんだ責任持ってって。私は子どもか。
ジルは医官から栄養食を受け取ると、そのまま私へと差し出した。
「ほら、ちゃんと飲んで、早く元気になってよ」
「うっ……これまずいんだよぉ……」
私はジルから栄養食を受け取ると口に含んだ。
ねっとりしていてまずい。飲みやすいように配慮したのか変に甘いのもきつい。
「共舎で食べたパン粥が懐かしい……あれ、すっごく美味しかった……」
「ほんと?じゃあオーウェンに伝えとくね」
オーウェンに?どうして?
ぽかんと口を開けた私の顔は、たぶんとても間抜けだった。
そして少し間を置いてから、やっとジルの言葉の意味を理解した。
「え、えぇ……?は……はぁ!?」
驚いた拍子にパウチを握りしめてしまい、口の中にゼリーが雪崩のように飛び込んできて思わず咽せる。
ジルが私の背をさすってくれた。
「言わなかったっけ?」
「聞いてない!」
だってあの時、ジルは食堂に粥があるとしか言わなかったから、私はてっきりミゼッタさんが作ったのだとばかり思っていた。
「あれ、オーウェンが作ったんだよ」
「あ〜……そういえばあったわね。珍しく厨房にいるなって思ってたけど」
メーベルは何か思い出すように顎に指を置いた。
「なんで!?どうしてあいつが作った!?公爵家のお坊ちゃんが!?料理を作る!?!?」
貴族っていうのは、使用人がいて、料理人がいて、身の回りの世話をされるものだ。あんな立派な家で、料理人が雇えないわけでもないだろうに。
困惑する私に双子はケラケラと楽しげに笑った。
「ほら、一年の時に合宿があっただろ?」
「え?……あぁ、基礎修練合宿?」
「その時、俺らと作った飯がめちゃくちゃまずくて、その日のやる気をなくしたんだってよ、あいつ」
そういえば、そんなことがあった気がする。
確か合宿初日の夜だ。
みんな疲れてへとへとのまま料理をさせられた。
私はロレンティアたちと組んでいたから、オーウェンたちがどんな料理を作ったかは知らないけれど、生徒の大半は準備されていた生地を真っ黒のパンにしてしまっていた気がする。
もう随分と前のことだ。
「それからだったかなあ。あいつが料理に目覚めたの。ほら、オーウェンって仕事の片手間に神話学の研究をしたり、学者気質のところあるから、肌に合ってたみたいでさ。めちゃくちゃ美味しいんだよ」
「もともと、騎士官になるつもりだったしな。騎士官になれば、遠征、遠征つったら野営。よっぽどまずいメシを食いたくなかったんだろ」
キランは「俺らには気が向いた時しか食べさせてくれないけどね」と続けた。
どうやら双子は同室だったのもあり、食べたことがあるらしい。
「……で、その本人は?」
どこか落ち着かない。でも、聞かないわけにもいかない。
シーツをぎゅっと抱きしめる。
「来ないつもりらしいよ」
ジルはとても穏やかな口調でそう告げた。
(来ない)
口の中で反芻する。
「『俺が行ったらあいつ騒ぐだろ、病人なんだから放っておく』だってよ」
「カロン……お前、オーウェンの物真似、めちゃくちゃ似てない!」
「いやいや激似だから!」と騒ぐカロンにゲラゲラ笑うキラン。
あまりにうるさかったのだろう。再びカーテンが開いた。
「ここは病室です!騒ぐならご退室を!」
眉を吊り上げた医官が双子を睨む。
やべ、と二人同時に言うものだから、少し笑ってしまった。
メーベルが呆れた顔でため息を吐く。
「ほら、もう行くわよ」
メーベルは私の足を軽く叩くと立ち上がった。
「じゃあね」の意味だ。
双子を促して部屋から出ていった。
「ああ、そうだ」
ジルが立ち止まり、振り返った。
「これ、渡しておくよ。君の魔導盤」
「ありがとう」
差し出された魔導盤を受け取る。
「今回の証拠、全部送っておいたから。君の戦果だからね」
「……みんなのおかげだよ」
「アルクセイならそう言うと思ったよ。……じゃあ、しばしの休みを。またね」
「うん、またね」
小さく手を振ってジルの背中を見送る。
きっとまたお見舞いに来てくれるだろう。
私は膝の上に魔導盤を置いて、人差し指で魔力を流す。
小さな駆動音が中で響いて、静かに画面が明るく光った。
指先で、証拠を確認する。
その中の録音データに目が留まった。
再生する。
『またどこかで男の人に声かけてるのかなぁ……最近、アルクセイさんってミスが多いからか私に仕事を任せると、すぐ男の人のところに行っちゃうんだぁ……』
カンザキの声が再生された。
あの時、私が物音を恐れて録音できなかった会話。これを録音できたのは一人しかいない。
オーウェン。
「ほんと、なぁんも言わずに好きに動いてくれたよね」
——気づかないわけがなかった。
カンザキが書き換えた騎士団への書類は、ほとんどが手前で差し戻されていた。
事実無根の噂も、それを信じたのはほとんど護政官や枢機官。騎士団には流れていなかった。
ここにある証拠の一部は、オーウェンがカンザキの隣にいたからこそ残せたものだ。
「……ばーか」
私は天井を仰いだ。
ブックマーク、リアクションや評価、そして感想をありがとうございます!
初めて感想を頂けたのが嬉しくて、ハッとなって思いついたイレギュラー更新でした。
以前、Xの運用についてお話しましたが、今後はXでもイレギュラー更新はお知らせしようと思います。Xのアカウントはプロフィールにあるので、良ければ覗いてみてください。
なろう初心者なので、何が良いか四苦八苦しています。
神殿:神様の加護の管理や維持をするとこ
修道院:日本でいうところの尼寺、厳しいしきたりと規則通りの生活が定められていて創成神の安寧を祈る場所
オーウェンが料理を始めたのは「基礎修練合宿(二日目 / 昼)」の冒頭でのシーンが切っ掛けです。双子も同室だったので、美味しい物に慣れていたので本人からすると最悪だったようです。
次のお話で政官一年目編は終わります。




