46. 護衛騎士の本分
私の発言に、場はさらにざわついた。
——無核症。
これは、まだ疑惑の範疇。
けれど、特徴は一致している。
「な、何それ……!?」
目の前のカンザキはたじろいだ。
「無核症は魔力の循環を司る魔核を持たない先天性の病です。魔力香は、その魔核から出る香り。無核症は魔核がないので、魔力香がないと言われています」
私は人差し指を立てて、軽い水魔法を使った。
指先から水が現れ、螺旋を描くとそのまま消えた。大袈裟な魔力練成をしたので周囲には私の魔力香が残った。
「これが魔力香。私のはミルクの香りと言われています」
どこかの誰かさんに馬鹿にされて以来、あまり出さないようにしているけど。
「そんなの、知らないもん……!」
「……一般常識ですよ」
というか、ミア先輩が書類説明で署名の時に話していたと思うんだけど。
本当に仕事の話は聞いていなかったらしい。話にならない。
「あなたが見つかったジェグアール海は聖霊王の生まれた場所。そういった場所は加護が強く残ると言われています。……そして、無核症は魔力が空っぽなので、加護を受けやすい」
加護を受けて一時的に魔法が使えるようになっても、魔力を循環する魔核がない。魔法を使うたびに魔力を消費していき、鎮静にも時間がかかるようになったのだろう。
「……あなた、もう魔力がほとんどないんじゃないですか?」
おそらく、今ではほとんど底をついている。
だから私に瘴気孔の鎮静をやらせていた。
「そんなこと……!!」
カンザキは慌てて周囲を見渡す。
誰も彼女を助けようとしない。
彼女を養子にと熱心に誘っていたと聞く貴族派も、彼女がちょっかいを出していた政官も、誰も。
「ね、ねぇ、オーウェン……!あなたは私の護衛騎士だよね……!?」
助けを求めるように、再び彼女はオーウェンに縋った。
「……護衛騎士の本来の役割は護政官の不正を監視すること。騎士官は皆、王の騎士であり、個人の騎士じゃない」
「難しいこと言わないでよ……!そんなこと言っても、オーウェンは私のこと好きなんでしょ!!??」
(……こいつ、知らないところでたぶらかした?)
あのいつもの猫被りで。
一瞬、そんな疑惑が頭をよぎった。
……いや、オーウェンが誰を好きになろうと、誰を口説こうと勝手だし私には関係のないこと。
「だって、私が抱きついても嫌がらなかったじゃん!!それって私のことが好きだからでしょ!!??結婚を考えてるからでしょ!!??」
(け、けっこん)
私の中でいろんなものが静止する。
生まれてこの方、恋愛経験はない。
確かに好きな人にくっついて嫌がられなかったら、勘違いはしてしまうかもしれない。
(でも、だからといって、結婚?そこまで行くものなの?)
頭の中に疑問符がいくつも出る。
視界の端に、笑いを堪えて口元を押さえる誰かの姿が見え、どこからか「こわ」という声が聞こえた。どうやら違うらしい。
「……そうはならねぇだろ。引き離しても引っ付いてくるから諦めてただけだ」
オーウェンがこの上なく顔を引き攣らせて言った。
こうなると可哀想にも思えてくる。
「……あ、あの、傍から見てたけど……この人ずっと嫌そうな顔してたよ?」
喧嘩しているのも忘れて、うっかり同調してしまった。
ハッと気づいてごほんと咳払いをする。
「おかしい……!!こんなのおかしすぎる……!!だって、私ヒロインでしょ……!?」
カンザキの目は中庭の時と同じ、あの血走った目だった。
「誰か、助けてよ……!!」
その声はあまりにも悲痛だった。
カンザキが辺りを見渡しても誰も彼女を助けない。
(……こんな大衆の面前で、やるべきだった?)
相手は十六歳の成人になったばかりの女の子だ。
頼れる大人も周りにはいない。
それを、寄ってたかって。
(……入学したばっかりの時の私と同じ)
ある日突然、見知らぬ場所に放り投げられた。
知っている人なんて誰もいない。
誰を信用したら良いか、誰を頼ったら良いか分からない。
一人、小舟に乗せられて大きな海へ送り出されたかのような気分だった。
(……今思えば、あの時、こいつが喧嘩を吹っ掛けてくれたから居場所ができたんだよなあ)
今でも何が気に食わなかったのかわからないけれど。
誰も助けてくれない現実。カンザキは青ざめていた。
どうか、素直に認めて謝ってほしい。
そうしたら、ここで終われる。未熟な女の子の過ちで済む。
そんな願いも虚しく、カンザキは私をキッと睨んだ。
「〜〜〜っ!!!!お前がっ!!!!お前がいるからあぁあぁ……っ!!!!」
髪が乱れるのも気にせず、カンザキの両手が私へと伸びた。フリルが邪魔をしているのか、もつれながらも鬼気迫る表情で。
私の名前を呼ぶ誰かの慌てた声が聞こえた。
「オーウェン」
——あんたの仕事でしょ?
その一瞬、オーウェンと目が合う。
オーウェンは瞬く間にカンザキの両手を背後で捕らえ、床に押さえつけた。
『——護衛騎士は護政官の不正の監視』
そう、オーウェンは自分の護衛対象が不正を働こうとしたのを止めたのだ。
「そんなっ……オーウェンやだ、離してよ!」
「加害行為をしようとしてるヤツを見過ごすわけねぇだろ」
「っ……!」
まさに騎士官。職務を全うしている。この男らしいとも言える。
カンザキはじたばたと暴れるが、当然ながらびくともしない。
「……っこの、クソ女!!」
カンザキが顔を上げ、私を睨む。
一時は私の口調を真似ていたのに、もうその様子はない。
「私が正ヒロインなのに!!邪魔しやがって!!!!ああ、そっか!!あんたも転生者だ!!??私より先に転生したから、男に取り入ったんだ!!??ずるっ!!!!」
「……何を言っているのかわからないけれど、手加減しなくて良さそうで助かるよ」
ここまで振り切ってくれると、気にする必要がなくなる。
「そもそも、私が、その、む、無核症?じゃなかったらどうすんの!?聖女にこんなことして、あんたタダで済むと思ってんの!!??オーウェンは謝ったら許してあげてもいいけど、アルクセイ!!あんたは絶対に許さないから!!!!」
どうやらオーウェンは許すらしい。
その男だって床に押さえつけて、結構酷いことをしていると思うのだけど。
「ああ、それなら問題ないですよ」
そばにいたジルが、ゆっくりと優雅な足取りで歩み寄る。
「君がした嫌がらせや書類の書き換え……それらは罪に問えなくとも、署名の捏造や、人を貶める噂の流布、そして窃盗は当然、罪になります」
「あ……」
思い当たる節があるのだろう。
あからさまに「まずい」という顔をしている。
「ね、ねぇ……やだよ、ジルぅ……怖いこと言わないでよぉ〜……そうだ、証拠……!証拠なんてないでしょ!?きっと何かの間違えだよ!!!!それかこの女の捏造……!!!!」
「忘れちゃいました?さっきの録音」
「……え?」
ジルはにこりと小首をかしげる。
持っていた魔導盤に指を滑らせ操作する。
「みんな協力してくれたんですよ。あなたが悪いことをしたら、その証拠を集めてくださいって。そうしたら出るわ出るわで……」
「み、みんな……?」
信じられないと言わんばかりの表情で、カンザキはジルを見上げた。
「まずひとつ。書類の捏造。備品購入申請書の数量の書き換えをはじめ、様々な書類の捏造。挙げたらキリがないので省略しますが……これらは全て、アルクセイ護政官が携わっていた業務ですね」
「だ、だから、そんなの、私がしたっていう証拠なんて……」
「写真って、便利ですね?」
その言葉と共に、ジルが指を動かすと魔導盤から一筋の光が差し、映像が映し出される。そこには、いろんな角度から撮られた、書類を書き換えるカンザキの姿があった。
「こっ、こんなの、盗撮……!!」
「我々、まだ写真には不慣れでして。うっかり撮れてしまわないように、今後対策しないといけませんね」
録音の時と同じ、さも白々しい言い方だ。
「……それから、あなたが購入申請を出していたペーパーナイフとアルクセイ護政官の書類棚やあらゆる場所に仕込まれた刃物と一致した記録、彼女の私物を漁るあなたの写真、事実無根の噂の流布をしている音声、手当たり次第にした男性への声かけ、女性への嫌がらせの数々……」
次々と映し出される彼女の不正の証拠に、場は騒然となった。
当然だ、ここにいる多くは仮とはいえ彼女を聖女だと信じていたのだから。
ジルは魔導盤を操作し、映像を止めた。
「あまりにも証拠がたくさん集まったので、全て、余すことなく、しかるべきところへ提出しました☆」
ジルはにっこりと微笑んだまましゃがみ込むと、その瞬間、表情を消した。
そしてその口から出てきた声は、ゾッとするほど低かった。
「俺たち政官が、不正を見逃し続けるわけないだろう?」
その声は私とオーウェン、そしてカンザキにしか聞こえないような、小さい声だったけれど、今までにないくらいに怒気を含んでいる。
「ひっ……」
カンザキが顔を青白くさせて悲鳴を上げた。
こんな場所じゃなければ、私も彼女と同じように悲鳴を上げていたかもしれない。
ここまで怒っているジルを見るのは初めてだ。
小さく息を呑む。
ジルは再びにっこりと笑顔を作った。
「こんなの……こんなの、いじめじゃん!寄ってたかって!!証拠だって、本物だっていう証拠あんの!!??」
「はぁ……君がアルクセイにしたことはいじめ以外の何物でもないでしょうに……」
ジルはこめかみを押さえ、大きくため息を吐きながら立ち上がった。
「証拠が必要なら、私がなろう」
群衆の中から現れたのは山のような巨人……ではなく、シェラウザ局長だった。
「トランディア枢機官殿、魔導盤を私に貸してくれるか」
「もちろんです」
ジルから魔導盤を受け取ると、シェラウザ局長は指で操作し、証拠をひとつひとつ確認する。
「そうか……シェラウザ家は法神の眷属『書記官』の一族か……」
「あの、一度見たものは忘れないという……」
「なるほど、証拠としては神のお墨付きというわけか……」
群衆がざわつく。
確かにそうだ。まだ若い政官たちの騒動。
私たちが集めた証拠だけでは、まだ信用に足らない。
シェラウザ局長は一通り目を通すと、魔導盤から顔を上げた。
「確かに。ここにある証拠と、その日あった出来事は全て一致しています。この内容の一部は、以前から私から上層部へ報告した内容も含まれていますので、ご信頼頂けるかと」
それまで黙っていた上層部の面々は、表情を変えずにその場に佇んでいた。なんとも気味が悪い。
「この王城地下深くに眠る創世神は争いを嫌う神。創世神の安寧を担う者として、かの神のために、断言いたします」
シェラウザ局長の声はしんと静まり返った会場によく響いた。
「王庁中央局は、ミコト・カンザキ護政官補助を聖女と認めない。……王よ、ご判断を」
局長が見上げた先……中二階にはそれまで沈黙を貫いていた王がこちらを見下ろしていた。
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カンザキは悪い意味で男慣れしていません。




