43. 瘴気孔と、糸口
肌寒い日が続く。
室内なら護政官服のスカートでも寒さは感じないが、外に出るとなると話が違う。動きやすいように、腰上まであるパンツに穿き替え、綿の入った上着を着た。
最近、服が緩い。
今日は王都の中央区にある極小瘴気孔鎮静の仕事だ。
本来、私は南区の担当なのに、なぜ中央区に配置されたのか。
事の発端は、カンザキだ。
『シェラウザ局長〜〜……もうアルクセイ先輩が可哀想です。私の瘴気孔鎮静に同行させてあげられませんか?』
正直に言おう。カチンときた。
可哀想?どの口で言ってるのか。
でも同時に思った。
(外回りはオーウェンと二人きりになれるチャンスなのに。私を混ぜる理由って何?)
もしかしたら私をさらに陥れる算段なのかもしれない。
でも、決定的な証拠を手に入れられるチャンスだったら?
『シェラウザ局長。私、ぜひ同行させて頂きたいです』
椅子から立ち上がって、カンザキの隣に並んだ。
シェラウザ局長の顔は曇っている。じっと見つめる。行かせてほしいという念を込めながら。
しばらくすると、呆れたようなため息を吐いてから、許可を出してくれた。
何かあればカロンがいる。
あいつは人間関係の機微に敏感だ。器用に場を収めてくれるだろう。
(……今はすっごく気まずそうな顔をしてるけど)
道中、森の中を歩く。
私とオーウェンは絶対に目を合わせないし、業務連絡以外の話もしない。
私とオーウェンの間に挟まれたカロンは、「今日は良い天気だなあ」なんて言っている。天気なんて、普段気にするタイプじゃないのに。私とオーウェンがさして反応を示さない代わりに、カンザキが面白そうに「今日は曇りだよ〜?」とくすくす笑ってくれた。
(ほんとそう)
空はどんよりと曇っている。珍しく彼女に同意できた。
ただそれをきっかけに、カンザキがオーウェンとカロンの間に位置を移動した。
「そういえば、昨日ね?王城で食後に出たデザートがすっごく美味しかったの〜!生地のなかにクリームがたくさん入ってて〜……ゼネッタっていうんだって!でもねぇ、女官のエマって人がすっごく意地悪で……マナーがどうとか礼儀を知りなさいとか……そんなの言われたら美味しくなくなっちゃうよ〜!」
途中で頬を膨らませながら、甲高い声で話すカンザキ。
もうずっと一人で話をしている。よくそんなに話ができるなあと呑気に感心をした。
そういえばエマにも会っていない。久しぶりに彼女の小言が聞きたい。
あのぷりぷりしながら怒る姿が可愛いのだ。
目的地に着く。
さぁて、お手並み拝見させていただこう。
そんな気持ちで、魔導盤の録音スイッチを指で押し、彼女の動向を見守ろうとした矢先だった。
「じゃ、二人ともアルクセイさんの邪魔をしないでね!今日は私の聖魔法を使ってるところを勉強してもらうんだからっ」
カンザキは私の腕を掴むと、ぎゅっと擦り寄ってきた。まるで親友のように。
けれどその力加減は親友にするものじゃない。痛い。
カンザキはしっしとオーウェンとカロンを追い払うように手を振る。
彼女の今までの言動からは想定外だった。何かある。必ず。
(……何かあったら呼ぶから)
そう目で促すと、カロンは眉根を寄せてから踵を返した。意図を汲んでくれるのはありがたい。オーウェンも珍しく、こちらを見た。
「気が散るので行ってください。アンブロジオ騎士官」
なるべく嫌味をこめて、笑顔で。
もう庇われるつもりはない。
オーウェンは目を細めて私を見下ろすと、何も言わずに少し離れた場所へと移動した。
二人とも距離を取ってくれたけれど、姿が見える位置だ。
森の中だから魔獣が出てくる可能性もある。
今回の瘴気孔は兎の巣のような小さいものだった。
そこに座り込むと、穴を挟んだ向かい側にカンザキが座った。
「じゃあ、アルクセイさん。私、魔導具の使い方を知らないからさ?お手本にするからやってみてよ」
両手で頬杖をついて、私を見る。
私と二人きりとなった瞬間にこれだ。
声も一段低い。
今に始まったことではないけど。
「いいですよ」
腰に下げた小さな鞄から、鎮静魔導具を取り出した。
三角錐の先端についている魔石。それに触れると魔導具が起動した。
しばらくすると数値が浮かび上がってきたので、瘴気濃度を魔導盤に記録する。
(……少し数値は上がってるけれど、まだ許容範囲内)
その間も魔導具は、魔石に内包されている聖魔法で瘴気孔を鎮静していた。
まだ少し時間がかかるだろうから、報告書をこの時間に進めることにした。
「ね〜ぇ〜〜、これ時間かかるんでしょお?なんか面白い話をしてよぉ」
退屈しているらしい。
目だけ上げると、心底つまらなさそうな顔をしていた。どうやら本当に何もしないつもりだ。
「ないですよ、今仕事中ですし」
「つまんなぁい」
それはこっちの台詞だ。つまらないことばっかりしてるのはあなたでしょ。
……なんて言ってやりたかったけれど、そんな気力は湧かなかった。
(それにしても、何で私にやらせるんだろう?今まで瘴気孔の鎮静だけは絶対に自分でやっていたし、帰ってくるたびに『聖女なので』とか言って自慢していたのに……)
おそらく、聖女と認められるためにそれだけは絶対に自分でやっていた。いわば彼女のアイデンティティのようなものだったのに。
「あ、もちろんこれ、私が鎮静したってことにしてくれるよね?」
報告書を書いていた指を一瞬止めた。
ふと、ひとつの疑惑が頭をよぎる。
(……もしかして)
録音をしながら、私は報告書の隅にそれをメモした。
「記録しておきますね」
「さすがアルクセイ先輩じゃん!頼りになる〜〜!」
呑気そうにケラケラと笑うカンザキ。
(……これ、結構大きいかも)
もし、これが当たっていれば。
本当は彼女の度が過ぎた不正行為の証拠を集めるつもりだったのに。
——糸口が見えた瞬間だった。
ブックマーク、評価をありがとうございます。
またいつも読んでくださっている方、お付き合いくださりありがとうございます。
36話のアルクセイ視点でした。
お城勤めのエマは毎日ブチギレしてます。
王城にあるカンザキにあてがわれた部屋の掃除が大変そう。




