42. 噂を流した犯人は
肌寒くなってきて、冬女神の季節になった。
ここ最近、大きなニュースがあった。
鍛冶師としてオルヴァッキが独り立ちをしたのだ。師匠に弟子入りしたばかりだというのに、めきめきと成長をし先日ついに鍛冶組合に名を連ねた。冒険者や傭兵からの注文も多いらしい。魔法騎士団にもよく呼ばれるようになったそうだ。
そして、エマからの手紙。
これは今の私にとてもありがたかった。
『あまり名前は言えませんが……きっとあなたも知っている方ですわ。私をはじめ、女性に対してどうしてあんなに態度を変えるのか、理解に苦しみますわ』
名前は伏せているけれど、おそらく相手はカンザキだろう。
彼女への愚痴を詳細に綴ってくれている。
(これは裏付けになりそう)
エマへの返事を書いたあと、手紙は大切に自室の机の引き出しに入れた。
ここ最近は光が見えてきた。
予想通り、カンザキは証拠を残すのをためらわなくなってきた。おかげで証拠がよく集まる。
(でもこれだけじゃ、十六歳の女の子の悪戯どまりだなあ……)
現に、シェラウザ局長が何度も上申してくださっているのに、数々の悪戯はそれを理由に却下されている。上層部は、役に立たないにもほどがある。
——そもそも、聖女かどうか見極めるって、基準は?極小瘴気孔ならもう何度も鎮静させているし……。何か、他に思惑がある?
筆記具で手帳に書く。思考を整理するためだ。
——上があえて彼女を放置している理由があるとしたら?
筆記具で紙を軽く叩く。筆先で紙が少し抉れた。
知らなくても良いことは、この世界にはきっとたくさんある。もしかしたら、ただの護政官が首を突っ込んで良い話ではないかもしれない。
(考えすぎなくらいがきっといい。考えられることは全て考えて、対策をして、そして備える。取り越し苦労だったって後で笑う方がマシ)
椅子にもたれかかる。
冷たい風が頬を撫でる。
空気の入れ替えのために、窓を少し開けておいたのだ。
窓辺では、青い花が変わらず、枯れずに揺れている。
「犠牲になるつもりはないんだよ」
誰に話しかけるつもりもないその声は、一人の部屋に静かに溶けていった。
♢
カンザキの書類改竄のおかげ、と言えることがひとつある。
書類の不備がないかチェック項目が増えたことで私のミスが純粋になくなった。あの子の嫌がらせのほとんどが書類改竄だからだ。
チェックが終われば、すぐにしかるべき場所に提出したり、提出の直前に再度確認をしたりするので、カンザキは面白くなかったのかもしれない。
事実無根の噂が立ち始めた。
(嫌がらせなんてしてる暇も余裕もないっての……)
廊下を歩けば、見知らぬ政官が私を見てこそこそと声を潜める。
こういう時、耳が良いというのは良くない。
『ほら、あの子。護政官補助に仕事を押し付けているんだってさ』
『ミスが多いからってそこまでするかぁ?』
侮辱、嘲笑、蔑み。
魔導盤で録音したいけれど、声が小さすぎて拾えないだろう。
「……結構、くるなぁ」
最近見つけた焼却炉脇にある物陰。あまり人は来ないので、気持ちを落ち着けるにはピッタリだった。
しゃがみ込んで膝に頭を埋める。
業務妨害、刃物混入、私物の盗み。そのくらいだったらまだ耐えられた。
耐えられると思ったから、オーウェンに啖呵を切れた。
でも、ああいう陰口というのは事実無根だとしても精神的にきつい。
知らないところで、話したこともない人が、私のことを悪し様に話す。
気持ち悪い。
胃が痛む。
(へこたれるな……)
顔を上げて、両手で口元を押さえる。
最近は時間ができても食欲が湧かなくて、あまり食べられていない。心配をかけたくないので、空き時間に食べたと嘘をついている。
「少し……少し休んだら、この前の加護調査の報告書を作って……」
やることは山積みだ。
立ち止まっている暇はない。
けれど、足がどうにも重い。
(吐きそう……お手洗い……)
手近にあった木箱に手を置いて、何とか立ち上がった時だった。
人の気配を感じて、慌てて物陰に潜む。
(……あ、この匂い)
久々に嗅いだ魔力香だ。
忘れたくとも、散々隣にいたせいで忘れられない。
オーウェンだ。
私はさらに身を小さく縮めた。
こんな情けなくて弱っている姿を見せたくない。
口元を押さえて、吐き気が通り過ぎるのを待つ。
「あれぇ、オーウェン?」
少し遠いところから、カンザキの声が聞こえた。
いつもより高く、語尾がねっとりと伸びるのが特徴的だ。
「ここで何してたの〜?」
「休憩です」
こんな所で?
いつもの中庭の片隅で煙草を吸っている男が?
「ふぅん……ねぇねぇ、アルクセイさん見なかった?探してるの」
「さぁ、見かけてませんが」
「またどこかで男の人に声かけてるのかなぁ……最近、アルクセイさんってミスが多いからか私に仕事を任せると、すぐ男の人のところに行っちゃうんだぁ……」
(……やっぱり)
噂を流していたのはカンザキだった。
本当は魔導盤で録音をしたかったけれど、衣擦れの音や気配で見つかる可能性がある。悔しいけれど諦めるしかない。
(あなたに仕事を任せたら、そのまま白紙で書類を提出するでしょ!仕事に関係していれば、男女関係なく話をしに行ってるだけ!!)
飛び出して訂正をしたかったけれど、再び吐き気が込み上げてきた。
出てこないように歯を食いしばる。
「……何かの勘違いでは?アルクセイ護政官はそういう人間ではないので」
「……なんでそんなに否定するの?」
先ほどとは打って変わったカンザキの声。少し低くて、不安そう。わざとらしく声を震わせているのがわかる。
「否定もなにも、あいつが不器用で要領が悪いのは事実です」
もはや怒る気力も底をついていた。
散々な言われようだ。この金髪男、本当に好きなようにしてる。
「確かに……仕事でミスが多いもんね」
鼻につくような蔑んだ言い方だった。
「他に用がなければ仕事に戻ります」
「あ、私も一緒に行く〜!」
カンザキの声がいつもの猫撫で声に戻り、二人分の足音が去っていった。
そしてやっと気がつく。
(……庇った?)
それからもうひとつ思い出す。
「おえっ」
……吐き気を。
この後ちゃんと掃除しました。
いつも読んでくださってありがとうございます。
これで一ヶ月毎日投稿はおしまいです。
次回より木曜日の8:10に1〜3話を投稿する予定です。
よければご覧になって頂けますと幸いです。




