40. 執務室での昼食
私にも、意地というものがある。
振り上げた拳は振るわずして収めることはできなかった。
あれから、オーウェンと会っても会話は最低限。いつものように軽口を交わすことはなくなった。
後ろ髪を引かれるような気持ちがなかったと言えば嘘になる。あいつもあいつで、私の友人の一人だ。でも、だからといって折れるわけにはいかなかった。
「まったく、アレには困ったものです」
そう言葉を発したのは私ではない。
ロットー護政官だった。ここ最近、私はお昼時になると彼女に声をかけられ、シェラウザ局長の執務室へと連れていかれ、背の低いテーブルを挟んでこうして二対一の構図でお昼を食べている。
そのおかげで、お昼時前になるとカンザキから振られる仕事の不備で三機関内を奔走し、昼食を食べられない……ということが減った。
これは本当に助かった。
そのまま残業になって、今度は共舎の夕食時を逃し、一日一食という事態を回避できたのだから。
とはいえ、この二人との食事は当初、どんなに噛んでも緊張で味がしなかった。
「レオナルド、上は何と言っているんです」
ロットー護政官は王城の外にある売店で買ってきたサラダをテーブルの上に置いて、鋭い視線を、隣に座るシェラウザ局長へ送った。既に食事を終えたシェラウザ局長は大きな身体で小さな包みを片づけていた。
「……上層部は、相手は十六歳の身寄りのない女の子なのだから大目に見ろ、それより彼女が聖女であるかどうか見極めろ、の一辺倒です」
「こちらに判断を任せておいて、まったく身勝手な」
「上も報告書には目を通しているようで、彼女の言動は問題があると認識はしています。ですが、」
「ええ、聖女の可能性がある限り、下手なことはできませんからね!何せ、世界が待ち望んだ聖女なのですから!後で市民から反発が起こることを考えているんでしょう。わかっておりますとも!」
(……仲良いな、この人たち)
私はスープを飲みながら、目の前の二人の様子を盗み見ていた。
シェラウザ局長の教育係は、ロットー護政官だったらしい。こうして見ると、姉と弟のようだ。
「ところで、アルクセイ護政官」
「は、はいっ!」
これはお叱りモードだ。
静かに腹を決めてから、背筋を伸ばした。
「あなたの枢機会からの無核症者への支援に対する対案を読ませて頂きました」
「ありがとうございます」
心臓が僅かに跳ね上がるのを感じる。
先日、枢機会から出された支援案に対して、ミア先輩に背中を押されて対案を書き、局長へ提出したのだ。財源を支援金と大雑把に使うのではなく、もっと効果のある使い方を提案したつもりだった。
「魔力を身体の中で循環させる器官……魔核を生まれつき持たない無核症者に、生活を支援する給付金を支給する案。それに対して、給付ではなくもっと手厚い自立支援を施行すべき、というのは良い案です」
ロットー護政官は足を組み、人差し指で膝をとんとんと叩いた。鋭い目が私に向けられる。
「あなた無核症の人と話した経験は?」
「……ありません」
「枢機会が机上の空論を並べるのに対して、王庁は市民に近い者として現実をぶつけなくてはいけません。あなたの対案は見識がまだ浅い。無核症者の中には、神の加護が強い土地であれば、魔力を使い切りという形で魔法を使える人もいますが、それは相性が良ければの話。かなり稀です」
調べが甘かった。
その事実を突きつけられ、握り込んでいた拳に力が入る。
「無核症者の全ての人が自立を望んでいるわけではないでしょう。保護を求めている人もいる。……実地調査の申請をなさい。あの対案なら通るでしょう?レオナルド」
「ええ、詰めは甘いですが一年目としては枢機会側の盲点をよく指摘できていましたから」
「……だ、そうですよ、アルクセイ護政官」
ふ、とロットー護政官は微笑んだ。
「すぐに出します!」
食事をしながら、ベテランにアドバイスをもらえるなんて、なんて実りのある時間なのだろう。お昼時が終わったらミア先輩に相談をして、一緒に来てくれるか聞いてみよう。ここ最近は後処理業務が多かったから、自分の成長を感じる機会が少なかった。
「……あなたはよく頑張っています」
突如かけられたその言葉に、思わず顔を上げる。
シェラウザ局長も驚いたのか、ロットー護政官を振り向いていた。
「今はつらいでしょうけど、私たちもできる限りのことをします」
それがカンザキのことだというのは、言われなくともわかった。
「あ、ありがとうございます」
「何かあれば、逐一、局長に報告をなさい。彼は法神の眷属『書記官』の一族ですから」
つまり、私や双子の家と同じ、神話の時代から続く神様に連なる家系。
「初めて聞きました」
シェラウザ局長はいつものように腕を組んで、椅子に深く座っていた。
「言う必要がないからな。君のように身体能力がずば抜けているわけでも、ウェッダーバン家のように神獣を使役できるわけでもない。ただ、一度見たものを忘れないだけだ」
「……それ、とても凄いと思いますが」
「地味だが。文官向きだろう?……だから、何かあったら今後も俺に報告しなさい。俺の記憶力は上層部からも信用がある。何と言っても血筋が保証しているんだからな」
そう言い切った後に、シェラウザ局長は私をしばらく見据えた。そして静かに目を伏せ、ため息と共にぽつりと付け足した。
「……君は母君によく似ている。人のためなら自己犠牲を厭わないところがある」
「母に、ですか」
私の計画を見透かしているかのような言い方だった。
話すべきだろうか、と一瞬迷ったが、すぐに口を閉じた。
この前の食堂での一件は、あの場にいた人物たちだけの秘密にして、上や他の人には口外しないとその場で決まった。そうでないと、カンザキ本人や上層部に話が漏れるのが目に見えていたからだ。
「自己犠牲とは、思っていないのですが」
黙っているというのは、どうにも落ち着かない。
誤魔化すように苦笑いをした。
シェラウザ局長はそんな私をどう捉えたのかわからないけれど、なおも続けた。
「そして頑固だ」
「自覚がありません」
「なら、余計に厄介だ。……せめて、君自身を心配してくれる友人を大切にしなさい」
とことん痛いところを突かれてしまったのだった。
答える前に昼休憩の終わりを知らせる鐘が鳴ったのが何よりの救いだった。
ブックマークと、またいつも読んでくださりありがとうございます。
局長とロットーは師弟関係です。
やろうと思えばマネジメントもできるロットーが中間管理職(局長)にならなかったのは、家族の時間を減らしたくなかったからです。




