39. 反対
シャーリーは少し顎を引いて、周囲を見渡した。
「話を戻しても?」
そうだ、話が脱線した。
本題はカンザキにどう対処するかだった。
「もちろん」
ジルがにこりと笑う。
シャーリーは先ほどミア先輩に注意されたからか、彼女を気にする素振りをした。
そして今度は私を見る。
「カンザキ護政官補助は、特にアルクセイ護政官への対応が酷いです」
私は背筋を伸ばした。
それはここ最近の私の悩みでもあったからだ。
「彼女の嫌がらせの大半はアルクセイ護政官が受け持っている仕事に関わるものばかりです。おかげで、彼女だけではなくその仕事の関係者たちにも余波が出ています」
方々にちょっかいを出している傍らで、何となくカンザキが私を意識しているような気はしていた。自意識過剰かと思い仕事として心の中で処理していたけれど、やっぱり周りから見てもそうらしい。
「……どうにかならねぇっスか。ここ最近、アルクセイに見た目を寄せてきてんのか、後ろ姿で見間違えるようになっちまって」
カロンが両手を後頭部で組み、椅子の後ろ脚二本に体重を乗せて遊んでいた。
そういえば、双子もカンザキに「あなた、実はキランくんでしょ」と変な絡まれ方をしていた。二人とも、確かに顔は同じだけど髪の色がキランの方が濃く、髪型も違うから判別は難しくないのに。
カロンは特にそれが嫌だったらしい。
「わかる。見た目だけじゃなくて、喋り方とかも真似してさ。なんか変な感じ」
隣に座るキランが腕をさする。
そこは以前、カンザキにべたべたと触れられた場所だ。
さすがに可哀想に感じた。助けてあげるべきだったかもしれない。
「キランはこの前、背後から声をかけて間違えてたろ」
「しょうがないじゃん、アルクセイと同じ髪飾りをつけてたんだから」
隣に座るメーベルの目が、私の頭に向いた。
「……そういえば、あんた、いつもしてる髪飾りはどうしたのよ」
頬杖をつきながら、じろりとメーベルは私を見る。
私はいたたまれなくなって、目が合わないよう横へと逸らした。
「…………なくした」
「はぁ?」
壁際にいるのに、大きな声でオーウェンが反応したので、驚いてメーベルへ身を寄せた。皆の目が痛い。悪いことをして責められている子どもの気分だ。
「この前は手巾、その前は筆記具、他にも指輪や……数えきれないわよね?」
「そ、そうだね……」
「で、少し経つとカンザキがそれを持ってる」
「……証拠がなかったし……筆記具も指輪もどこにでも売ってるようなものだったから……」
何だ、メーベルのこの詰め方は。
再び逃げるように反対側へ重心を乗せる。さっきから私はふらふらしてる。
これじゃいけない。
私は座り直し、目の前に座るミア先輩に向き合った。
「あの、しばらくこのままにしたいんです」
「……その理由は?」
ミア先輩は目を細めた。
「上を動かすには、もっと強い証拠が必要なんだと思います。それも、なるべくたくさんの」
「……そうね」
ミア先輩は静かに頷いた。
「彼女が身に着けていた髪飾り。……あれは私の一族の伝統工芸で、そうそう手に入るようなものじゃありません。今まで、当たり障りのない私物ばかり盗っていたのに、一点物を盗んだ。たぶん、私が何も言わないから」
「……調子に乗ってきたってこと?」
シャーリーが眉間に皺を寄せる。端的な言い方で助かる。
これまで盗られたであろうものは、筆記具や手巾、そして指輪など、バレるかバレないかの線を見極めるかのようなチョイスだった。
スカートをぎゅっと握りこむ。
「きっと向こうは私が何も言わないと思ってる。なら、思わせておけば良いと思うんです。そうすれば、今回みたいにわかりやすい証拠が集まるはずです」
「……それをして、あなたは大丈夫なの?」
「……爆発して暴れないよう頑張って我慢します」
極めて冗談っぽくミア先輩に返したつもりだったけれど、隣のメーベルが大きく息を吐いた。
「あんたねぇ……」
「私だって怒ってるんだよ。私たちの給与って市民からの税で賄われているのに、それを悪戯で妨害してくるんだから。それに髪飾りだって、あれ、親戚の人たちがくれたものだから、返してもらわなきゃ困るの」
……盗られたものは安物だけど、どれも大切に扱っていた。
証拠がないからと飲み込んでいたけれど、髪飾りだけはダメだ。あれは大ばあ様とおばさんたちが作ってくれたものなのだ。
一族では装飾品は母親から娘へ渡すのが慣例だけど、私には母親がいないから、皆が気を遣ってくれた。大切なものだ。
あれだけは、返してもらわないといけない。
なるべく感情が表に出ないよう、意識して肩の力を抜き、笑ってみせた。
「調子に乗ってくれる性格だと思うから、結構証拠が集まると思います。なので、皆さんには見守っていただきながら、証拠があれば魔導盤に保存してもらえると助かります。当事者だけの証拠だと、主観も入っちゃいますし」
私は隣に座るメーベルを振り向いた。予想通りの不機嫌な顔だ。美人が台無し。
「メーベルの机は私の隣じゃん?私がいない時は、私の机の警備よろしくね」
「そりゃ、見張るけど……」
何かを言われる前に、シャーリーを振り向く。
「メーベルがいない時はシャーリー、よろしく」
「いいけど……納得できないよ」
「じゃあ、仕事が終わったら私の愚痴聞きしてよ」
「アルクセイ」
向こうから、いつもより低い声が私へ向けられた。
咎めるようなジルの声色は、いつものおどけた調子とは大きく違った。
「特にジルは何も言わないでね。忘れがちだけど、王子様なんだから。発言力が強すぎる」
釘を刺すように先制をした。
ジルの言うことは、皆が納得してしまうくらいに合理的だ。止められたら困る。
だって、このやり方が一番効率が良くて確実だ。
カンザキが私に一点集中していた方が、証拠集めにあちこち奔走しなくて済むし、髪飾りを取り返す好機もあるかもしれない。
ジルはしばらく考え込んだ後、大きく長いため息を吐いた。
「止めても?」
「止まらないかな」
「……できる限り、フォローするよ」
「ありがと!さすがジル!」
ジルがフォローしてくれるなら、これほど心強いことはない。
先制をしたという点で罪悪感がないわけではないけど。
ジルが納得してくれたことで、ミア先輩が致命的な業務妨害がないか二重チェックを、カロンが護衛騎士の任務中は魔導盤で会話を録音することに話が決まった。他のあまり馴染みのない政官たちにも感謝とフォローを約束され、話がまとまり始めた頃だった。
誰かが手を挙げた。
「反対」
それまで腕を組んで、黙って聞いていたオーウェンだった。
その声はいつもより低く、何ならカンザキに向けた声くらい低かった。しんと場が静かになる。
「……理由は?」
その声の低さは二度目だ。もう驚かない。
こちらを見下ろすオーウェンを睨み返す。いつもより威圧感があるが負けるわけにはいかない。
「気にくわないから」
「はぁ!?」
とんでもない理由に思わず肩に力が入る。
「ンだよ、その自己犠牲。猿より多少は賢いと思ってたけど、頭悪すぎ」
「その方が効率良いでしょ!」
「効率重視で、自分へのリスクを軽く見積もってるから頭悪いつってんだよ」
それまで壁側にいたオーウェンはずかずかと私のもとへと来ると、唐突に私の手を掴んだ。
先日、書類棚に混入していた刃物で怪我をした指ごと。塞がりかけていた傷が、僅かに痛んだ。
「そりゃ証拠は集まるだろうよ。怪我と一緒にな」
「……私はドラスニール族だよ。こんなの怪我のうちに入らない」
一族では、擦り傷どころか、戦闘で身体の一部を欠いている人なんて珍しくない。指も、腕や足だって。
戦うということは、自らも怪我を負う覚悟を持つことだ。
一族はそれを誰よりも理解して、その上で拳をふるうのだ。怪我をしない人生なんてない。そう教わって育ってきた。
私が手を振り払うと、オーウェンの額に青筋が見えた。
「怪我は怪我だ!ほんっとうにお前は馬鹿だな!!」
珍しく、いや初めてかもしれない。この男にこんな怒鳴られ方をしたのは。
心臓が大きく跳ねた。
だけど、気にしている場合ではない。
「誰が馬鹿だ!じゃあ他に良い案があるの!?」
長卓に手をついて立ち上がる。背後でメーベルに「ちょっと」と裾を引かれた。
頭が悪いとか馬鹿だと言われて、こちらも良い気はしない。見下ろされたままは嫌で立ち上がったのに、オーウェンは背が高いので、結局あまり変わらなかった。
「罠に嵌めるなり、誘導させるなり、他にやり方があんだろ!お前が標的になる必要性がどこにあんだよ!!」
「だぁかぁらっ!私が罠だっつの!私が黙ってれば調子に乗るんだから、手っ取り早いでしょ!」
「リスクを考えろつってんだよ!」
「あんたにとってリスクでも、私にとってはリスクじゃないの!魔獣の一撃と比べたら比じゃないでしょ!」
「魔獣と比べるから馬鹿なんだよ!」
「さっきから馬鹿馬鹿うるさいなあ!放っておいてよ!!」
勢い余って、オーウェンを見上げる。
私の苛立ちが高まっていくのと比例して、オーウェンの目がどんどん冷めていくのがわかった。
「あっそ」
オーウェンは目を逸らした。
「好きにすれば。俺もそうするし。何も言わねぇ」
「……そうして、助かる」
「おう、寝るわ」
オーウェンはさっきまでの喧嘩が嘘のように、淡々とした口調だった。
そして背を向けて、食堂を後にした。視界の端で金髪が揺れ、鬱陶しかった。
顔を背けて、椅子に座る。
食べかけの食事が視界に入るけれど、もう食欲は湧かなかった。
「……すみません、疲れたんで寝ますね」
誰かが口を開く前に、私はトレーを手に取り、厨房へ向かうと軽く食事を包んで、食堂を出た。双子からもらった酒はしっかりと持ったまま。
酒はしっかり持ったまま。
口を出せなかったキラン「(あ、それはしっかり持って行くんだ)」
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